見出し画像

『三四郎』の謎について31 与次郎と美禰子はグルではないのか?

 前回の記事でちらりと觸れているところですが、そもそも佐々木与次郎っていろいろ他人を巻き込みすぎですよね。トリックスターすぎます。そしてかなり謎の存在です。家族のことなどが作中では一切書かれていません。こういう人物は『三四郎』以降なかなか現れません。門野はトリックスターにまではなれませんでした。敢えて言えば小林がそうなりかけていました。しかしなり切れませんでした。佐々木与次郎はかなり性格は陽気で人懐こく、かなりいい加減な男で、広田先生に大分入れあげています。

 この与次郎がかなり無茶をしますね。

「文芸時評から原稿料をくれたか」
「原稿料って、原稿料はみんな取ってしまった」
「だってこのあいだは月末に取るように言っていたじゃないか」
「そうかな、それは間違いだろう。もう一文も取るのはない」
「おかしいな。だって君はたしかにそう言ったぜ」
「なに、前借りをしようと言ったのだ。ところがなかなか貸さない。ぼくに貸すと返さないと思っている。けしからん。わずか二十円ばかりの金だのに。いくら偉大なる暗闇を書いてやっても信用しない。つまらない。いやになっちまった」
「じゃ金はできないのか」
いやほかでこしらえたよ。君が困るだろうと思って
「そうか。それは気の毒だ」
「ところが困った事ができた。金はここにはない。君が取りにいかなくっちゃ」
「どこへ」
「じつは文芸時評がいけないから、原口だのなんだの二、三軒歩いたが、どこも月末でつごうがつかない。それから最後に里見の所へ行って――里見というのは知らないかね。里見恭助。法学士だ。美禰子さんのにいさんだ。あすこへ行ったところが、今度は留守でやっぱり要領を得ない。そのうち腹が減って歩くのがめんどうになったから、とうとう美禰子さんに会って話をした
「野々宮さんの妹がいやしないか」
「なに昼少し過ぎだから学校に行ってる時分だ。それに応接間だからいたってかまやしない」
「そうか」
それで美禰子さんが、引き受けてくれて、御用立て申しますと言うんだがね
「あの女は自分の金があるのかい」
「そりゃ、どうだか知らない。しかしとにかく大丈夫だよ。引き受けたんだから。ありゃ妙な女で、年のいかないくせにねえさんじみた事をするのが好きな性質なんだから、引き受けさえすれば、安心だ。心配しないでもいい。よろしく願っておけばかまわない。ところがいちばんしまいになって、お金はここにありますが、あなたには渡せませんと言うんだから、驚いたね。ぼくはそんなに不信用なんですかと聞くと、ええと言って笑っている。いやになっちまった。じゃ小川をよこしますかなとまた聞いたら、え、小川さんにお手渡しいたしましょうと言われた。どうでもかってにするがいい。君取りにいけるかい」
「取りにいかなければ、国へ電報でもかけるんだな」
「電報はよそう。ばかげている。いくら君だって借りにいけるだろう」
「いける」
 これでようやく二十円のらちがあいた。(夏目漱石『三四郎』)

 広田の金を馬券に替えてしまうところから全部計画的とは思いませんが、金の算段の中で、ついトリックスターとしての役割を果たしすぎていませんでしょうか。つまり広田の引っ越しに三四郎と美禰子を呼び出して引き合わせ、今度は金で結びつけようとしていないでしょうか。

 この場合、与次郎の言葉を信じるとすれば、少なくとも美禰子の側は与次郎の申し出を利用して三四郎との関係を構築しようと意図していることになりますよね。つまり与次郎はここで「美禰子はお前に気があるよ」というロジックを伝えたことになります。

 そして美禰子はこの時点で「無意識」などではなくなります。飽く迄計画的です。よろけたのはたまたまかもしれませんが、ここはロジックが働いていますよ。

 そこまでもいいですよね。

 で、問題は「じゃ小川をよこしますかな」と与次郎がたまたま言ったのかどうか、あるいは「このままだと小川君もこまったことになるんですが」とでも言って美禰子を脅しながら、三十円で三四郎に恩を着せることができますよとサジェスチョンをしたのかというあたりですね。このあたりが問題です。

 で、今日はもう三記事目で疲れていて、そろそろ指も痛いので簡単にすましますが、最後の方では与次郎は三四郎に「美禰子は諦めてよし子を貰え」と薦めていますよね。最終的には愉快にさせて三四郎を救っています。どうも偶然には思えない与次郎のトリックスターぶりはたまたまなのではないでしょうか。

 グルに見えるけどグルじゃない。

 ……つまり結果的にトリックスター、「愛すべき悪戯者」である与次郎こそが「無意識の偽善者」なのではないでしょうか。美禰子じゃなくて


[余談]

画像1

 サンドイッチには肉を挟んでいないといけないのだろうか。

画像2

 外に大根サンドイッチなども見つかる。三四郎達の食べたサンドイツチの具は何だろう。これはヒントも答えも見つからないので深掘りはしないが。

















この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?