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息子にできる最大の供養は

「お父さんが倒れた」
 
母からの連絡を受け、大急ぎで帰省した。
 
半年ぶりに会った父は、すでに冷たくなっていた。
 
あまりにも突然だった。
僕は社会人になった姿を、見せることすらできなかった。

だけど、いつまでも悲しんではいられない。
現実を受け入れられなくても、前に進まなくてはならない。

葬儀を終え、口座の振替等に取りかかろうとしていた。
とはいえ、父のお金周りのことはよく知らなかった。
 
情報を得るべく、父のパソコンを立ち上げる。
開くか心配だったが、パスワードはカンで当たった。
 
ブラウザのブックマークを開くと、「〇〇銀行」や「〇〇保険」のホームページが並んでいる。よかった、これで少しは楽になりそうだ。
 
突然、画面をスクロールする手が止まった。
 
「可愛い若妻と正常位・・・」

このWEBページのタイトルは、優先席で堂々と寝ているサラリーマンみたいに、何食わぬ顔でブックマークリストに居座っていた。

目を凝らし、もう一度ブックマークリストを見返すと、「大人のおもちゃ」やら「無修正」やら、アダルトキーワードが散見された。

生前、父は下ネタを言わなかった。AVを見ているだろうとは思っていたが、その姿はうまく想像できなかった。

不意にもこうして証拠を掴んだ瞬間、スタンドライトに照らされた父のニヤけ顔が心に浮かんだ。

ああ、父は生きていたんだ。

パズーがラピュタを見つけた時のように、こみ上げてくるものがあった。

母と姉は、正面のソファに深く腰掛け、家族旅行の写真を眺めている。彼女たちが目に浮かべる涙は、懐かしい思い出に対するものだろう。僕の涙が「夜な夜なAVを見ている父の様子」を想像して流されたものだとは思うはずがない。彼女たちの美しい父親像を、絶対に壊すわけにはいかない。

父さん、心配しなくて大丈夫だよ。僕に任せて。

音を立てないほど静かに、僕は「削除」をクリックしていった。

ブックマークリストのお清めは完了した。これで安心だ。
パソコンを閉じ、遺影に目をやる。父の笑顔が、昨日より和らいで見えた。

世の中の大半の父さんが残すのは、熱い思いではなくエロブックマークなのだろう。そして、息子にできる最大の供養は、母さんのまなざしから、それを隠すである。


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