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小説「On the Moon」1話
わたしは月に住んでいた。
冷たくて清らかでひとりぽっちで心地よいところだった。
気ままに起きて眠る生活。
その生活が変わったのはあの人がやってきたからだった。
地球生まれのその人は優しくて弱い人だった。
☆
地を揺るがすような大きな音に、ミュードはそっと目を開いた。眠りから覚まされて少し不機嫌そうに眉を寄せる。静かに立ち上がると土煙の立ちのぼる方向へ、歩き出した。
ミュードは歩みを止めて一目
小説「On the Moon」2話
少年は光の中で目を覚ました。はじめ、天国に来たのだと思うくらいまばゆく明るい光の中だった。天国ならきっといるはずの人を探して周りを見回すと、ミュードが寝息を立てて眠っていた。
ぎょっとして少年は身構えたが、自分の腰元に携帯していた小型武器がないのに気が付いた。小型武器だけではなかった。持っていた武器という武器がひとつもなかった。
胸元に手を当てると血はもう出ていなかった。
丸腰の不安から少年
小説「On the Moon」3話
ミュードに案内してもらって、少年はやっと自分の宇宙船にたどりついた。
どうして目印もなにもないところを真っすぐ目的地まで向かうことができるのか、少年はミュードに尋ねたが、何も答えなかった。
少年は宇宙船に着くと、案内のために先導していたミュードに声をかけて向き直った。
「はじめて会った日のことは済まなかった。君が非友好的生物かもしれないと思ってあんな態度を取った。ここまで連れてきてくれてあり
小説「On the Moon」4話
高い金属音が耳をついて、ミュードは目を覚ました。
宇宙船のそばに寄ると、ラズが宇宙船の中でうずくまっていた。
「どうかしたの」
「動力結晶が……宇宙船を動かすためのエネルギー体がないんだ!!!くそっ!」
ラズは自分のそばにあったスパナを叩きつけた。また、高い金属音が鳴って、ミュードは耳を塞いだ。
「きっと不時着したときに、船外へ出たんだ。動力結晶がないと船は動かない。僕は地球に帰れない…
小説「On the Moon」5話
それからラズとミュードは何日も何日も歩き続けた。ラズは必死で動力結晶を探した。しかしあるとき、ラズはミュードの様子がおかしいことに気づいた。ミュードはぶらぶらと足を振って退屈そうに歩く。周りの様子を気にしているふうもない。
「あの……ミュード、言ってなかったかもしれないが動力結晶は青い石で、宝石のように輝いているんだ」
「……そう」
「だから見つけたら教えてくれ」
ミュードはきょとんとした
小説「On the Moon」6話
「なに?」
視線に気づいたミュードがラズを見る。
「え、いや……」
「いま見てたでしょう」
「あ、えっと……い、妹に、似てると思って……」
ミュードは目の鋭さを和らげて「妹?」と首を傾げた。
「あぁ、妹がいたんだ。七歳で死んだんだけど……」
「大丈夫よ」
「え?」
「大丈夫。人は死んだら星になるの。ずっと見守ってる。だから、大丈夫よ」
ラズはこの生き物が自分のことを慰めているの
小説「On the Moon」7話
「痛っ……」
前を歩いていたミュードが突然声を上げて膝をついた。駆け寄ると血が流れていた。何かで足裏を切ったらしかった。
「大丈夫か?いま手当を……」
「そんなのいいわ。すぐ治るもの」
「ダメだ。すぐ手当てする」
大丈夫だといいはるミュードを座らせてラズは汚れを払い、常に持ち歩いている包帯で手当をした。消毒液はミュードに害がないのかわからなかったので使うのを避けた。
「生物は、いつ呆気なく死んでし
小説「On the Moon」8話
ラズとミュードは以前よりたくさんの言葉を交わすようになった。ラズは自分のことを宇宙探索隊二等隊員だと説明し、地球の状況を話した。
「地球はいま海面上昇によって居住可能区域がどんどん狭まっているんだ。そして海面上昇はもう止めることができない。雪山を転がる雪玉のようにどんどん大きく、速さも増して進んでいるんだ。だから僕たち人類は地球外に居住区域を求めるようになった。地球外生命体は友好的なものも稀にある
小説「On the Moon」9話
ミュードはなぜ自分が泣いているのか、最初わからなかった。なぜ自分がショックを受けているのかも、どうして胸の奥が苦しいのかも、わからなかった。
でもすぐに気づいた。これまでの日々でラズからの気遣いや優しさが積もってミュードの中で大きな山を成していたことに。それゆえに頭ではわかっていた「いつか去ってしまう」という事実がそれだけ胸を締めつけた。
何も言わずに泣くミュードに、ラズは驚いて
「どうしたんだ?
小説「On the Moon」10話
ミュードが泣いたその日から二人は動力結晶探しをやめた。正確にいうとラズは探索を続けていた。ミュードが寝静まった頃にそっと起きて迷子にならない範囲を動力結晶の青い光を探して彷徨った。
ミュードは夜中目を覚まして隣にラズがいないのがわかると静かに泣いた。
夜毎それが繰り返された。そんな中、ミュードの頭にどこからか悪魔の囁きが吹き込んだ。
「ラズ、最近眠そうね」
ぎくっとラズは肩を震わせた。
「そう
小説「On the Moon」11話
ミュードは宇宙船に乗り込むと、すぐに青く光る鉱石ーー動力結晶ーーを見つけ出した。
ミュードは人間ではなかった。超人の力で月の上のことは調べようと思えばなんでもわかった。ただ力を使うと疲労するからしないだけで。
ミュードは動力結晶を持つと宇宙船の外に出た。ラズからも宇宙船からも離れると、その手に持った動力結晶をしばらく見つめていた。
頭の中にはぐるぐると思考が巡っていた。
ーーずっとそばにいてほ
小説「On the Moon」12話
悲鳴が聞こえてラズは飛び起きた。ミュードの声だ。ラズはすぐさま声のした方向へ走った。
「ミュード!一体なにが……」
「ラズ……。ラズ、どこにいるの……」
ミュードが地面から転びかけながら立ち上がり、虚空に手を彷徨わせる。数歩進んだところでミュードは足元の石ころにつまづいて転んだ。
ミュードの目が潰れているのだと、ラズは理解した。
どうして……と周りを見回すと、そこに粉々に砕けた動力結晶があった。
小説「On the Moon」13話
ラズは目を開くと見覚えのある大型宇宙船の医務室にいた。動こうとすると右足がズキッと痛んだ。
ラズは混乱していた。さっきまで自分は月にいて、ミュードに動力結晶を壊されたはずが、なぜ、宇宙船の中にいるのか。しかも窓を見ると正常に運行していて少しずつ地球へ近づいている。
その時医務室のドアが開いて人が入ってきた。ラズの同期の隊員だった。
「おお!ラズ気が付いたか!」
「なんで僕はここにいるんだ?」
「ど
小説「On the Moon」14話
「なにかおかしい」
その言葉を聞いてラズは窓に近づいた。
海面が高い壁となって大地に押し寄せていた。ラズの家がある地区の居住地に。そこにはノインもいるはずだった。
「そんな嘘だろ……」
なす術がないのは痛いほどわかっていた。でもラズは地球に向かって父を呼び母を呼び婚約者の名を呼んだ。そして逃げろと何度も何度も叫んだ。
津波はあっけなくたくさんのものを飲み込み海へとさらっていった。
ラズががくり