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光 第二話

門のそばの壁に二人でもたれかかる。
「それで、なんで分かったんだ。静かにしてたのにさ」

「お兄さんは、どこか変な雰囲気があるんです。すぐに人がいるって気づきましたよ」
「変な雰囲気って」
「悪い意味じゃないんです。ただ僕にはそれを言い表す言葉が見つからなくて」
悪いやつじゃなさそう。お兄さんって呼んでくれたし。

「それに、僕は弱視だから、ぼんやりと人の影も見えましたよ。大きくてちょっとびっくりしましたけど」
「それは悪いことをした。ギターなんて背負ってると人に鬱陶しがられることも多くってな」

「僕は、すんごい気になりますけど、そのギター。お兄さんはシンガーソングライターとかいう人ですか?」
「よく知ってるなー。シンガーソングライターだけど、全然曲かけなくて、思いつかなくて、苦労してんだよー」

「お兄さんは、有名なんですか?」
少年の無垢な目が眩しい。
「あー。いや、大して売れてないそこら辺の暇なシンガーソングライターだよ」
「そうなんですか」
すこし気まずい空気にしてしまった。大人として恥ずかしい。

「元気そうだけど、君はなんでずっと立ち止まってたんだ? 危ないよ。あんなとこずっといたら」
「えっとですね。入りたくないんです。入ったら出ないといけないでしょ」

「それは、、つまり、学校が好きってことか?」
「まぁ、そうなんですけど」

「なんじゃそりゃ。なんか悩みでもあるんかと思ったわ」
少年の可愛らしい理由に少しほっこりした。いじめられているのかと考えてしまっていた。嫌な大人だ。
「悩みはあるんです。一応」
「なんだ」
「僕、ここを卒業したら、普通の高校に入ることになっていて、それがものすごく不安で」

「卒業なのか」
「はい」

「そうか」

「とにかく、不安で仕方なくって、ここが好きで、離れたくないなって」
「じゃあよ、もうちょっとここにいてもいいんじゃないか」
盲学校は、高校の普通科まであることは一応知っている。
「でもいつかは、社会に出て暮らしていかなきゃいけないことは分かっているんです。それに、」

「それに?」
「高校の部活に入りたいんです」
不安と期待が入り混じった複雑な感情が少年の顔から感じとれる。

「僕は、シンガーソングライターの人の前で言うのはちょっと恥ずかしいんですけど、歌が好きで。音楽が好きなんです。それで、えっと、高校の音楽部に入りたくて」
恥ずかしいことじゃない。少年らしい、立派な夢だ。それに強い子だ。こんな自分が泣きたくなるくらい惨めになる。
「いい夢じゃん。楽しみじゃんか。不安もかき消すくらい楽しい夢だな」
少年は、ニヤニヤしながら小さな声でありがとうございますと呟くように言っていた。こんなにも無邪気で、純真無垢な子供が、こんな街中にいるのか。

「いまからそこの公園行こう、ギター、教えるわ」
とっさに口から無責任なセリフがこぼれていた。
「でも、学校あるし」
「卒業ソングでも作ってさ、お土産に学校もってけば全部大丈夫だろ」
次々に驚くほど無茶苦茶な言葉が出る。けれどもそれは全て本心で、これから暗い空に飛んでいく少年の中の、小さな思い出と、小さな力になりたいと思った。

「卒業ソングなんて作れるんですか?」
少年はそう疑いながらも、足は、校門とは逆の方向へ進んでいた。
「シンガーソングライターなんだから、それぐらい楽勝さ」

二人でゆっくり、公園へ、日の当たる道を進んでいった。


続く

 

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