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『大人嫌い』の原体験

「大人びた子です」「しっかりした子です」

わたしは子供のころから周囲の大人にそう評されていた。

小学校1年生の時の担任が苦手だった。
気分屋で好き嫌いが激しくて、謎ルールで子供を支配する中年女性だった。
優等生の仮面をかぶりながら裏でいじめをしている子のことを異常なほど可愛がる姿は気持ちが悪くて『大人って結構ばかなんだな』とわたしは小1ながらに思っていた。

わたしは聡いこどもで、可愛げがなかった。


ある日、「十本」の読み方を「じっぽん」と書いたわたしの答案用紙に、これでもか!というくらい大きなバツがついた。
注意して覚えたのに間違えるはずがない…と混乱するわたしを見て、先生はニマリと笑いながら大声で叫んだ。

「みんな!なんと、こむぎさんはこの問題が解けませんでした。かわいそうですね!みんなで解けるまで応援してあげましょうね!」

私は読み書きを覚えるのが早かったし、母親がスパルタだったのもあり国語はかなり得意だった。なので先生のこの発言は幼心にプライドがひどく傷つき、真っ赤になってしまった。
周りの「がんばれー」「こないだ習ったよ」と叫ぶ声が頭を真っ白にした。

そんな馬鹿な、と思いながら
”じっぽん” を消しゴムで消して、”じゅっぽん” と書く。

「そんなわけないでしょう」と頭上から言葉が落ちてくる。

もう一度消しゴムで消して、改めて”じっぽん”と書く。

「だから違うって言っているでしょう、なんでわかんないんですか?」


わたしは大混乱していた。「十本」…
じっぽん、でも、じゅっぽんでもないなら、なんなの?

そんなこんなで、私の「じっぽんじゅっぽんラリー」をクラス全員が見守る形になった。
私の机の真横に立つ先生はいつも以上に大きく・威圧的で、ニマニマ笑うその顔がとても不気味に映った。真っ赤な唇とパサパサのパーマが魔女みたいだな、なんて思った。

涙をこらえながら何度目かわからない “じっぽん“ を書いたところで
「そうよ。やっと思い出したの?」
「みんなに迷惑かけたんだから、全員に謝りなさい」と先生が言った。

さっきから何度も書いてたよ!?

わたしはスカートの裾を握りしめ、『めいわくかけて、ごめんなさい』と声を絞り出し、頭をさげた。
そのタイミングでチャイムが鳴った。40分以上はやっていたと思う。

最初から書いていたのに、なぜバツにされたのだろう
先生が見間違えていた?
わたし合ってたのに…

これは「悪意」なんだ。と、うっすら気づいていた。
時間いっぱい使って私を攻撃することが目標だった。


『人に迷惑をかけてはいけない』『揉め事になるくらいなら、自分が我慢しろ』という圧倒的な価値観で育てられてきた私にとっては、この悲しくて悔しい出来事を、親に話すこともできなかった。

担任の先生に嫌われるなんてダメな子の受ける仕打ちに決まっている。
絶対的な存在に嫌われているという事実はとても悲しくて恥ずかしくて惨めだった。


お母さんが知ったら、なんというだろう。きっと「いい子にしなさい!」と言うに違いない。誰もわたしの言うことをほんとうだとは思ってくれない。


大人なんて信用できない。大嫌いだ。
可愛がられない自分も、大嫌いだ。

なんとも言えないやり場のない気持ちを抱えて、
私はひとり、布団でしくしく泣いた。


時々思う。
あの頃にタイムトラベルして小さなわたしをぎゅっと抱きしめてあげたい。
いつも緊張していて、いつも人の顔色を伺って、お姉さんたらんとしている
小さな女の子を抱きしめてあげたい。

あなたのこれから先の人生は苦労や悲しみも多いけど
どんどん楽しくなっていくからね。ちょっとだけ安心してくれたら嬉しいな。



平成22年11月30日 常用漢字表の改定で
十本は  "じゅっぽん" でもOKになったらしいよ!

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