彼と過ごした可惜夜
日が沈み、街灯の少しオレンジがかった光がじゅわっと空間に溶けていく。
静かな風が頬を撫で、夜の帳が降りる頃、鈴虫たちの声は次第に高まっていた。
音が消える世界の中で、その響きだけが残り、夜の訪れを感じさせられる。
「可惜夜って知ってる?明けてしまうのが惜しい夜のことなんだって。」
いつ、誰に言われたのかは覚えていない。
でも、夏が終わるこの時期になるといつもその言葉を思い出す。
9月17日。中秋の名月だったらしい。
テレビのニュースでやっていた。
その夜、彼のバイクの後ろに乗せてもらった。
空はいつもより明るかった。風が髪を揺らし、田舎道の静けさが、より一層エンジンの鼓動を響かせた。
街の灯りはもうついていなかった。
月の光が夜空を照らし、星たちはいつもよりひっそり輝いていた。
些細な会話をしながら、バイクで走り続けた。
特別な出来事はなくとも、この時間が続い欲しい、朝が来なければまだ一緒にいられるのかもしれないと思ったこの時間こそが、私にとっての可惜夜だった。
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