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坂の上大作戦

 実家の前の坂を降りて右に曲がったところに、肩をすぼめたみたいに建ってる細長い3軒の家がありました。
今はリフォームした住宅ですが、その昔はそれぞれ卵屋さん、葬式の花環屋さん、写真屋さんでした。
3軒が建つ前は、そこに一軒の平屋木造住宅がありました。
幼なじみのまさとくんの家でした。

私とまさとくんは同い年でとても仲が良くて、毎日のように一緒に遊んでいました。
2人でいったい何を話していたのかって?
テーマはたぶん、世界で一番強いのは誰か、みたいなことです。鉄腕アトムと鉄人28号が戦ったらどっちが勝つか?みたいなね。

当時はそこら中が空き地だったから、2人で日がな一日駆け回っていました。
黒と赤の太い縞が入ったまさとくんのセーターを、その触った時の感触まで、今でも思い出すことが出来ます。

いつのことだったか、まさとくんの家で大ゲンカをしたことがありました。
つかみ合いのケンカをしたのは、その時が初めてでね。
5歳くらいだったけど、まさとくんが本気を出してきたから、私はあっけなく床に倒れ込んでしまいました。
男の子の力が予想以上に強いことを思い知らされたんですね。
泣くつもりなんかなかったのに、私はいつのまにか泣いていた。すごく悔しかった。

「まさと、だめよ〜!」
台所から、まさとくんのお母さんの声が聞こえました。
きょうこちゃんは女の子なんだからね。
私はその言葉で、また悲しくなって、わんわん泣きました。
私にとっては、特別な意味の言葉だったから。

私が女の子の体だから負けたんだ。当たり前だよね。
そうは思って納得したけど、これが人生初の敗北だった。いや、あきらめの確認という感じだったかな。

まさとくんは黙って奥の部屋に行ってしまったので、私は泣きはらした目で台所に行って、割烹着の袖をまくったお母さんが、皮つきの葡萄をすりこぎで潰しているのを見ていました。
窓から午後のやわらかい陽が差し込んで、みずみずしい葡萄が光って美味しそうでした。

それからも、まさとくんと私の友情は続きました。
ある日私たちは空き地で古タイヤを見つけて、転がして遊んでいた時、私は直感で最高に面白いことを思いついたんです。
それは坂の上からタイヤを転がして、どこまで転がるか調べること。

まさとくんは案の定乗って来て、2人で坂の上にタイヤを運び、せーの、でタイヤから手を離しました。
ところがタイヤは思わぬ方向に転がって行き、まさとくんのお隣さんの板塀をぶち壊して庭に突入してしまったんです。
二人の革命の瞬間でした。

逃げろ、逃げろ!怒られるぞー!
まさとくんと私は全力で逃げました。
必死で走りながら、なぜだか2人とも大笑いしていました。
おかしくておかしくて、お腹がよじれそうだった。

幼稚園を卒園する春に、まさとくんが遠くに引っ越すことを母から聞きました。
大事な友達の絆が、大人の都合で簡単に切れてしまう。
永遠の別れになるかも知れないのに。
だけどそのことに子供が口出し出来ないのも、よくわかっていました。
お互い、特にお別れの挨拶もありませんでした。

まさとくんのいない毎日なんてとても悲しくて、あまりに悲しくて、思い切り泣きたかったけど、泣きませんでした。

それからずーっと、私はまさとくんのような友達を探しています。あんな友達がいたら、あの日のように一緒にいたずらがしたいと心から思っています。

(了)

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