芥川龍之介の『邪宗門』をどう読むか⑥ 坐って読もう
じゃ、そこからでよかったんじゃないの?
この「天が下は広しと云え」→「皆、恋がさせた業じゃ」というつながりは解らないところ。「天が下は広しと云え」「わし一人じゃ」で収まるところをあえてちらかしたものか。それとも単に捻じれたものか。「恋がさせた業ではないものがあろうか」とつらなるべきというのは現代的感覚で、この作品の舞台となる時代ではこの連なりが正しいのか?
今三島由紀夫の対談を読んでいて思うのは、三島がそれぞれの作家の文体と云うものをかなり細かく分析しているということ。それにしても鴎外に関しては何でも書ける唯一の文体の使い手と褒めながら、案外芥川に対する言及がない。
坪内逍遥が谷崎潤一郎の『文章読本』を読んで「レトリックが書いていないじゃないか」といったという話があって、はっと気がついたのは、三島と谷崎には幼いころからの観劇という共通の素養があって、その点では泉鏡花に連なるようなところがあるのだけれど、そういえば谷崎の漢籍への造形の深さのようなものは、漢文をそのまま振り回すようなところは三島には見えないなと。むしろ「古典がしっかり身に着いた最後の世代」という三島の自負における「古典」とは「大鏡」とか「古今集」であって、その点でも谷崎、漱石とは違い、むしろ芥川に近いのではないかと。
三島も芥川もレトリックに関して言うと、結び目を緩く解くようなことをやる。三島自身は四六駢儷に拘り対をつくると言いながら、割とかっちり結び目を保つ漱石や谷崎と違い、芥川や三島は結び目を緩く解く。
とりあえず芥川で言うならば、
するとそこに洋食屋が一軒、片側を照らした月明りに白い暖簾を垂らしていた。
客は外套の毛皮の襟に肥った頬を埋めながら、見ると云うよりは、睨むように、狭い店の中へ眼をやった。
その姿は見れば見るほど、敵役の寸法に嵌っていた。
保吉は月明りを履みながら、いつかそんな事を考えていた。
こんな言語感覚だ。「保吉は月明りに照らされながら」ではなく「保吉は月明りを履みながら」だから心地よい。
神西清は三島由紀夫の『花ざかりの森』を読んで芥川龍之介の再来だと書いた。
有為子は留守だった。
三島由紀夫の『金閣寺』はこの一言の為にあると言っても良かろう。この言語感覚が芥川と三島由紀夫を結ぶラインだと私は思っているのだが、味方は神西清くらいしか見つからない。
さて本題に戻る。「天下広しと雖も~なし」「~くらいなもの」の懸かりを解いた用例は……あるな。
あるにはあるがどうも緩い感じがする。
そもそもこの恋は本物か。「物に狂うたのも同然じゃな」と客観的に言えるくらいだから、物に狂うてはいない。そもそも艶書合せといった遊びは、懸想である。それは恋を戯れ事として捉えていればこそできる遊びだ。つまり本気ではない。
ではさて若殿様はどれくらい本気なのか?
というより、そもそも話の組み立てとしてはこの章からスタートでも良かったのではないかという気がしなくもない。まだその意匠は解らない。
それ、うるさいんじゃないの?
この「菅原雅平」は架空の人物のようだ。『邪宗門』の種本『古今著聞集』には「公事」「文学」「和歌」などの章があり「好色」という章もあったので、何か似たような話でも出てくるものかと調べてみたが、とくにこれというものは見つからない。どうやらここは「中御門の御姫様」のもてエピソードというだけの話のようだ。
それにしても三島由紀夫の『盗賊』でもあるまいに「その恋がかなわなかった御恨みから」「皆目御行方が知れない」とはなんと蒼くて脆くて弱いことか。
三島由紀夫は本人としては近代文学を全否定して王朝物語に連なる意識と言うものを隠さないが、それはこのような蒼くて脆くて弱いピュアな精神に連なるということでもあるのだろうか。
恋心を伝えるために月に笛を吹くとはいと優にありけるにや。
でた、人の悪い芥川龍之介
ああ、よかった。
このままだと褒めてばっかりでつまらないところにいきなり性格の悪さを持ってきた。
芥川が女を善く書く訳はないのだ。
性格の悪い美人に惚れたと。
それじゃあ上手く行くはずがない。で、それからどうした?
そこから持ってくるか
※「若殿原」……若い武士たち。
この「思へども思はずとのみ云ふなればいなや思はじ思ふかひなし」は『古今和歌集』の詠み人知らずの歌だ。こうしてふられた奴もいると。
それからどうした?
そっちの姫にしておけば良かったのに
なるほど、堀川の若殿様と中御門の御姫様は腹違いの兄妹との噂があると。これまたスパイシーな話だが、噂の根拠というのが「御闊達な」性格だけとは、よほど堀川の大殿様の悪名は世間に轟いていたということになろうか。
みんな芥川の『地獄変』でも読んでいたのだろうか。
この「その頃洛中で評判だったのは、この御姫様ともう御一方、これは虫が大御好きで、長虫までも御飼いになったと云う、不思議な御姫様がございました。」の姫君は『堤中納言物語』の「蟲愛ずる姫君」あたりを意識してのことだろうか。
こっちの方がにょろにょろ君向きではないか。
[余談]
へー。
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