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天秤〜信頼と疑念と〜

薄暗い俺の部屋で、さくらと俺の微かな喘ぎ声が響いている。
「ちょ、ちょっと、それ、やばい」
さくらは笑顔で、話す。
「気持ちいい?」
「う、うん」
さくらは、俺の体の色々な箇所を優しく舐めたり、触れたりする。
俺は、たまらない気持ちになっていく。
「さくら、もう、我慢できないよ」
俺は、さくらを優しく抱え、ベッドに寝かせ、優しくキスをする。
そして、俺は、ベッドの横にあったコンドームを手に取る。
さくらは、その様子をみて、
「亮太君は、優しいね」
「えっ?」
俺としては、当然のことだと思ってい他ので、少し驚いた。
さくらが「優しいね」と言ったこと、
そして、その表情が、少し悲しそうだったことに。
「何かあった?大丈夫?」
さくらは、首を横にふり、俺に微笑んだ。
そして、俺のことを抱きしめた。
「ずっと、こうしていたい」
「…俺もだよ」
「もうちょっと、このままでもいい?」
「…うん」
俺は、そっと優しくさくらを抱きしめ続けた。
そして、優しくキスをした。

     ◇      ◆      ◇

俺とさくらは、一緒に部屋を出る。
「今日も木村君のところに行くの?」
俺は、部屋の鍵を締めながら、さくらに話す。
「あぁ、俺にとっちゃ、親友みたいなもんでさ、あいつ、大学のビデオ講座に全然参加しないから、心配なんだよ」
俺は、鍵をリュックに入れて、背負い直す。
「さくらは、これからバイトだっけ?」
「そうだよ、大変だよ」
「奨学金かぁ。何かあったら言って。できうる限りのことはするよ」
「うん」
俺とさくらは笑顔で話して手を振った後、別々の方向に歩いていく。

     ◇      ◆      ◇

一軒家の前で、俺はインターホンを鳴らす。
「すみません、亮太ですけど、毅はいますか?」
インターホンから、毅の母親の声がする。
「いつも、ありがとうね。いるから、ちょっと待ってて」
すぐに、玄関から毅の母親は出てきて、俺を迎え入れてくれた。
「お邪魔します」
いつもの感じで、軽くお辞儀をして、2階の毅の部屋の前までいく。
ドアの下には、食べ終わった食器類が置いてある。
その食器類に気をつけながら、俺はドアをノックし、呼びかける。
「俺だけど、入っていいか?」
「あっ、うん、いいよ」
その声を聞いて、俺は毅の部屋に入る。
「寒っ」
カーテンは閉め切っていて、とにかく暗い。明かりはパソコンの画面だけ。
クーラーはガンガンに効いている。
毅は、パソコン画面でテレビを見ながら、掲示板を使っている。
「寒くない?もうそろそろ秋よ」
「まだ、残暑だ」
俺は、ため息をつく。『太ってるからだよ』と心の中で思う。
「決して、太ってるからじゃないからな」
俺は驚いた。『お前は、エスパーか!』と心の中で、ツッコんだ。
「どう、最近?」
「何ともない、いつも通りだ」
「そうか、それは結構…」
俺は、カバンの中を漁りながら、
「毅から見えている外の世界はどうだ?」
パソコン画面を見たまま、毅は話す。
「うーん、変わらない。やっぱり、まだしんどい」
「そうか…」
カバンの中から、紙の束を取り出して、毅の目の前に置く。
「はい、必修の講義の資料な」
「うん」
毅はその資料に視線を落とすことなく、
ずっとパソコン画面の、動画を見ている。
動画は、渋谷のスクランブル交差点のライブ動画だ。
「楽しいか」
「なんとも…」
一緒になって、その動画に視線を送ると、俺は驚いた。さくらだ。
「おい、これって、戻せる?」
毅は俺の突然の大きな声に、少し驚きながら、
「どうしたの、急に」
「いいから、戻せるのかって聞いてんの」
「まぁ、戻せるけど」
「ごめん、ちょっと触らせて」
俺は、無理矢理、毅からマウスを奪い取り、パソコンを操作する。
さくらの存在を確認したところまで、戻して、拡大してみる。
「やっぱり」
毅は怪訝そうに聞く。
「どうしたの?」
「俺の彼女が映ってる」
「わかるんだ、すごいね」
「あぁ、服装とカバンでわかった。スーツ姿の男と歩いてた」
毅の部屋では、クーラーとパソコンの音、そこに、突然、
窓に打ちつける雨音がした。
そして、俺の額からは、汗が滴李、机に落ちた。
「あの、お父さんとか、親戚とかじゃないの?」
「実家は新潟だ。コロナが怖いからとかで、東京に来れないって言ってた」
「こんな遠くじゃわからないよ。人違いじゃないの」
「いや、違う。あの服装は、さっき別れたときと同じ服装で、
 あのカバンについているキーホルダーは、俺があげたやつ」
「キーホルダーなんて、わからないよ」
「色が一緒なんだよ」
そう言った後、雷の光がカーテンの隙間から入ってきて、雷鳴がした。
毅は、その雷に驚くも、俺は、微動だにしなかった。

     ◇      ◆      ◇

翌日、大学のネットの講義の後、別のビデオ通話でさくらと話す。
さくらは、手首をさすっている。
「さっきから、手首さすってるけど、何かあった?」
「えーっ、ずっと見てたの?講義に集中しててよね。まぁ、ちょっと昨日、ぶつけちゃってね」
「大丈夫?」
「うん、生活できるし。気を遣ってくれて、ありがとね」
さくらは笑顔で話してくれている。
その笑顔を見て、安心するとともに、昨日のライブ動画のことを思い出す。

(回想)
俺は、自然と「浮気…」と呟いていた。
毅も一緒に、そのライブ動画を見ながら、俺に話しかけた。
「そんな単純なことだったら、まだいいかもね」
「どういうことだよ?」
「僕は、大学行ってから引きこもっちゃって、ネットの世界しか知らない。でもネットの世界もリアルの世界に繋がっている。そんな僕からすると、亮太の彼女は、パパ活かもしれないよ。この前、奨学金がどうだ、とか言ってたじゃん」
(回想終わり)

「おーい、亮太くーん、聞いてるー?」
「えっ、うん、ごめん。何だっけ?」
「今度のデート、渋谷で良いカフェ見つけたから、一緒に行こうって話」
「し、渋谷かぁ、あぁ、うん、いいんじゃない」
何の確証もない。あのライブ動画は、ほぼ間違いなく、さくらだった。
でも、毅の言う通り、遠くて、100%ではない。
もし、さくらだったとしても、本当に浮気なのか、パパ活なのか、
何もわからない。
さくらはいつもと同じ、笑顔で話してくれる。
別れたくない。大切にしたい。さくらを傷つけたくない。

俺は、パソコンの横の手書きのメモ帳に、「さくら」と書いていた。

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