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ラテンアメリカ映画

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最近になってようやくラテンアメリカ映画の魅力に気付いたので、こまめに更新する予定です。あくまで予定ですが。
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#アルゼンチン

Nele Wohlatz『The Future Perfect』アルゼンチン、新言語習得のもたらす新たな可能性

大傑作。Nele Wohlatz単独長編一作目。シャオビンは両親に呼ばれてブエノスアイレスに来た内気な中国人の少女。冒頭ではスペイン語学校でのレッスンが描かれている。簡単な質問に答えるというレッスンだが、単語が聞き取れずに的外れな回答をしたり、何度も聞き返したりしている。精肉店でアルバイトを始めるが、客の注文を間違えまくり、同僚(?)からは"もっとスペイン語覚えてから来て"と言われてしまう。レストランに入ってもメニューが読めない、駅のホームでも立ち往生している。映画はそんな彼

リサンドロ・アロンソ『Eureka』白人社会に生きる先住民たちの年代記

リサンドロ・アロンソ長編六作目。前作『約束の地』はボロボロになったヴィゴ・モーテンセンが荒野を彷徨う静かな映画だったので、今回は疲れ果てているだろう釜山映画祭の〆に、言葉の少ない映画を持ってきたくて鑑賞。とても不順な動機だが心地よい映画だったので目的達成。本作品は三部構成で展開される。第一部はモノクロのアカデミー比画面で撮られた西部劇である。主人公マーフィはそこかしこで銃声のする治安の終わってる街にやって来た。何かを探しているようだ。サルーンではコロネルと名乗るボスの女に出会

Gastón Solnicki『Kékszakállú』アルゼンチン、少女たちの将来への不安

ガストン・ソルニツキ(Gastón Solnicki)長編劇映画一作目。バルトーク・ベーラ唯一のオペラ作品『青ひげ公の城』に緩く基づいている他、それをフリッツ・ラングがノワールに翻案した『扉の陰の秘密』にも影響を受けているらしい。バルトーク版ではペロー版やメーテルリンク版と異なり、主人公が扉を開けるタイミングで毎回青髭本人が付き添っており、怪物としてではなく一人の人間として青髭を描いている。あまり関連性は見いだせないが、ソルニツキ的に言わせてみれば原作と一致させることには興味

ラウラ・チタレラ『Trenque Lauquen』謎が謎を深める街、トレンケ・ラウケン

大傑作。ラウラ・チタレラ長編四作目、単独では二作目。チタレラはマリアノ・ジナス、アレホ・モギランスキー、Agustín Mendilaharzuらと共に"El Pampero Cine"というアルゼンチン新世代を代表する映像制作グループ(会社?)に参加している。彼らはそれぞれが監督、プロデューサー、編集、DoP、俳優などを輪番で担当し、とてつもない速さで映画を撮りまくっているのだ。本作品ではチタレラが監督脚本、モギランスキーが編集、Mendilaharzuが撮影の一部を担当し

ガストン・ドゥプラット&マリアノ・コーン『コンペティション』アルゼンチン、これは風刺劇か茶番劇か

2021年ヴェネツィア映画祭コンペ部門選出作品。なんとペネロペ・クルスとアントニオ・バンデラスの本格的な共演は初らしい(『アイム・ソー・エキサイテッド!』で少しだけ共演、『ペイン・アンド・グローリー』で時代は離れているが親子を演じた)。大金持ちが自分の名前を後世に残すために傑作映画を作ろうと思い立ち、トイプードルみたいな髪型の監督ローラに癖強めな俳優二人を集めて兄弟の話を撮るという話。アントニオ・バンデラス演じるフェリックスは、演技は演技だけで良いと考えていて、逆にオスカル・

ナタリア・メタ『The Intruder』アルゼンチン、夢からの侵入者よ去れ!

傑作。2020年ベルリン映画祭コンペ部門選出作品。ようやく最後の作品。吹き替え女優として活動しながら(冒頭では片言の日本語で話すSM映画の吹き替えをしている)合唱団にも参加している主人公イネスは、恋人レオポルドとの旅行中に機内で奇妙な悪夢を見る。それは幼い頃から度々遭遇する悪夢だった。レオポルドに夢について問い詰められた夜、彼はホテルのバルコニーから飛び降りて死んでしまった。その後、高い声が出にくくなり、奇妙な音が自分の喉から出ているのではないかと疑い始めると当時に、現実と夢

マティアス・ピニェイロ『Isabella』"尺には尺を"と紫の海

2020年ベルリン映画祭エンカウンターズ部門選出作品。これが初ピニェイロだが、過去作品のあらすじを読む限り、本作品でもいつも通りシェイクスピア 劇を現代に翻案して解体してくのをやっているようだ。今回は『尺には尺を』で、主人公はイサベラを演じる。冒頭で登場するマリエルは妊娠しているが、同じドレスを着たマリエルが登場する次のシーンでは妊娠しておらず、時系列がぐちゃぐちゃにかき乱されていることが分かる。また、同じに見えるが細部が微妙に異なるシーンや同じに見えるが演者が異なるシーンが

レオナルド・ファビオ『闘鶏師の恋』音速で駆け抜けるある闘鶏師の恋模様

大傑作。凄まじく速い。アントニオーニくらい誰もいない街の通りで初めて出会った男女が見つめ合い、次のカットではセックスしてるみたいな。しかし、出鱈目な速さというわけでも、クシシュトフ・ザヌーシ『Illumination』みたいな時間の無情さがある速さでもなく、行動の中間を可能な限り省略していくタイプの速さなので、緩急もハッキリしていてバランスの良さすら感じる。例えば、フランシスカ指輪目撃→近所の女が井戸で同じ指輪をしてるという2カットで、不倫は一瞬で描かれてしまうが、フランシス

Alessio Rigo de Righi & Matteo Zoppis『The Tale of King Crab』タラバガニに導かれるままに…

田舎の酒場に集まった老人たちは100年近く前に当地で暮らしていたルチアーノという男の物語を語り始める。町医者の息子だったルチアーノはヒゲモジャの飲んだくれで、村の厄介者だった。しかし、老人らが語るところによれば、彼には狂人、貴族、聖人、酔っぱらい、悪党など様々な顔があったというのだ。ある日、村を治める貴族が羊を誘導するのに便利な近道を通行止めにし、ルチアーノがその門をぶち破ったことで問題が表面化していく。Andrea Cavalletto が衣装デザイナーを手掛けているという

ラウラ・チタレラ『Ostende』閑散期のリゾートで"裏窓"を垣間見る

日本で一番紹介されているマティアス・ピニェイロや15時間の『La Flor』で悪名高いマリアーノ・シニャスに代表されるアルゼンチンの新世代の一人、ラウラ・チタレラ(Laura Citarella)の代表作。主演はピニェイロ作品の常連で上記『La Flor』にも主演で登場したラウラ・パレデスで、プロデューサーとしてシニャスが参加している。クイズ番組で四日間のペア旅行券をゲットした若い女性が、ブエノスアイレス近郊にある海辺のリゾート地オステンデのホテルへやって来る。恋人はあとから

マリアノ・ジナス『ラ・フロール 花』引きちぎられた12時間30分の花びら

840分に及ぶ大河のような本作品は、髭面のマリアーノ・シニャスがその特異な構造について解説するシーンで幕を開ける。まず本作品は、始まりを持ち途中で終わる四つの物語、始まりと終わりを持つ一つの物語、途中から始まり映画を終わらせる一つの物語、合計六つの物語で構成されている。最初の四つは花弁のように自由に伸び、五つ目はそれらをまとめる"がく弁"の役割を果たし、六つ目は茎として全てを成立させる役割を持っている。そして、それぞれがジャンル映画としての側面を持つ。一つ目はアメリカ人が目を

Alex Piperno『Window Boy Would Also Like to Have a Submarine』クルーズ船は世界を繋ぎ、人を繋ぐ

フィリピンのジャングルの奥深く、パタゴニアを旅する豪華客船、モンテビデオのアパート。全く関係ない場所にいる全く関係のない人々は静かにポータルを発見し、交わるはずのない人間たちと交わっていく。題名で言及される"窓辺の少年(Window Boy)"とは豪華客船の船員の一人を指している。彼はぐうたらで船内を仕事もせずにフラフラしているが、ある日モンテビデオの見知らぬ女性のアパートに通じるドアを発見する。彼は躊躇もせずに彼女の部屋に上がり込んで彼女と親しくなり、彼女もまた豪華客船にや