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カンヌ国際映画祭コンペ選出作品たち

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2020年代の目標は"カンヌ国際映画祭コンペ選出作品をコンプリートすること"に決まりました。多分無理です。1800本近くある上、毎年20本ほど更新される地獄のリストですがのんびり… もっと読む
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#カンヌ国際映画祭

ルドヴィック&ゾラン・ブケルマ『テディ』溜め込みすぎた感情が目覚めるとき

カンヌレーベル選出作品。ピレネーの田舎に暮らすテディはうだつの上がらない青年である。戦没者追悼式の石碑に文句を言い始める冒頭では、彼が日頃から面倒な人間として扱われていることが推察でき、実際に事件が起きても彼は狼少年のように扱われている。高校を中退した彼は最後に雇ってくれたマッサージ屋でそれなりに真面目に働き、高校生の恋人レベッカの家に入り浸っており、さながら『プティ・カンカン』におけるカンカン少年がそのまま成長したような悪ガキ感が漂っている。そんな彼の周りでは羊の大量死や老

ボー・ヴィーデルベリ『Victoria』ノルウェー、叶えられなかった身分差の恋

初ヴィーデルベリ。1880年代ノルウェーの田舎を舞台に、粉挽き職人の息子ヨハネスが地主の娘ヴィクトリアに恋をする話。コスチューム劇、埋められない階級差恋愛としては満点の出来で、緑っぽいフィルターを通したフィヨルドの鮮やかな自然やシンプルだが洗練されたヴィクトリアのドレスなど画面が常に華やか。愛くるしい Michaela Jolin の嫉妬顔も最高。ヴィクトリアが白馬で駆けていった次の瞬間に白馬だけ登場して落馬が判明するシーンはブリュノ・デュモン『Joan of Arc』を思い

Frunze Dovlatyan『Hello, It's Me!』アルメニア、あなたはまだ待っているの?

大傑作。1966年カンヌ映画祭コンペ部門選出作品。フルンゼ・ドヴラチャン(Frunze Dovlatyan)長編三作目。カンヌ映画祭コンペ部門に選出された数少ないアルメニア映画の一つ。ソ連の物理学者アルチョーム・アリハニアンの実話に緩く基づく本作品は、60年代のアルチョームの視点から祖国に破壊と混乱をもたらした大祖国戦争とその余波について回想を重ねていく。戦時中、アルチョーム自身は物理学者だったのでかなり遅い時期まで徴兵を免れており、親友オレグと共に宇宙線の軟成分の研究につい

Pascual Sisto『John and the Hole』 作りかけバンカーに家族入れてみた

カンヌレーベル選出作品。郊外に暮らすジョン少年が作りかけのバンカーに両親と姉を監禁する話。なぜ監禁するかは明かされず、ジョンは家族がいない家の中で遊び回り/父親の車を乗り回し/金を引き出し/友人を勝手に家に呼ぶが、それらの行為が家族によって禁止されていたわけでもなく(金を引き出すのはダメだろうけど)、監禁後も特に楽しんでいる感じも解放された感じもしないのが不気味。"なぜジョンはこんなことをしている?"という疑問について、観客と同じ目線にある両親と姉で議論しているが、特に仲が悪

【ネタバレ】濱口竜介『ドライブ・マイ・カー』絶望から忍耐、忍耐から希望

超絶大傑作。チェーホフ「ワーニャ伯父さん」を使って演劇論を展開しながら、家でも演技をしていたことで仮面が顔に張り付いて取れなくなった男の物語を描く本作品は、絶対的に理解できない何かを肯定しながら、"絶望から忍耐、忍耐から希望"というチェーホフ的主題を、「ワーニャ伯父さん」と村上春樹の原作(たち)を換骨奪胎して融合させて語り直している。演劇論/演出論について、台本を機械的に読み上げさせて身体に染み込ませ、役者が役に近付くのではなく役を役者に近づけるような手法は、監督本人が"7:

ベン・シャーロック『運命の回り道』自分自身を肯定すること

カンヌレーベル選出作品。スコットランドの架空の離島で亡命申請が許可されるのを待つ難民たちの姿をオフビートに描いたベン・シャーロックの長編二作目。彼らの暮らしは中々強烈で、平原の中にポツンと立つ一台の公衆電話を囲んでいる冒頭は強烈。皆が知り合いなので並ぶ必要もなく、ずっと一緒なのでそれぞれが近寄る必要もないので、ソーシャルディスタンスを完璧に守った布陣で別々の方向を向きながら電話の順番を待っているのだ。前半は"少し抜けた"感じのスタンスを保っている。少しだけいる地元の人々は彼ら

Ayten Amin『Souad』SNS社会と宗教との関係性、のはずが…

カンヌレーベル選出作品。SNSの発達した現代エジプトで女性として生きることを探求するドキュメンタリータッチの作品かと思えば、突然逸脱して個人の物語になるという不思議な映画。バスに座って隣の女性と会話する主人公ソアドを捉えた冒頭は非常に興味深い。年配の女性には"自分は医学生で、婚約者が兵役で遠くにいる"と伝えるが、同じバスで別の若い女性が隣に座っているときは"旦那の姉が旦那へのプレゼントにケチを付けてくる"と全く別のことを話し始めるのだ。これはネット社会における電子的なペルソナ

マイケル・ドウェック&グレゴリー・カーショウ『白いトリュフの宿る森』滅びゆく職業の記録:トリュフハンター

険しい山肌を駆け上る犬たちと這い登る老人。犬が指し示した土の下には立派な白トリュフがある。これは北イタリアの秘匿された森の中を歩き回りながら、世界で最も高価なアルバの白トリュフを探し回る職人肌の狩人たちと白トリュフに群がる人々を描いたドキュメンタリーである。狩人たちには長年のトリュフハンター生活で培った独自の"穴場スポット"があり、例え自分の子供だろうと一番弟子だろうと金を積まれようとそれを教える気はない。それは"学問に王道なし"というような、ノウハウをイチから身体に覚え込ま

マイウェン『DNA』アルジェリアのルーツを求めて

DNAとはつまり遺伝を指し、遺伝とはつまり家族を指す。長らくアルツハイマー病で施設に入院していた老齢の祖父は、その子供たち孫たち曾孫たちに囲まれて賑やかな日々を送っている。おじいちゃん子のネージュは祖父の生涯や家族史を製本して彼にプレゼントする。彼らは結びつきの強い家族にも見えるが、呆気なく亡くなってしまった祖父の葬式を巡って所謂フランス的な自己主張合戦が始まり、初監督作『パリ警視庁:未成年保護部隊』の縮小再生産のような映画が展開されていくことになる。流石に同作での自分の役柄

シャルレーヌ・ファヴィエ『スラローム 少女の凍てつく心』体調管理、身体管理、性的搾取

カンヌ・レーベル関連でスポーツ映画を観るのは、パスカル・プラント『ナディア、バタフライ』に続いてこれが二本目。あちらは水泳だったのに対して、こちらはスキーである。主人公リズは母親に棄てられるようにスキーのエリート高校に預けられ、熱血コーチのフレッドにしごかれる毎日を送っている。同級生や先輩たちはフレッドの指導に疲れてハメを外しまくっていて、純粋に強くなろうとするリズは馴染めないし、それをフレッドが拾い上げて褒めるので溝が開くばかり。母親は早々に恋人を作ってマルセイユに引っ越し

ファニー・リアタール&ジェレミー・トルイユ『GAGARINE ガガーリン』ある時代の終わりに捧げる感傷的宇宙旅行

ユーリ・ガガーリンの名前を冠した"Cité Gagarine"は、1960年代に住宅開発プロジェクトの一つとして建てられた公営団地である。落成式に訪れたガガーリン本人が出席したらしく、本作品はその記録映像で幕を開ける。時は2019年、ボロボロになった団地で暮らす管理人の息子ユーリは、亡き父の遺した団地を守るべく昼夜問わず奔走している。本作品において、オンボロで画一的な団地は、まるでミレニアム・ファルコンのように宇宙を旅する魅力的な装置であり、宇宙そのものでもあり、ユーリ青年の

スザンヌ・ランドン『スザンヌ、16歳』16歳の春、あなたとの出会い

ヴァンサン・ランドンとサンドリーヌ・キベルランの娘スザンヌ・ランドンが、弱冠20歳にして初監督長編を世に放ち、それがカンヌレーベルに選出された。主人公は監督本人が演じており、自身が高校に入学する直前に感じた"所在のなさ"を架空の女子高生に日記として綴っていたものを原作としているらしい。同級生たちは子供っぽいな…とまではいかないが、彼らのノリに合わせきれない16歳のスザンヌは、彼らの輪の中にいても交流がほとんどない。そんな彼女は下校中に通る劇場前で20歳年上の俳優ラファエルに一

ダニエル・アービッド『シンプルな情熱』石像の尻を見上げてポルーニンを想う

カンヌレーベル選出作品。去年の9月から、彼を待つだけの生活を送っていた。他は何をしても現実から切り離されているようだった。そう語るのはロシア人外交官アレクサンドルとの情事に溺れる大学教員エレーヌである。妻子あるアレクサンドルは都合のいいときだけエレーヌに電話をしてきて、セックスだけして別れるので、彼との想い出を思い返す時は基本的にセックス中かセックス後のシーンしか出てこない。全身ではなく腰や胸のタトゥーなどの部分を捉えているのは、全体を俯瞰的に捉えられない盲目的な恋愛感情や距

Erik Balling『Qivitoq』遥かなるグリーンランドの大地で

グリーンランドでオールロケを敢行し、グリーンランド語の会話が登場する、というその手の映画が好きな人には堪らない一作。30年以上続いたコメディシリーズ"オルセン・ギャング"の生みの親として知られる Erik Balling が監督を務める。主人公エヴァは婚約者エリクを驚かせようと赴任先のグリーンランドまでやって来たが、別れの手紙と行き違いになり、助手の看護師と結婚しようとしていると知って落胆する。早速帰ろうとするもデンマークとの定期船はすぐには来ないため、次の船を待つまでの間近