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人を殺した日に考えたこと

プロレスラーの木村花さんの訃報が目に飛び込んできた時、真っ先に頭に浮かんだのは「自殺だ」でした。

亡くなるに至るまでの詳細はまだ明らかになっていません。でも、Netflixで今シーズンの『テラスハウス』と、それに対するネット上の反応、ご本人のSNSまで見ていたら、思い当たることが多すぎるほど。

仮に自ら命を絶ったとして、何が決定打になったのかもわかりません。「毎日100件近くの率直な意見」のうちの1件なのか、生業とするプロレス、もしくはプライベートで耐え難いことがあったのか。その全部が重なったのか、ふと思い立ったのか。

少なくとも、SNS上で木村花さんへの数々の誹謗中傷やネガティブコメントがあったのは事実です。

予想できたことへの責任と後悔

私は最初こそ、誹謗中傷した人や、そういった行動のきっかけとなるコンテンツを提供していた制作サイドへの怒りが湧きました。

でも、毎週の更新を楽しみにしていた視聴者がいるから、テラスハウスは人気番組だったんですよね。「最近のテラハって悪口ばっかり」「観ていてしんどい」なんて言いつつ、観るのをやめなかった。私もそのうちの1人です。

需要があるから供給がある。そう考えたときに、「自分は人を殺したんだ」と感じました。

なので、これは懺悔の記事です。大上段から何かを批判する意図はまったくありません。

課題はどこにあるのか。いち視聴者に何ができるのか。私なりにこの2日間で考えていたことを、たぶんこの先もリアリティ番組の視聴者である自分のために。そして私と同じく、今回の報道に後悔の念を抱いた人にとっても、何か考える種になれば、と思って書き残します。

リアリティショー出演者の過酷な境遇

台本や演出がないとされるリアリティショー。なかでも、「恋愛リアリティ番組」と呼ばれるジャンルは、世界的にも人気があります。

テラスハウスも、アメリカのTIME誌が発表した「2018年のベストテレビ番組10」で6位に選ばれるなど、海外にも多数のファンがいます。木村花さんの訃報も、イギリスのBBCやアメリカのFOX NEWSで記事になっていました。

そういったリアリティ番組の出演者の自殺について、少し調べても、過去に複数件報じられているのがわかります。

“韓国版テラスハウス”ともいわれていた『チャク』では2014年に1人、イギリスで4年続いた『ラブ・アイランド』は、2018年〜2020年に1人ずつ計3人。トーク形式の『ジェレミー・カイル・ショー』で2019年に1人。

ラブ・アイランドのうち1人は司会者なので当てはまりませんが、その他の出演者はみな一般人として出演しています。

なかには、タレント的な活動をしている人もいるかもしれません。でも基本的に一般人。覚悟の上でも、慣れてはいないわけです。

しかも、リアリティ番組ゆえに、ちょっとした発言も行動も、その人個人の“リアルな姿”としてジャッジされがち。個人攻撃・人格否定につながりやすいため、出演者のメンタルケアは最重要課題です。

テラスハウスのように長く続いている番組であれば、そんなことは重々理解しているでしょうし、専門家のサポートや対応マニュアルはすでに存在するのかもしれません。

コロナによる撮影中止で、スタッフや本来支え合えるはずの同居人がそばにいられなかったのが、事態を悪化させたとも考えられます。

本人へのサポートに手を尽くしていたならば、たとえば誹謗中傷する人たちに対して、制作サイドが強い態度で臨むといった手段も取れそうです。

「出演者のアカウントに対する誹謗中傷コメントには、法的措置をとります」と示し、該当アカウントに警告することで、完全になくなりはしなくても、抑止力くらいにはなったり、してくれないかな…。

リアリティ番組の視聴者としての心構え

制作サイドやSNSに、さらなる誹謗中傷への対策を講じてほしいと訴えるだけでなく、自分たち視聴者が変わる必要性も感じています。

うっかり頭の外に飛ばしてしまいがちな前提を整理しました。

1)リアリティ番組は“事実”ではない
改めて肝に銘じなければならないなと思ったこと。

番組内で描かれているのは、実在する人たちによる現実の出来事ではあるが、編集されたコンテンツ。必ず制作サイドの意図が介在する。視聴者に提供される情報は、出来事の一部分でしかない。

たとえ、毎回言い争うシーンが放送される2人がいたとしても、それ以外の圧倒的に多くの時間は、にこやかに過ごしているかもしれません。カメラの外側があるのを忘れないこと。

2)リアリティ番組の出来事にはタイムラグがある

テラスハウスでいうと、2カ月ほど前の出来事が配信されます。観ているだけで胃が痛くなるようなケンカも、キュンとするような告白シーンも、2カ月前に起こったこと。

テラハでよくある「何かが起こったシーンの途中で次回へ続く」と引っ張る展開になって、「うわ、これは来週めちゃくちゃ荒れそう…」と思っても、実は直後にすんなり終わっていたり。

“もうとっくに済んだ出来事の途中までしか知らない第三者”に何がジャッジできるでしょうか。そう思うと、語れる言葉も変わってきそうです。

3)完璧な正論であっても、批判は受け入れられることばかりではない

誹謗中傷は問答無用でダメだってことは、多くの人が理解できているはず。では、もしもまっとうなロジックで、出演者に対して物申したいとしたら?

残念ながら、それが正論だとしても、聞く耳を持ってもらうのは難しいんですよね。

たとえば、その道の専門家としてのアドバイスなら話は多少変わってくるけど、無関係の人の指摘を、真摯に受け止められる人って少ないと思います。だって、すごく信頼している間柄でも、素直に受け入れることばかりじゃないはず。

相手にとってネガティブな内容は、特にそうです。“ロジック“と“関係性”が揃って初めて、相手に聞く姿勢(スタート地点)をとってもらえる。

SNSは特に、著名人とも直接つながれるので、関係性を錯覚しやすいです。自分の行動が、純粋な親切心や正義感からだとしても、「諭したい」「考えを改めさせたい」って発想は、ちょっと危険だと思うのです。

リアリティ番組の視聴者としてできるアクション

今回のような悲しいことは、絶対に起こってほしくない。そのために一人ひとりの視聴者にできることは多くありません。

それでも、集まれば力になるのでは?という考えをもとに、具体的なアクションを考えてみました。

1)ポジティブなメッセージを送る

ネット炎上を見ても、SNSはネガティブが拡散しやすい側面があります。対抗するならプラスの数を増やすという単純な発想です(笑)。

ネガコメと違って、ポジティブな言葉なら、相手との関係性を問わず受け入れられやすいもの。もちろん、無理にヨイショする必要はないけれど、知らない誰かの心無い一言でも傷つくように、応援が少しの力になることもあるはず。

今まさに、テラハの共演者たちも、訃報に対してリアクションし始めています。投稿だけでなく、インスタのストーリーズでも、ビビは号泣しながら「I don't know how to live」と自分を責めていたし、えみかは「今さら何を言っても遅い」という旨のDMが届いていると明かしていました。

すでにたくさんのファンが励ましや気遣いのメッセージを送っているので、そこに加わるのは、一番手軽なアクションだと思いました。

2)誹謗中傷には、対抗せずに報告する

誰かからの批判は受け入れにくい。それは対出演者だけでなく、一般のSNSユーザーも同じです。

故意に人を傷つけようとしての誹謗中傷だろうと、正義感がから回った末の誹謗中傷だろうと、その行動を反省させたり改めさせたりするのは、残念ながら難しい。これは特に自分が忘れがちなので、重ねて書いておきたいです。

であれば、できることは何か。誹謗中傷をプラットフォーム側に報告することです。Twitterにもインスタにも、各投稿から直接、問題点を報告できるシステムが備わっています。

正当性があり、報告の数が集まれば、もしかしたらプラットフォーム側でコメントの削除対応や悪質なユーザーのアカウント凍結といった対処をしてくれるかもしれない。報告データが集まれば、将来的に自動で誹謗中傷を排除可能になるかもしれません。

3)問題点はスルーしないで、然るべき先に声を上げる

最近のテラハの番組そのものが、出演者への悪口や攻撃を煽る空気になっているのでは…とモヤモヤしていた人は、ゼロではなかったと思います。そんな人なら、声を上げられる先は他にもあります。

民法やNHKといった放送局に対する意見は、BPO(放送倫理・番組向上機構)という第三者機関へ。Netflixにも、専用の窓口はないけれど、ヘルプセンターの右下に問い合わせ用のライブチャットがあります。

自衛という観点なら、観るのをやめるという選択肢が一番簡単ではあるけれど、せっかくなら然るべきところに声を届けてみるという選択肢もある。

それは、気に入らないコンテンツを排除するってことではなくて、よりよい形でコンテンツを存続させていく足がかりになるはずです。

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リアリティショーというジャンルは、きっと今後もなくなることはないでしょう。であれば、全力で再発防止に取り組むべきだと思います。制作サイドも視聴者も。責任の一端はきっとある。

「素敵な恋を探しに来ました」

テラスハウスに入居してきたばかりの、はにかむ花の姿を思い出すたびに、結末がこんな形になったことが、悲してくなりません。

心よりご冥福をお祈りいたします。

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