夢を追うのにつらくなくてもいい
人に紹介されて、演奏会へ行った。私より少し若い演奏家が主催だ。
会場は三十人くらいがやっと入れる小さなスペースだった。季節に合わせた選曲なのか、哀しげな冬の曲で演奏会ははじまる。
その演奏を聴きながら、夢のことを考えていた。
「好きなことをするってなんだろう」
今まで色んな人の演奏を聴いてきた。だからか、その日の演奏を聴きながら、違う人の演奏を思い出した。
「先輩もこれくらい弾けるかもしれない」
私の先輩たちはみんなうまい人で、中には、将来は音楽の道に行けるんじゃないかというくらい弾ける人もいた。才能があったんだと思う。
でも先輩は、普通に就職した。今楽器はやっていないと噂で聞いている。
もし、先輩がずっと続けていたら……。きっと今目の前にいる演奏家くらい、いや、もしかしたらそれ以上に弾けたかもしれない。先輩もプロになれたのになと思った。
だけど、それが幸せかどうかは、私には分からない。
その日の演奏家も、こうして演奏会を開催しているけど、普段の生活はなかなか大変らしい。芽が出るか分からない。かといって普通の社会人経験もない。「友達なんていらない」そう言い切るくらいに、自分を追い込んで、夢を追い続けている。
「私は?」
小さな会場の隅で、自分に聞き返す。
曲は、イタリアかどこかの少し陽気なものに変わる。演奏家の緊張はほぐれてきて、さすがプロらしい響きになっていった。
海外で何度も働いている友達と、どこかのカフェバーでそういう話になったことを思い出した。そこでは、ジャズが演奏されていた。
「好きなことをしているから、結婚はあきらめなきゃ」
だんだん大きくなるセッションの音に、かき消されないくらいに大きな声でその人は言った。
どうして好きなことをするのに、他のことをあきらめないといけないんだろう。そのとき疑問に思って、そこで私は決めたんだった。
「私は全部をあきらめない」
その日が大きな転機になって、私は小説を書き始めた。
友達も結婚も、私はほしいし大事にしたい。それと同時に、好きなことをして生きていたい。
毎日がつらくてしんどいものじゃなくて、安心できて楽しくて、そういう日の積み重ねがあるうえで、夢もかなえたい。
私は、夢を追うのにつらくなくたっていいと思う。
欲張りでも欲深くても、きっと見捨てられたりしない。楽しい人が届けるプレゼントの方が、悲壮感がある人からの送り物より喜ばれるような気もする。
小さな会場で、演奏は長いながい、四部作の曲に変わっていた。
時代をどんどんたどっていく曲で、それに従って演奏家も熱が入っていくのが分かる。
そして、最後の四部目が終わり、演奏家はすっと立ち上がった。礼をして、ステージを降りたその人はとても満足そうだった。
なんだかんだで、その人は、つらいけどやり切っているのが楽しかったりするのかもしれない。夢のかなえ方はそれぞれでいいよね、と思えた。どうやって追うかは自由で、信じるやり方で進めばいい。
会場から出ると、寒さがきゅっと気持ちよかった。
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