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【ネタバレあり】『青野くんに触りたいから死にたい』の魅力

継続中のマンガに対する感想文が良いのかわからないが、最近単行本8巻が発売された椎名うみさんの『青野くんに触りたいから死にたい』(講談社・アフタヌーン連載中)について、とにかく面白具合を文章に残さなければという衝動に駆られた。
ついでに、WOWOWでの実写ドラマ化も決定したそうだ。メディアが変わると魅力も変わるので、私は見るかどうか悩んでいるが、これを機にたくさんの人にこのマンガのを読んでもらえたら一ファンとして非常に嬉しい。早く、『青野くん』好きの同志に出会いたい…。

大体のあらすじはこちら。BL小説家の一穂ミチさんによる素晴らしい文章です。

はちゃめちゃに恐いシーンがあるのに、もどかしい恋愛模様に心が締め付けられる瞬間がある。主人公のまっすぐな気持ちに対して、状況の難解さが絡みに絡んで、右脳と左脳をぐちゃぐちゃにされる。現在進行形で進んでいるこのマンガの読後感は、まだまだスッキリしなさそうだ。

なぜこんなに惹かれるのだろう。それを紐解き、かつこれを読んでくれる数少ない読者に『青野くん』を布教するために、今回は【恋愛】【家族】【恐怖】の3つの観点からその魅力を伝えたい。

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【恋愛:応援したい私と報われない2人】

主人公、優里の印象的なセリフが、4巻の前半にある。アルバイト先の学童に通う子どもの1人、もともと幽霊が見える渡瀬が四ツ首様のお呪いを行った後、学校に来なくなった。外に出てくるよう説得したのは、幽霊の青野だった。そのあと、主人公の優里と青野が家に帰る途中で会話を交わすシーンである。

優里「幽霊を一番怖がってた希美ちゃん(渡瀬)が幽霊の青野くんの説得で家から出てきて青野くんは怖くないって言ったんだよ それは君が優しくて人の気持ちに寄り添える人だからだよ」

(中略)

優里「そんな素敵な青野くんが この世から消えてしまうのが一番正しいことだなんて この世界ってクソじゃんねぇ」
優里「この世界って 全然いい所じゃないんだねぇ」

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優里が、青野以外の世界をどう思っているかが端的にわかるセリフである。青野の存在ごと心の底から包み込んでいるのに、「彼岸にいること」その1点だけが、致命的に満たされないやるせなさ。優里が青野のために動けば動くほど、その致命的な1点が此岸を「クソ」にしてしまう。優里の青野への気持ちは、8巻まで(今の所)ブレることはない。

この青野に対する優里の見方に対応するのが、優里に対する藤本の見方である。下記、5巻より。

藤本「優里は理解できないことも それが相手にとって大事なんだなってわかったらそのまま 受け止めるじゃん 人の大事なものを大事にするじゃん 希美とか堀江さんとかああいう難しいやつらが心を開いてくれたのは そういうふうに優里が優しいからなんだろうなあって思う」

この表現からわかることは、青野と優里は似た者同士だということ。この後優里は(のちに優里への好意を自覚する)藤本の「納得するまで頷かないところ」を「嘘がなくて大好き」だと、友達として・人間としての好意を素直に伝えるが、藤本はその返しに照れからか

「前にひどい育てられ方したから変な人間になったって言ってたけど 優里は全然変な人間じゃないし」
「家族は家族なんだからきっといつかわかり合えるよ」

と、家族に対しての前向きな展望を口にする。優里はそれに対し、びっくりしたような表情で「そう…だよね」と精一杯の返答を絞り出す。

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この時読者は、優里とともに、「青野・優里」と「藤本」との間に絶対の壁を感じてしまう。愛情を持って両親に育てられてきた藤本との、絶望的な家族観の隔たり。家族からの抑圧を経験してきた2人の生い立ちを考えれば、それを踏まえて青野と優里が惹かれ合うことの必然を、このシーンでひしひしと感じてしまうはずだ。
彼岸にさえいなければ、本当に2人は、お似合いなのだ。いくら藤本が優里のことを想ったとしても、この事実が、読者の心を残酷に締め付ける。

そして、青野のために奔走することで、優里は皮肉にも青野以外の目にも魅力的に映る人間に成長し、藤本との三角関係が生まれたりとますます読者にとってこの状況におけるハッピーエンドとは何かを考えさせられる展開となる。ああ、幸せになってほしいのに。

【家族ー支配と抑圧の物語】

上記でも触れている通り、青野と優里はそれぞれ複雑な家庭環境であった。

青野については、父親は青野が5歳のときに心筋梗塞で亡くなり(3巻)母親は自殺(?)していて(4巻)、現在生きているのは子供の頃に祖父母に育てられるようになった弟・鉄平のみ。
鉄平が祖父母に育てられるようになった経緯は5巻で明らかになっており、それから母親が亡くなるまでの間、青野は母親の溺愛を一身に受けていた期間があるということになる。母親が亡くなったのは、5巻で優里と藤本が鉄平の住む祖父母の家を訪ねた際、祖父が「龍平(青野)がうちに来て5年」と述べているので、おそらく5年前、青野が12歳の頃だろうか。

最新8巻では、青野が突然現れた子供の青野に「ね 今から一緒に映画観に行こっか」と誘われたのを端緒に、子供の青野と母親が、鉄平を家に閉じ込め映画館デートに出掛ける様子が描かれる(子供の青野が母親にすり替わり、青年の青野は子供の姿に意識が移行している)。「兄弟なんかより親子の方が特別」「強い絆で離れない」と主張する母親の、青野を何よりも優先する過剰な独占欲が見て取れる。おそらく母親は、鉄平が兄を慕うことにすら嫉妬し、その気持ちがエスカレートした結果、鉄平を見捨てることにしたのだろう。前後するが、2巻の終盤には青野に身体を乗っ取られる間、優里は青野に豪華で大量の食べ物を口の中に無理矢理押し込まれる体験をしている。これは筆者の推測だが、青野が母親から受けた過剰な愛情からなる行為を青野が優里に再現しているのではないだろうか。

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一方、優里である。両親・姉の4人家族で、父親は7巻でその存在が確認された(セリフはなし)。中でも拗れているのは姉の翠であり、彼女の優里に対する態度は3巻で強烈に印象付けられた。青野との水族館デートのために、翠の服を無断で着ていった優里を、玄関で裸にしたシーン。翠は、子供の頃先に亡くなった兄のために親から不当な扱いを受けたことから、7つ下の優里を姉という立場を利用していじめるようになった。親は翠につらい思いをさせた負い目からそれに目を瞑っており、優里の立場に立つ青野に言わせれば「この家の生け贄は交代制」。家族を悪く言われたことをきっかけに2人は喧嘩になってしまうが、読者から見ても優里はあまりにも可哀想で、青野の優里を想った発言に肩を持ちたくなる。

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優里は、1巻から「どこか普通とズレている」女の子という印象がある。同級生に敬語を使い、いじめられはしないものの親しい友人はおらず、1回会話を交わしただけの青野に惚れ込み、「強く印象に残りたい」と思案した結果、告白。「思い込みの激しい」「ヤバい」主人公だった(一穂氏)。洞察力のある藤本も知り合ったばかりの彼女を「多分あんたメンヘラ」と断言しており、確かにもし青野と付き合っていたら重い女になっていた可能性がある。今となってはその展開すら愛おしく感じてしまう筆者がいるが、上記のような家族からの扱いが、優里の性格を形成した要因の一つと言える。

青野の生前の人間性については、これも藤本の言葉で「広く浅くの典型みたいなつまんない男」(1巻)との表現がある。家族関係というバックグラウンドを考えると、母親の死から5年が経っており、弟とは表面上は仲が良くなかったものの、藤本と仲良くなったのは祖父母と穏やかな生活を送っていた最中だったと考えられる。母親から受けていた虐待に近い過保護から脱出したのち、人に優しく接することを覚えていったのだろう。

青野の家族関係は、物語が進んでいくごとに、描写が増えるごとに、ホラー性を増す母親の謎が明らかになったり逆に深まったりと一進一退を続けているが、それが青野の精神状態とともにクリアになった時、大きく展開することが予想される。青野の家族が本人の不在も含めてすでに壊滅状態にある一方、優里は幽霊の青野との関係を深めるにつれ家族を客観視することによる精神的な成長が著しく、まさに家族関係が変化しようとしている。その先にあるのが壊滅か、和合かは、まだ読めない。
彼らの家族関係の謎と変化は、彼らの思春期ならではの精神的成長に大きな影響を与え、物語の軸を成している。

【恐怖ー未熟さが生む異形】

この漫画が「ホラーだ」ということに気づくのは、どの段階だろうか。本当に怖いシーンは、実はなかなか出てこない。「えっ…」と思うのは、「黒青野くん」が初めて登場した第1話終盤で、それまでは優里が自殺を試みるシーンなどに迫真性はあったものの、「幽霊の彼氏となんとか付き合っていこうとする高校生カップル」の健気な物語として映ることもできた。目を背けたくなるほどのホラーを確信するのは、堀江の家を出た優里が怪異になりかけている青野と遭うシーンだろう。ここで初めて青野は半身をひどく火傷したような姿に徐々に変容していき、その姿をも明らかに拒否しない優里の中に再び入ってしまう。青野の中で、優里が体験するのは、見知らぬ室内で「何かが出てきそうで出てこない」、ホラーもののお約束展開であり、さらに鑑賞者に恐怖を畳み掛けてくる。

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このシーンまで、いかにも怖い・異様なものが登場してくるところはなく、「こういう表現も今後覚悟しなければいけないんだ…」という気持ちを新たに持たされる。『青野くん』の新たな面に気づかされる、という言い方もできるだろう。

話は少し変わるが、本作の作画は1巻から最新8巻に至るにつれて、画力の向上とともに明らかに変化してきている。1巻当初の本作は、所謂すごくうまい・絵だけで心地よく読み進められると言う作品とは言い難い(後でめちゃくちゃフォローします)。正直、玄人の読者はこの絵で読むのを辞めてしまうかもしれない。ただし、私はこの絵の絶妙な下手ぶりにこそ、本作をより奇怪めかしている大きな要因があると感じている。

それが決定的だと思うのは、2巻で優里に化けた黒青野が堀江の家を訪ねるシーンである。優里と堀江が約束していた時間よりも40分近く早く到着した黒青野は、インターホンの画面越しに舌ったらずな言葉で堀江の家に入ろうとする。

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読み始めた当初から上手くはないと感じていた絵が、このシーンで一挙に不気味に映る。優里は、身体は正面を向いているが、顔のパーツが右斜め前を向いている。顔の向き・パーツ・体の向きが微妙にズレているため、確信して違和感を感じることになる。
しかし、このズレはそのシーンに限定されるものではなく、巻を遡ればこの作者が、多くの漫画初心者が陥る「右斜め前向きの角度」を描くことに長け、単純に正面向きの顔を描くのが苦手な傾向があることがわかる。未熟さ故の不気味さ・異様さは、2巻のこの段階の作者にしか表現できない代物だったと筆者は思う。

もう一つ、とびっきり筆者が怖かったシーンがある。4巻の後半で、再び青野が中に入ってしまった間に優里が見ていた世界でのことだ。このシーンで、優里は白髪のショートカットから元の黒髪ロングに戻っており、見知らぬ部屋で赤ちゃんの泣き声を聞く。その声の主は、人間の赤ちゃんくらいの大きさには違いないが、大きく口が裂け、全身に細かい鱗が巡り、鋭い爪と尻尾がついた「何か」であった。見れば見るほど恐ろしい異形のそれは、優里にとっては慈しむべき存在に映るようで、優里はびっくりする様子もなくそれを愛おしそうに抱き上げる。読者からすると唐突な恐怖を与えるこの存在は、お呪いを通じて幽霊が見えるようになった3人の小学生から見える青野の姿と同一らしいが……本当に読んでもらうとわかるのだが、ひたすら謎は深まるばかり。優里には、生前の青野の姿に見えているものが、他の人にとってはこんな異形の姿に見えてしまうのだろうか…もしかすると、現在の青野は優里が「産んだ」…???など、とにかく考察が捗る印象的なシーンだ。画像はあえて挙げないので、この恐怖をネタバレなしで実感してほしい。そのあとに続くシーンも、不可解すぎてマジで怖いので、是非に、お楽しみに。

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さて、ここまで【恋愛】【家族】【恐怖】の3つに的を絞って筆者なりの『青野くん』の魅力を紹介してきたが、最新8巻までのストーリーを通して、記述しきれないことがたくさんたくさんたくさんある。幽霊の見える3人の小学生が登場する四ツ首様編について全く書けていないし、8巻で序盤を迎えた受肉編ではついに青野の母親も登場し、家族の物語が明かされようとしている。筆者がこの記事で出来たのは伏線を撒き散らしたことぐらいだろうか。

もし、この記事を読んだ方の中に少しでも『青野くんに触りたいから死にたい』を読んでみようかな〜と思った方がいたら嬉しい。『青野くん』を読んだ後の高揚を共有できる人に、いつか出会いたい、その一心で記事を殴り書いた。


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