書評「ズッコケ三人組の神様体験/那須正幹」 そうか、俺はカミサマなんだ。
児童文学作家の那須正幹先生が亡くなられて、もう2年が過ぎた。先生の代表作「ズッコケ三人組」シリーズの大ファンだったぼくは、先生が亡くなられたことを機に、シリーズの中でも特に好きな作品をもう一度読み返すことにした。「ズッコケ三人組」シリーズは、行動力と体力はあるがおっちょこちょいなハチベエ、読書家で物知りなハカセ、ポチャリで気弱だけど優しいモーちゃん、3人の小学六年生を主人公に、1978年から25年近く続いた大人気シリーズだ。
ズッコケ三人組シリーズの中でも「神様体験」というタイトルは、その次に来る「死神人形」に並ぶインパクトの強さだ。すくなくとも、タイトルだけでは内容がさっぱり想像もつかない。
神様が出てくるのか。どんな壮大なファンタジーなんだろう、と表紙を見てみると、三人組が和風な衣装に身を包み、神楽を舞い踊っている。イエス様とかゼウス様とか、そっち方向の神様を思い浮かべていたから、あれッとなった。
あらすじはこうだ。
三人組が住む花山町では、かつては町全体で秋祭りを行っていたが、近年はすっかり小規模になってしまった。商店会は秋祭りをもう一度大々的に開催しようと企画し、そのメインイベントに、ハカセが考案した手作りおみこしコンテストが採用された。三人組はクラスの仲間たちと共にコンテストに参加し、金賞の10万円を目指す。
一方で、お祭りでは60年前に途絶えた「稚児舞い」という子供たちが踊る神楽の復活も企画されていた。その踊り手にハチベエが選ばれる。しかし、舞の練習をしているうちに不思議なウワサを聞くようになる。
稚児舞いが60年前に廃止された理由、それは踊っているうちに体の中に神様が入り込み、中にはおかしくなってしまう子供もいたからだという。
そして、ハチベエの身にも異変が起こる。勉強嫌いで知られたハチベエが、なんとテストで全教科100点をとってしまったのだ。ほかにも、不思議なことがハチベエに起き始め……。
さて、ズッコケ三人組には大きく分けて二つの種類がある。殺人事件に巻き込まれたり、宇宙船に乗ったり、心霊現象に出くわしたりと、非現実的・冒険要素の強いお話。
もう一つが、児童会長に立候補したり、修学旅行に行ったり、運動会に参加したりと、ふつうの小学生の日常を送るお話。
では、この「神様体験」はどっちなのか。神様というぐらいだから、非現実的なお話なんだろうか。
実は、両方である。ハチベエが参加した稚児舞いという不思議な踊りにまつわる奇妙な騒動と、手作りおみこしコンテストに参加する小学生の日常、両方の軸が並行して展開される。これは、ズッコケシリーズの中でも割と珍しい方でもある。
ズッコケシリーズの中には、ホラーやオカルトの要素が強いお話がしばしばある。ポルターガイスト現象に遭遇する「心霊学教室」、街中に妖怪が出現する「妖怪大図鑑」、名前の通りの「学校の怪談」。
これらのお話は目に見える形で怪奇現象が起きるのに対し、この「神様体験」で起きる不思議な出来事はすべて、舞に参加するハチベエの中でしか起こらない。急激に記憶力が上がったり、未来のことや知らないはずのことをなんとなく言い当ててしまったり、数日後の光景を幻覚で見たり。
唯一近いのが、やっぱりハチベエが幽霊に取りつかれる「恐怖体験」というお話なのだけど、このお話はハチベエとは全く違う人格がハチベエの体を借りてしゃべりだすのに対し、「神様体験」の方は人格はずっとハチベエのまま。一度見ただけの名簿を住所や電話番号まで丸暗記することも、明日の天気をなんとなく当ててしまうのも、おかしいと言えばおかしいけれど、不可能というわけではない。「いつもと比べて、なんかおかしいよね」という程度の異変なのである。
けっきょく、最後まで「神様」の姿も声も登場しない。
これがもっと派手なタイプの怪異だったら、のんきにおみこしコンテストに参加している場合ではなくなる。そうではなく、なんかおかしいんだけど、そこまで害があるわけではないし、ただの偶然が重なっただけかもしれない。その程度の異変だから、「おみこしコンテスト」のようなほのぼのしたイベントごとと並行で描けるのだ。もちろん、クライマックスにはしっかりと盛り上がる。
この物語は元々「秋祭り」をテーマに書かれた。
秋祭り/お祭りは、小学生でも気軽に参加できる「日常の延長としてのイベント」である一方、神様をお祭りするという神秘性も帯びている、二面性があるテーマなのだ。
イベントごとを描いたお話はこれまでにも「文化祭事件」や「大運動会」などがある。それを経ての「秋祭り」なのだ。秋祭りのお話を書くにあたり、過去のイベントごとのお話とどう差をつけようか、これまでのイベントごととは何が違うのだろうか、と考えると、ひとつは学校の外でのイベントであること、そしてもうひとつは、宗教や信仰といった要素が絡んでくるということだ。
ハチベエの神様体験を通して、祭りの持つ神秘性を描く。一方で、現代のお祭りは神秘性だけではなく、いやむしろ楽しいイベントとしての側面の方が強い。二面性のあるお祭りというテーマを二つの側面からしっかりと描き、なおかつ、ハチベエのの身に起きる異変という題材で子供たちを引き込むことも忘れない。そして、クライマックスでしっかりと盛り上げる。
そうか、このお話を書いた人は、児童文学の神様なんだ。
(シミルボンより転載)
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