聖人の嘘をつかれる筈はない
伝説的動物としてのWormは、いわば翼のないドラゴン、地を這う龍のようなものだ。作中繰り返し現れる翼のモチーフは最終的には歯車の幻覚と入れ替わる。主人公は龍にはなれなかった。翼はなかった。最後に現れた銀色の翼は頭痛を呼び起こす幻覚でしかなかった。主人公はWormでしかなかったのだ。
昔ぶら下がり健康器というものが流行した。これは一年後大抵物干し器に変わった。ブランコのないブランコ台をブランコ台と呼んでいいものかと考えた時、水泳の達人芥川龍之介が川流れする絵が浮かぶ。翼はなかった。なら芥川龍之介ではなく、芥川Worm之介なのではないか。
「Le diable est mort」
「悪魔は死んだ」
この悪魔とはサタンであり堕天使であろう。
このように新教徒に失望する主人公は、救い主イエス・キリストを信仰する気になれないのだろう。彼自身が堕天使であるために。そして神になる事をとうに諦めたから。
堕天使、芥川Worm之介には神には与えられない権利が与えられた。
と、芥川龍之介は嘘を書く。芥川龍之介は聖人ではないが、大凡下の一人ではない。人間には翼の代わりに手が与えられた。それが故文字を書くことができる。しかし誰一人その書かれたもの、芥川Worm之介の『歯車』を読もうとさえしない。ただ眺めるだけだ。