コミュニケーションは自分と世界の境目をつくることから始まるのでは、という考察

いつも知らない自分に出会っていく。
出会えば出会うほど、「じぶん」という器がどこからどこまでなのかわからなくなる。
自分と世界の境目がわからない。
そりゃ自分の身体の内側で起こることが自分でそれ以外が世界なんだけど、
身体からのメッセージを統合して受け取ってない感じがしているから、
わたしにとっては体の内側も世界の部分の一部って感じ。
身体を介して生まれてくる心も、身体から浮いてる感覚があるから、ますますよくわからない。
みんなどうやって、自分のこと自分だ、って自覚してるの?

自分と世界の境目がわからなくなると、他者とどうやってコミュニケーションを取ればいいのかわからなくなる。
わたしのことをちゃんと見てくれる人に出会えば出会うほど、戸惑ってしまう。
わたしの存在を認めながら喋ってくれる人と出会ってわかった。
コミュニケーションって、自分と世界の境目をつくっていくことだなって。人それぞれのやり方で。
この辺は色々思うことがあるんだけど、まだうまく言葉にできない。
かけるようになったらかく。
境目を作るということは、自分も他者も認識する。ということな気がしていて、
その認識があるから、発することに対して、わたしの言葉っていう責任が生まれて、相手からのメッセージもわたしに向けられたものって受け取れる感じがする。

人と話してて違和感があったとき、それを伝えようと思えるようになるには
自分と他者との間にきちんと境目があって、
会話や行為を通して紡がれていく空間は、違う者同士がコミュニケーションを通して、お互いが心地よい空間をつくっていくことなんだ、
という自覚があるから出来ることな気がする。
だから、いろいろな理由で自分への認識がなかったりすると、そもそもで人とコミュニケーションすることを諦めてしまう。

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