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あの人

僕には憧れの存在がいない
そう いわゆる目標にできる存在
誇りを持てる存在
輝かしい存在
すがりついて自分の味方にできてしまう存在
いつでもそばにいてくれる存在
そんな絶対的な存在
そんな存在が僕にはいない

そんな憧れはいろいろなステージに立っているらしく

例えば彼女の憧れは音と光に包まれたステージ
例えば彼の憧れは歓声と汗にまみれたステージ
はたまたあの子の憧れは用意された舞台というステージ
他には文字や数字があって成立するステージ

まだまだたくさんあるのだろう
きっと憧れ自体生身ではない例もあるだろう
そんな中彼女の憧れは画面越しによく現れた
ふと見つけるとだいたい同じ言葉を聞いた

まぶしい笑顔
真剣な眼差し
きれいな掌

眺めているには申し分ないほど全てが計算されたような
そんな景色を見ているようだった

そんな彼女の憧れを久しぶりに横目で見つけた
いつもと同じ言葉を聞き流していたら
その声に嗚咽が混ざり始めた
驚いて画面に目を向けると
その憧れの目からひたひたと予想だにしないものが流れ落ちていた
度肝を抜かれた
胸がざわついた
思わず見入った
体が動かなかった

そして最後には何もなかったかのように無邪気に笑う顔が
白い歯が 長い髪が 美しい衣装が 少し赤らんだ頬が
まだ乾ききっていない潤んだ目が
全部がやけにまぶしかった
ずっと見ていたかった

それなのにその輝いた瞳が映る画面は
容赦もなく
嘲笑うように
憐れむように切り替わった

急に体にのしかかる重量感
無力感
膝から崩れ落ちるという意味をその時知った

脳裏にへばりついた映像を思い出しては
苦しくなった
久しぶりの感覚

いつのまにか彼女の影響を受けていた
いいや 昔の自分を取り戻し始めさせられていた
憧れとなる対象を視界に入れるようになっていたのだ
危なかった

同情できても何もできないこの辛さを
無力な自分を呪ったあの頃を
生々しいほどの感情を
忘れていたはずなのに

一方通行の思いを
絶対に届くことの無いこの声を
感情を消さなければ

いないのではなくて
つくらないと決めたのだから

手の届かないもには目を向けないと決めたのだから

泣いている姿を見ても
頑張っている姿を見ても
どんなに辛そうでも
慰めも 励ましも 賞賛も
自分の声で届けることが出来ないのだから

あの人の背中を優しくさすってあげることは出来ないのだから

いつも頑張ってるよね