20230310

 東京大空襲がこの日にあった――実際には一九四四年一一月二四日から一九四五年八月一五日の終戦まで断続的に一〇六回にわたり空襲を受けた。なかでも三月一〇日の空襲は大規模で一〇万人を超える死者が出た――ということを覚えている日本人は一体どれくらいいるのだろうか。むしろこの翌日、3.11に東日本大震災の被害が鮮烈すぎてあまり意識されていないのではないか。オーストラリアのエイドリアン・フランシス監督によるドキュメンタリー映画『ペーパーシティ 東京大空襲の記憶』は空襲を生き残った三人の証言から当時の記憶を記録したものだ。先月末から渋谷のシアター・イメージフォーラムで公開されている。わたしの父方の祖母は原爆手帳を持つ被爆者だった。だが、彼女が戦争のことを話したことはなかったし、わたしも詳しく聞かなかった。一度だけ、わたしの弟が祖母から敗戦直後の闇市の話を聞いたことをまた聞きして、いつも笑顔を絶やさなかった祖母の仄暗い過去を思った。七八年後のこの日の東京は、歩くと汗ばむほどの陽気でTシャツ姿の人も見られた。戦闘機の影はおろか、雲も見られない青空だった。ロシアがウクライナに侵攻して一年が過ぎ、コロナのパンデミックから三年が経った。何もかもがあっという間に記憶から押し出されるようだ。わたしが小説を書き始めたのは、たぶん亡くなった祖父や祖母と交わさなかった会話を、死者との交信を行うためだ。そしていつかわたし自身も死者となったとき、遺した言葉を誰かに伝えるためだ。おこがましいとは思うが、そうしてわたし自身が先人たちからインスピレーションを受けたことを忘れないためだ。七八年前の今日、亡くなった多くの方々の冥福を祈りつつ。

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