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長崎らしさってなに?→かわら屋根の教会から考えてみる。

 去年の9月、このような記事を書きました。

 長崎に多くのクリエイターやアーティストがやってきて、新たな文化を創造し続けて、国内外の人たちも魅了してやまない都市になるにはどうしたらいいか。

 それにはまず、「長崎らしさ」が何かを考えなきゃいけません。

 もうちょっと言うと、「長崎の文化の本質」です。

 なぜなら長崎が超魅力的な文化都市になるには、「長崎でやる理由」が必要だからです。

 長崎にしか出来ないものってなんだろう?長崎にしかないものってなんだろう?

 ここではそれを、長崎にすでにある文化をベースに考えていきたいと思います。

 それがタイトルにある「かわら屋根の教会」です。

 さて、長崎の文化でも特に有名なのは、世界遺産にも登録された長崎の教会群です。代表的な教会は、長崎市に立つ大浦天主堂です。

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出典:ながさき旅ネット

 1865年(江戸時代!)に創建された、今日本にあるすべての教会で一番古い教会です。そして日本に星の数ほどあるすべての西洋式建築で、初めて国宝になった建物でもあります。

 長年唯一の国宝西洋建築だったんですが、2009年に東京赤坂迎賓館が国宝に登録されて、唯一とは言えなくなりましたが、それでも日本初の国宝西洋建築です。

 ちなみにクリスチャンでないぼくもたまにここに来ます。その美しさはもはや芸術品です。特にここのステンドグラスは世界一だと思います。

 上の写真にある建物が大浦天主堂です。そしてここの屋根なんですが、教会としては珍しく日本式の「かわら」が使われています(以下、日本式の和瓦を単純にかわらと呼びます)。

 当たり前ですが、かわら屋根というものは普通教会に使われるものではありません。たとえば今、日本のどこかで教会を建設しようとしても、デザインという点で言えば、屋根にかわらを用いるということは普通しないのではないでしょうか。

 大浦天主堂はもともと、1865年当時、長崎にいたフランス人たちのために建てられたもので、設計はフランス人、施工は日本人棟梁の手によって行われました(ちなみに建てられた当時は日本人にとって教会はとても珍しく、長崎の人は「ふらんす寺」と呼んでいたそうです。なんだか可愛いですね)。

 絵を描いたのはフランス人でありながら、教会という宗教建築にかわら屋根が使われたのはなぜか。それはおそらく技術的制約があったからと考えられます。

 当時長崎には数多くの外国人がいたとはいえ、さすがに建物を建てることの出来る大工まではヨーロッパから連れてきていなかった。いたとしても、人数が少なかった。だから日本人の棟梁にお願いした。しかし日本人棟梁は、基本的に日本建築しか作ったことがないわけだから、壁や天井は何とかなっても、屋根を日本国外の仕様にすることは難しかったため、瓦屋根にせざるを得なかったのでしょう。あるいは単純に西洋式の屋根にするには材料がなかったか、コストが高くついたのかもしれません。

 いずれにせよ、大浦天主堂にかわら屋根を載せるにいたったのは、「そうするしかなかったから」と考えられます。

 しかし、そうするしかなかったとしても、このかわら屋根が載った西洋建築という、不思議な組み合わせにも関わらず、大浦天主堂は全体としてとても調和がとれたデザインになっています。

 前述したように、普通教会にあるはずのないかわら屋根が使われれば、違和感のあるデザインになっても全くおかしくありません。文化圏的に近い中国建築とは違う、遠くのヨーロッパの建築にかわら屋根を大胆に用いたにも関わらず、これが妙にマッチしている。

 ぼくはこの「異なるもの同士を組み合わせて、調和させる」ことが、大浦天主堂の最大の特徴であり、それがそのまま長崎らしさを象徴していると思います。

 つまり長崎が超魅力的な文化都市になるには、この「異なるもの同士を組み合わせて、調和させる」を長崎の文化の本質として、それをもって新たな文化をこれからも創っていくことが大事だと思います。

 文化の創造がアイデアつくりと同じようなものとすれば、アイデアつくりの名著とされるこちらの本でも、「アイデアとは既存の要素の組み合わせ」とされています。

 1988年に書かれたこの本で紹介されている要素を、長崎の文化は江戸時代から体現していたことになります。

 しかし、ただ異なるもの同士を組み合わせて、調和させるだけで、長崎らしさと言えるかというとそうではないと思います。

 正直、そういうものはこの世界どこにでもあると思います。らしいとまで言うには、ちょっと足りません。

 そこで、ちょっとひねって、仮にこの世に大浦天主堂が存在していないとして、前例がない状態で、この現代において、西洋建築にかわら屋根を載せるような発想をするには、どうすればいいかを考えてみます。

 結論から言うと、それをやるには「ぶっとんだ遊び心」が要ると思います。

 建築技術も格段に進化し、技術の制約もそこまでない現代において、必要に駆られるわけでもなく、ゼロからあのような不思議な組み合わせの建築を発想し、設計し、作り上げるとすれば、「ぶっとんだ遊び心」がなければ到底できないんじゃないでしょうか(ここではこの国の建築基準の規制上作れないとかいう、ルールの制約は無視します)。

 ぶっとんでるくらいの遊び心がないと、だれも教会にかわらを載せようなんて考えられる気がしません。

 なおここでいう遊び心とは、けっしてふざけているわけでなく、人の心のよりどころになる教会の品位をおとしめることなく、あらゆる境界線を設けず自由に考えるマインドのことです。

 ぶっとんでるというのは、境界線がなさすぎるくらいに自由な、という意味です。

 これは、ほかの文化で言うと、長崎の料理文化「卓袱料理(しっぽくりょうり)」にもあてはまります。

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出典:史跡料亭 花月ホームページ

 高級なのでなかなか食べる機会はありませんが、卓袱料理は一見和食のフルコースに見え、吸い物、刺身と日本料理が進むうちに突然、途中で豚の角煮が登場します。西洋のパイ料理が登場することもあります。

 これってものすごい遊び心があると思いませんか?和食かと思ったらいきなり角煮が出てくるんですから、いい意味でぶっ飛んでます。

 ぼくはこの卓袱料理の組み合わせをはじめて知ったとき、(いい意味で)なんてぶっ飛んでるんだ!すごく面白い!と思いました。

 いまの居酒屋などでは、和洋折衷のコース(刺身のあとにサイコロステーキとか)は珍しくありません。

 が、100年、200年と続く由緒正しい料亭のコース料理で、豚の角煮やパイ料理が登場することは珍しいと思います。もはやどこの国の料理なのかも判別しづらい、まさに長崎にしかない、和華蘭料理です。

 さて、先ほどの教会と同じように、この世に卓袱料理が存在しないと仮定して、現代において料亭のフルコースを考えるとき、吸い物、刺身と出すことはともかく、そこに豚の角煮やパイ料理を登場させるに至るには、やっぱり「ぶっとんだ遊び心」がないと無理じゃないでしょうか。

 料亭だから和食のコースだけど、ここで中華料理を入れてみると面白いのでは?パイ料理も出してみると、楽しんでもらえるのでは?

 そのように楽しみながら、ぶっとぶくらいの遊び心をもって、異なるものを組み合わせようとすることが、結果長崎らしい文化を生むのではないでしょうか。

 ただし、組み合わせるにしても結果としてそれが全体としてまとまり、調和していなければなりません。

 ここまでをまとめると、長崎らしい文化の本質は、
①ぶっとんだ遊び心で
②異なるものを組み合わせ
③調和させる

ことなんだと考えます。

 かわら屋根の教会そのもの、卓袱料理そのものとはまた違う、長崎の文化の根底に流れるもの、本質です。

 そしてそれはそのまま、長崎にしかない優位性(アドバンテージ)です。

 例えばあのノリにノッている街、福岡にもない、長崎の絶対的アドバンテージです。

 この本質に基づかなきゃ違うということでは勿論ありませんが、これは皆が持っておく哲学のようなものです。そのうえで文化創り(建築や料理だけでなく、音楽、映画、アートなどなど)を今後行っていくことが、長崎がほかの街に勝てるポイントじゃないでしょうか。

 福岡には商業面ではまず勝てません。しかし、こちらにしかない本質に基づいた文化創りではどうでしょう。

 京都には歴史の厚み、日本文化の層ではまず勝てません。しかし、ぶっとんだ遊び心のある文化創り、という点ではどうでしょう。

 長崎はそのようなアドバンテージを活かした文化創りを、まちぐるみで活発に行っていくことで、多くのアーティストやクリエイターが訪れ、新たな文化が次々と生み出されていき、それがまちが生きていく大きな原動力になります。

 自分たちのアドバンテージを自覚したまちづくりを行う(行政ベースでも民間ベースでも)ために、ここに書いた本質をみなが理解して、長崎にしかできない道を歩んでほしいと思います。

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