ある工場での事件

 ある工場の昼下がり。そこに、楠谷と鴻ノ池が四人の証人を取り調べていた。
 
 その工場で起こった事件とは、草野努工場長が何者かによって、その場にあった金具で殺害されたという事件。その時工場に居たのは、二人が取り調べている四人の証人だった。男性と女性が各々二人。そのうち男性の一人が、外国人労働者であった。女性二人は事件現場から少し離れたコンビニに居ており、殺害は不可能だった。そのため、二人は男性のうち一人が犯人だと仮定し、黒人の外国人に訊いていた。
 
 「えっと、君の名前は何というのかね?」
 楠谷が黒人の外国人に訊ねる。
 「あ、はい。ジェイソンです」
 「ジェイソン?」
 「え?フルネームの方が良かったですか?」
 「いいや、そんなことじゃなくて。外国人を取り調べすることが珍しいだけです」
 楠谷は笑って誤魔化す。
 「そうでしたか。まあ私は、日本に来てから、数ヶ月が経つんですけど・・・・・・」
 「数ヶ月?」
 「はい。アメリカの親族に恩返しがしたくて」
 「親孝行、のためですか?」
 「何ですかそれ?」
 どうやら、ジェイソンは日本語が話せても、意味はまだ完全に理解したわけではないようだ。
 楠谷は何とかして意味を伝えようと、頭の中を奔走する。
 「親孝行は、簡単に言えばジェイソンさんがさっき言ったように、恩返しです」
 「なるほど」
 ジェイソンが頷く。
 「そういうところです。話を戻しますと、ジェイソンさんは事件が起きた時間、何をしていましたか?」
 「普通に、あの方と仕事をしていました」
 ジェイソンは帽子を被った男を見る。
 「なるほど。ジェイソンさんは何かお金に困ったことはありますでしょうか?」
 「いや、特には」
 「なるほど、そうでしたか。アメリカにいるジェイソンさんの親御さんの方で、何かお金に困っていることはないでしょうか?」
 楠谷がそう言うと、ジェイソンさんが口をつぐむ。
 楠谷が「ジェイソンさん?」と呼びかけると、彼は「あ、何でも無いです」と答える。
 「うちの家、貧乏なんです。だから、こうして俺がここに出稼ぎをしているっていう感じですかね」
 「なるほど、そうですか」
 楠谷が礼を述べると、車の前まで戻る。鴻ノ池も、男性を取り調べた後に礼を述べて楠谷の元へ合流した。
 「どうだそっちは?」
 鴻ノ池が手帳を捲る。
 「あっちの男性は阿部宏隆さん。数年前に経営に失敗して、借金に追われているとか。奥さんとかはいないそうで、現在独り身だそうです」
 「そうか」
 楠谷は阿倍の方向に視線を向ける。
 楠谷は、頭の中で取り調べの結果を纏める。
 
 現在、私たちが疑っている男二人。うち一人は外国人で、名前はジェイソン。彼はアメリカにいる親の為に出稼ぎに来ていた。そして、もう一人は阿部宏隆。鴻ノ池によれば、彼は現在独り身。数年前に経営を失敗して借金に追われている。恐らくはどっちかが犯人だと思うが、どっちも動機がある。
 
 楠谷は顎を撫でて考える。
 「楠谷さん」
 鴻ノ池が声を掛ける。
 「何だ?」
 「ジェイソンさんと宏隆さんのそれぞれ工場を訪れた時間って、違いましたよね?」
 「ああ。ジェイソンの時間は確か午後三時で、ついさっきと訊いた。そっちは?」
 「宏隆さんは午後二時半だった、と訊いています」
 楠谷はどこか自信げに頷く。
 「どうかしたんですか?」
 「犯人が分かった」
 そう言うと、楠谷は犯人の元へ歩く。
 そして、立ち止まる。
 「宏隆さん、少し署まで来てくれませんか?」
 
 翌日のお昼。二人は警視庁の地下食堂でお昼を摂っていた。
 楠谷はラーメンを啜り、鴻ノ池は親子丼をガツガツと、食べていた。
 鴻ノ池が食べ終えると、話し始める。
 「楠谷さん。どうして、宏隆さんが犯人だと分かったんですか?」
 「じかふぁん・・・・・・」
 「飲み込んでから話してください」
 楠谷がラーメンを胃に流し込み、話し始める。
 「時間だよ」
 「時間?」
 「ああ。被害者の死亡推定時刻は午後二時半。つまり、宏隆の出社時刻と重なる」
 「でも、それだけで犯人と決めつけたわけじゃ・・・・・・」
 「うん?女性二人の証言を訊いていなかったのか?」
 鴻ノ池は女性二人の証言を思い出す。
 
◆◆
 『午後二時半を過ぎる頃かな。その時、工場から悲鳴が聞こえてきて。何だろうなって思いつつ、とりあえずコンビニに行きました』
 『その後は?』
 楠谷が質問を重ねる。
 『その後、コンビニで飲み物を買った後に工場に戻ってきました。職場は現場とは逆方向なんですけど、一応心配だから行ってみようって。そうしたら、そこに血を流れて倒れている工場長と、ジェイソンさんが立っていました』
 『その時の時刻は?』
 『確か、午後三時ぐらいだった気がします』
 『それと、工場長との間で何か揉め事はありましたか?』
 鴻ノ池が質問をする。
 『確か、昨日の夕方に宏隆さんと工場長が揉めていたのを見ました。多分、給料のことで揉めていたんじゃないかな・・・・・・』
 鴻ノ池はメモを取る。
 『分かった。ありがとう』
 二人は礼を述べ、男性二人の元へ取り調べた。
◆◆
 
「言ってましたね。そう言えば」
 「だろ?刑事はそのぐらい気づけば分かること」
 「なるほどなるほど」
 「だから、鴻ノ池はしっかりと考えなくちゃな」
 楠谷が鴻ノ池の背中を叩く。
 鴻ノ池は「はいっ!」と威勢の良い声を出し、食堂を出る楠谷を見送った。

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