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エンゲキ・デイズ -ある劇作家の話- その2

地元に帰ったからといって、
そんなにうまくいくものではない。

衝撃的であり、残念でもあった東京生活の幕引き。
当時の彼としては、いろんな思いがあったのだろうが、
今となっては、あまり覚えていないらしい。
エピソードがキツ過ぎたからなのか?、
彼自身にとっては薄っぺらくて
大したことではなかったからなのか?、
それは彼のみぞ知ることだ。

――私も以前、精神的にまいってしまい、しばらく臥していたことがあった。今思い返すと、その時のことをよく覚えていない。だから、わからなくもない。

大阪に戻った彼は、体調を回復させ、普段の生活に戻った。
やはり定職にはつかず、服屋などでバイトをしながら、バンド活動も再開した。

この時代、学生生活を終えたら、ちゃんと会社に入って、
結婚して家族をつくって…というような人生観が、まだ世間に残っていた。
だから、彼のような若者を見ると、首をかしげる大人が多かった。

特に大きな志、目的意識をもっているわけでもない若者。
そんな彼だったが、
周囲の人から「定職につかんのか」など、
耳の痛い、めんどくさいことを言われることはほとんどなかった。

――周りの人たちが優しいのか、賛否がわかれるところだ

そうこうしているうちに、時は過ぎていく。
気がつけば、30代に入ろうとしていた。

20代からすると、30代という年代は、一つの節目である。
30になる前に結婚したいとか、
20代でやり残したことがないようにしたいだとか、
男女問わず、若さゆえにいろいろ意識する人は多いだろう。
自分は意識していないとしても、
意外に周りがざわつき始めたりするものだ。
彼の周りも例外ではなく、ざわつき始めていた。

大阪に帰ってからやっていたバンドに激震が走る。
カップルだったベースとドラムが結婚すると言うのだ。
ギターも東京に行くと言う。
バンドの4人のメンバーの内、3人が強い意志を伝えてきた。
いずれも30代に入るか入らないかの年頃、自分たちのこれからについて、
色々と考えた末の結論なのだろう。

「要は、僕以外のみんな、しっかり自分と向き合い、先を見据え、ちゃんと考えていたんだと思うんです」

彼は、去りゆく人たちに異議を唱えるわけでもなく、静かにその状況を受け入れた。

一見、気持ちを切り替えて、大人の対応ができているようにも見える。

――一緒にやってきた仲間から別れを告げられ、そんな簡単に割り切れるものなのだろうか。
怒りや悲しみ、寂しさ、焦り、いろんな感情が、ふつふつとこみ上げてこないものなのだろうか

「自分はイラッとするタイプではないですが、急に変なところでイラッとして、溜め込んでいたものを吐き出すような時があります。
でも、吐き出した直後、どうしようもないほど悔やみます。年に一回ぐらいはありますかねー」


そんな彼ではあったが、このときは激情もせず、来るもの拒まず、去る者追わずの精神で、仲間たちを送り出した。
去っていく仲間たちほどには、
リアリティをもって深く考えていなかったのかもしれない。

その後、バイトをしつつ、知り合いのお店から依頼されたイラストなどデザイン系の仕事もしながら、日常を過ごしていた。
そんな折、生まれてはじめて芝居を観ることになる。

【つづきます】

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