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エンゲキ・デイズ -ある劇作家の話- その4

生きることを、難しく考える必要はあるのか。

自分が役を演じるのではなくて、自分以外の人に演じてもらう。
自分がイメージしたように。

secret7をつくり、演出することなんて、結成する前は想像もしていなかった。
しかし、今思えば自分の中で、そんなにありえないことではなかったのかもしれない。

「小学校のとき、当時のテレビで流行ってたタケちゃんマンとかのマネを、友達にやらせていたんですよね。
誰かに、あれおもろいから、やってみてって」

それが原体験といえるのか、たまたま実体験とリンクしたエピソードなのかはわからない。
ただ一つ言えるのは、そうやってアウトプットすることが、彼自身を表すことであると。
バンドで弾いていたギターにしろ、イラストにしろ、版画にしろ、みんなそうだ。
自分以外にメッセージを発信したかったわけではないにしろ、自分の何かを表したかったのだ。

誤解を覚悟の上で発するならば、secret7での演出も、そのアウトプットの一つと言える。
絵を描くのが好きだったから、イラストを描いた、版画をつくった。
音楽が好きだったから、ギターを弾いた。

じゃあ、芝居を観るのが好きだったから、演じるのが好きだったから、演出もやったのだろうか?
いや、そんな簡単に、答えを導き出せるような、安易なことではない。

「脚本と演出、常にドキドキやプレッシャーはありますね。
気を抜いたら、すぐに地獄がやってきますね、気持ち的に」

誰かに脚本や演出を学んだわけでもない。
演じる役者を意識して、自分の好きなイメージで、ただひたすら書いてきただけなのだ。
そこに論理や根拠を求められると、つらくなる。不安が襲ってくる。

「自分には何のバックグラウンドもないですから…」

そんな思いとは裏腹に、secret7は順調に集客を伸ばし、活躍の舞台を広げていく。
絶好調のさなか、彼に新たなオーダーが入る。

「ある知人から、芝居の脚本を書いてくれと話があったんです」

secret7の活躍をみて依頼してくれたのかは、わからない。
しかし、その依頼内容は、かなり雑なものだった。

出演者もわからない。客層ターゲットもわからない。企画コンセプトも明確になっていない。
企画をやる者からしたら、全くお手上げの状態だが、彼はその依頼を受けた。
いや、受けてしまった。

「大丈夫です、と言ったものの、全く書けませんでした。
死ぬほど考えました。でも、書けなかった。
どうすればいいかも、もはや、わからなくなってしまったんです」

失意の中、結局、彼が下した決断は、secret7の作品を再演することだった。
新作を期待されていただけに、作り手としては、至極、悔いが残る決断だった。

このとき、また、あの慙愧にたえぬ思いがよみがえってくる。

「自分には何のバックグラウンドもないですから…」

バックグラウンドがある人は、何らかのノウハウがあるはず。
だから、どんなときにも、その局面にあった対応ができるだろう。対応できる引き出しがあるのだろう。
しかし、自分には、その引き出しはない。ノウハウのストックがないのだ。
断片的なアイデアがあっても、それを構成する全体像が全くみえない。
だから書けなかった。

「あの悔しさは、10年ぐらいたった今でも、しっかり残っていますね」

今でも、あのダメージが癒されず、続いているのだろうか?

「ただ、あれがあったから、secret7を10年以上やってこれたのだと思います。
なかったら、secret7はパンクしていたかも。
今なら、同じような依頼があっても、対処が違いますよ、きっと。
昔よりは、苦手だった計画性ってのが、少しは備わってきてるかも(笑)」

あの経験以降、彼は、周りの仲間からも心配されるようになったそうだ。
あの時に、書けず悩んでいた姿を、仲間たちも気にかけていたからだろう。

いい経験をしたと言えば、それまでだが、
誰でものぞんで痛い思いなど、したくないものだ。
しかし、その痛みに怯え続ける人生に、果たして何が残るのだろうか。
プラスになることなど、あるのだろうか。

誰もが、一寸先のことさえわからない。
ただ、現実に直面してしまえば、否が応でも何かを決めなければならない時が来る。
生きるとは、選択の連続だ。

彼自身、気づいているかはわからないが、
あれほど気にしていたバックグラウンドを、
経験値を上げていくことで、打ち消そうとしている。

人生、何が起こるかわからない。
明日も、何が起こるかわからない。

ならば、

向き合っていこう、何が起きても。

【了】

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