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江藤淳の漱石論について⑬ 気が付かないこと

 今更ながら江藤淳の『漱石論集』(新潮社、平成四年)を読み返してみると、江藤が慎重に、一つの見逃しも許すまじと、少々長文になっても漱石作品を直接引用しながら『それから』や『心』を読んでいったことが解る。書いているというより、読んでいるのだ。そのスタイルは偶然にも、現在の私のものと似ていなくない。これまで私は村上春樹作品に関して「~を読む」というタイトルで数冊の本を書かせてもらっている。これは全て立ち読みの感想だ。そう云っても信じて貰えないようなレベルで読ませて貰っている。おそらく大抵の座り読みの人の気が付かないところを指摘出来ていると思う。また座り読みではやはり村上春樹作品を校正させてもらった。商業出版された本、しかもロングセラー、ベストセラーにこれほどの間違いがみつかるとは当初は予想だにしていなかったが、結果としては複数の出版社から繰り返し出版された作品にも明確な間違いが見つかった。

 その一例がこれである。「ヴィシソワーズ」「グラスホッパー」は通常・で区切らない。そのようなレベルで読んでいけば、確かに江藤淳の『漱石論集』にも見落としが見つかる。

 例えば江藤淳は、北原白秋の「空に真赤な」という詩と因縁付け、

 換言すれば、『それから』はなによりもまず"赤"の研究として読まれなければならぬ小説である。(「『それから』と『心』」『漱石論集』所収)

 ……と述べる。作品そのものを虚心に読めば、『それから』は血潮によって打たるる掛念のない、静かな心臓を想像するに堪えぬ程に、生きたがる男・代助が自分の頭だけでも可いから、緑のなかに漂わして安らかに眠りたい話である。頭を緑色の液体に支配されて、比較的世間に関係のない情調の下に動いていたい代助が、赤い世界に引き込まれる話である。あるいはダヌンチオの部屋の話でいえば、青と赤の世界、安静と興奮とが対になる世界である。

 もし『それから』に漱石の葛藤が現れているとしたならば、時代の赤と漢詩的静寂の青、あるいは緑の対比を見なくてはなるまい。漱石には植物になりたいという願望もあり、植物小説とも呼ばれる『それから』について語るのに、緑を見ないのは明らかに見落としである。

 残念ながら江藤淳は椿が落ちた時刻が曖昧なこと、護謨毬が天井を貫通すること、代助が心臓が止まったのにうっかり生きているかもしれないと念のため確認したことにも気が付かない。新聞が顔ではなく夜具に落ちることも見逃している。忍びのような門野の動きにも気が付かない。これは『こころ』の冒頭の海水浴で「私」が全裸であるかのように仄めかされているのに気が付かないことと同じ、近代文学1.0特有の「書いてあることを読まない」という態度である。またそれは「"赤"の研究として読まれなければならぬ」という設定を早々と掲げたために生じた見落としであろう。ある種の拘泥はやはり視野を不必要に狭くする。

 やがて江藤淳は鈴蘭の寓意を探り、それは「谷間の百合」であり、性愛と豊穣を象徴し、謙譲、青春と幸福の蘇りを表わし、庭に移植すればその家に死をもたらすと伝承されている、と述べる。

 彼女は鈴蘭を、つまり「谷間の百合」を浸した水を飲むことによって、"青春の復活"を象徴する祭儀を行い、同時に"死"の毒杯を仰いだ。(「『それから』と『心』」『漱石論集』所収)

 ここまで書いているのに鈴蘭を浸した水が本当の毒であることに、ど
うやら江藤淳は気が付いていないのだ。無意識に代助が三千代に毒を飲ませた事、三千代が無意識に毒を飲んだことに江藤淳は気が付いていないのだ。

「なんであだなものば飲んだんだべが」と代助は呆れて聞いたんだず。
「だって毒じゃないだべすね」と三千代は手に持った洋盃ば代助の前へ出して、透かして見せたんだず。
「毒でないったって、強心配糖体のコンバラトキスン (convallatoxin)、コンバラマリン (convallamarin)、コンバロスド (convalloside) など含む有毒植物。有毒物質は全草にたがぐが、特さ花や根さ多ぐ含まれる。摂取すた場合、嘔吐、頭痛、眩暈、心不全、血圧低下、心臓麻痺などの症状起ごす、重症の場合は死さ至るべ。それにもし二日も三日も経った水だっけのならどうするんだず」

 とは漱石は書かない。皆迄は書かない主義だからだ。鈴蘭を浸した水を飲ませたことが、心臓が悪い三千代の体調を悪化させる原因のように仄めかされているところを、江藤淳は寓意の方に気を取られて見落としてしまう。この寓意にとらわれるという作法も近代文学1.0の特色の一つである。あらゆるものに寓意を見てしまうと、話はいくらでも高尚になる。ここで江藤が鈴蘭に見出した寓意はさして不自然なものではないが、ならば椿に煙草の煙を吹きかけ、夜具に落とす寓意も見なくてはならないだろう。

 私はそれを煙を上げる日の丸のポンチ絵のように書いてきた。この見立てはまだ変化するかもしれない。小森陽一はこの同じ絵をセックス、しかも初夜だと見做すが(『激読‼ 漱石』)誰と誰の初夜なのか、タイミングが合わず、絵もそれとは見えない。小森陽一は『行人』で直が一郎の機嫌を直すのにセックスをしたと書いており、どうもセックスにこだわるが、なんでもセックスにしても仕方あるまい。

 また江藤は『それから』について語りながら、『三四郎』との関係には触れない。代助が眼球から色彩を出す批評家になったことに気が付いていない。何故三千代が代助の存在に必要なのかを書かない。存在に必要とはどういうことなのか書かない。門野が言う代助の旨さを書かない。門野の態度が明らかにおかしいのに、そのことを指摘しない。

 所へ門野が来て、御客さまですと知らせたなり、入口に立って、驚ろいた様に代助を見た。代助は返事をするのも退儀であった。客は誰だと聞き返しもせずに手で支えたままの顔を、半分ばかり門野の方へ向き易かえた。その時客の足音が縁側にして、案内も待たずに兄の誠吾が這入って来た。(夏目漱石『それから』)

 さて、何故門野は驚いたように代助を見たのか、それはもうどこかに書いた。こんなことも江藤淳は見落としていて、誰も永遠に気が付かない。あるいは書かれているのに読まない。百余年間誰も書かなかったのだから、このまま時間切れになると信じている。いや、私が書いているし、時間切れはない。夏目漱石は覆る。


【付記】

 鏡子夫人によれば漱石の「あたま・・・が悪くなる」まえには、酒に酔っぱらったように顔が真っ赤に上気したそうである。そのことと赤がくるくるは無関係ではないかもしれない。尤も漱石の「あたま・・・が悪くなる」時期は『野分』以前、『行人』の途中から以降であり、『それから』は比較的落ち着いた時期に書かれている。


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