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やめるとか、始めるとか、続けるとか【うみまち交換日記 vol.9】

姫ちゃんさん、こんばんは。私も、秋への移ろいを楽しんでいる最近です。私は秋がいちばん好きな季節なので、そのときが来るのを静かに、でもわくわくしながら、この瞬間を感じようとしています。

姫ちゃんさんの日記を読んで、ほんとうの(?)日記を覗き見させてもらっているような感覚になりました。贅沢で、満ちた気持ちです。


私が前回の交換日記に記した「愛するということ」を読んでくださっているようで、なんだか嬉しいです。ぼちぼち、気になるところくらいで、ぜひ読んでみてください。

姫ちゃんさんのお返事のなかに「グレーを愛すること、信じることができるようになるには、環境の影響もある」という話があって、そうだよなあと素直に思いました。

朝のぼんやりする時間も、きっといい時間なんだろうなと勝手に想像しています。



少し私の話をすると、玉野に移住してから直接人と会う機会が増えたことで、日中に作業する時間が減るからと、朝から仕事をするようになりました。頭がすっきりしている時間帯にやることをやるのが心地よくて、「これはいいルーティンを見つけたな」と思ったんです。


でも、移住して2〜3ヶ月が経ったころ、なんだか追われているような気持ちになっていました。そして何より、その時間の使い方に飽きてしまっていて、せっかくいいと思っていたルーティンを辞めました。

いまは朝早く起きたら、海を見ながらぼーっとしたり、本を読んだり、家の中のどこか1箇所だけ掃除をしてみたりと、そのときに思いついたことをただやっています。それだけで、私の心は潤っていきました。

環境っていうと、すでにあるものだと思いがちだけれど、とはいえいつでも自分で選べるものだし、自分でつくるものでもあると私は思います。そういう自分でありたいとも思っていることを、この交換日記を書きながら思い返すことができました。


先日、移住してから出会った友人が「数ヶ月前はいろいろと焦っていたけれど、今は今を大切にしようと思います」と話してくれました。友人の言葉に、私は大きくうなずいていました。

というのも、最近の私は、ここ数年描いていた「場所を作る」という夢を一旦置いておくことにしました。

まわりには結構宣言していました。実際に巻き込んだ人もいて、実現に向けて少し動き出していた矢先に現れはじめた違和感。これを、今の私には見て見ぬふりできなかった。

まわりの反応がこわくて、やっぱりやめたいと言うのに躊躇いましたが、今の私でいいということを私が許すところから始めてみることにしました。


そして、今の私は私で、姫ちゃんさんのように勉強してみようと思っています。日常でも仕事でも愛とお金を循環させられるようになりたくて。まったく新しいコミュニティに入って学ぶことにしました。久しぶりの自己投資。かなりどきどきしています。


この1ヶ月くらいで起きた「やめる」「始める」のできごとは、言葉で書いてしまえば「黒」か「白」かに見えてしまうけれど、「やめる」からと言ってその夢を諦めたわけではないし、「始める」からと言って必ず続ける必要もないと思っています。

やめるとか、始めるとか、続けるとか。

今の私にとって、正直どれでも、なんでもいいんだなと思います。それらは単なる、人生の途中経過における結論であり、点と点は線で繋がるときがくると知っているから、今の私は、今の私に正直に生きることを大切にしてみようと思うのでした。


……それがいちばん、むずかしいんですけどね。むずかしいけど、きっと愛おしい。その行き来を、楽しめるようになりたいものです。



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