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この星に生まれて 著:くらげさん。

 死んだ友達の命日に、毎年造花を贈っている。咲く前に散った命に、首を切られて枯れるのを待つだけの花を添えるのは、気分が悪い。
 作り物の花を選ぶ時間が好きだ。その棚には命が一つもないから。無機物だけが咲き誇る風景に安堵する日々が、何よりも楽しくて罪深い。花弁に手を触れても、茎を握りつぶそうとしても、変わらぬ美しさがそこにある。
「お客様、贈り物ですか?」
 視界の中に有機物が侵入してくる。嫌だ。反射的に視線を下に向ける。早くここから去りたくて、棚にある造花を数本つかんで声の主に渡した。エプロン姿の生き物は戸惑いながらも丁寧に仕事をしてくれた。
 親には何度も叱られた。目を見て話をしろ。失礼な態度をとるな。趣味悪いものを部屋に置くな。過去のことを引きずるな……。一人暮らしを始めた今でもその言葉が不意に聞こえて、脳が恐怖に包まれる。
「ただいま、みんな」
 返事がないから心地がいい。玄関に並んだ手作りのぬいぐるみたちが私を出迎えてくれる。一つ一つ優しく抱きしめると、靴を脱いで、短い廊下を歩き、ひつじのクッションが敷き詰められた簡易式ベッドにダイブする。
「今日は、ユウキのために花を買いに行ったんだ。ゆっくり選べなかったけどさ」
 布団の上にレジ袋から取り出した造花を並べる。白いユリが二本、オレンジのアネモネが一本。そして青いバラが二本あった。青いバラは交配が難しく、こんな鮮やかな青いバラはあまり普及してない。作り物は交配など関係ないからいくらでも手に入る。
「決めた。今年送るのはこのバラだ。片方は私の部屋に飾ろう」
 造花を送り始めてからもう七年が過ぎた。何もかも過ぎ去って、何もかも変わった。私だけが頑なにその記憶から遠のかないように、必死にしがみついている。
 忘れない。あの真っ赤な紅葉の日を。

「ハルカちゃん。まってよ。置いていかないで」
「もう。早くしないと塾遅れちゃうじゃん」
「学校が終わるの遅かったっていえば大丈夫だよ。疲れちゃうし、歩こう」
「仕方ないなあ。まあ、いいよ。ゆっくり行こう。ユウキ」
 ユウキと私は赤いランドセルをしょって並んで歩いていた。ユウキはその後姿を馬鹿にされるのが嫌で、私のそばから片時も離れなかった。いつも一緒だった。
「ねえ見てよハルカちゃん。もみじだよ。赤くてきれい」
「ほんとだ。ねえ、髪につけてあげようか」
 花嫁のベールをあげるみたいに黄色い帽子をはずして、サラサラの髪に真っ赤なもみじを当てる。私より小さいユウキは、ぱっちりとしたまつ毛の長い二つの目で私を見上げてはにかんだ。
「かわいいユウキ。お人形みたい」
「ハルカのほうがかわいいよ。それに、ぼくはかわいいとか……きっとまたクラスのみんなに笑われちゃうよ」
「いいの。ユウキはそのままでいいの。そのままのユウキが好き」
「うれしい。ぼくも、ハルカちゃんが大好きだよ」
 何気ない会話、好きの確認。いつもと変わらない道だった。いつも通り一緒に歩いて一緒に塾に行く。塾に行ってもいつも通りだった。遅刻したことに適当な理由をつけて、塾の先生に質問を浴びせる私を見てユウキが笑ってた。バイバイする時だってそうだ。私はユウキより授業が一コマ多いから塾に残って、ユウキは家が近いから歩いて帰った。
 私の授業が全部終わったころ、ユウキのお母さんが必死な顔で塾に来た。汗だくになって「ユウキはいませんか」「まだ帰っていないんです」など、いろいろなことを訴えていた。それを聞いた私もなんだか嫌な予感がして、荷物を置いたまま塾を飛び出した。道草しているのでは、と近所の駄菓子屋や公園などいろんな場所を探し回った。それでもユウキは見つからなくて、いったん塾に戻ろうとした。
 その時、なんだか気持ちの悪い風を感じて振り返ると、日が沈んだ空を覆い隠す赤黒い雲と白い車が目に入った。なぜかはわからないが無性にその車を追いかけたくなって、追いつくはずもないのに追いかけた。走って走って、その車が赤信号に捕まった時やっと追いつけると思った。反対側の歩行者信号が点滅し、黄色になりかける。私はありえないくらい必死に走って、ようやく後部座席の窓が見えた。
「……あっ!」
 足がガードレールに絡まった私は、アスファルトに打ち付けられた。
 たった一瞬で見えたのは赤いランドセルと、もっと赤い何かだった。
 
 その数日後、ユウキは遠い都会のマンションでみつかった。
 誰も私の捻挫のことなんて気にも留めなかったし、私自身、どうでもよかった。むしろ何もできず無駄に息を吸ってはいている自分がぜんぶ許せなくて気持ち悪かった。何も悪いことはしていないが、自分を責めないと苦しくて仕方なかった。
 ほかの生物やほかの人たちとかかわるたびに、この人は、この子はいつ死んでしまうんだろうと不安になるようになった。かわいいと称賛されるアイドルや、イケメンともてはやされる人を見るたびに、ユウキのほうがかわいかった、ユウキが大人になれたらユウキのほうが絶対イケメンになれた、と喚き散らした。ほかの命と関わるのが怖くなった。料理に並んだ肉や野菜を見ると、生前のことを考えてしまって吐き気が止まらなくなった。
 生きていると、大事なものが全部壊れそうで怖くなった。

「生きるの、やめよう」
 そう思う時期は毎日だった。毎日毎日死にたくなった。私よりつらい体験をしてる人がいる。私より悲惨なものを目にしている人がいる。わかってるよ。でも、進めないんだ。進むのが怖くてたまらない。だって結局みんな死に向かってるんだ。花屋に並んだ花も、スーパーに並んだ肉と同じだ。誰かの欲求を満たすために殺されている命。みんなだってそうだ、ユウキだって気持ち悪い欲望と好奇心に殺された。私も、こうやって死が憎い憎いとほざいていながら自ら死を望んでる。気持ち悪い。命は気持ち悪い。早くこんな命捨てて永遠に時が止まったユウキのもとへ逝きたい。
 でも。わたしにはやることがある。それはユウキのお母さんとの約束だ。
「ユウキの命日に花を送ってほしいの。なんでもいい。その辺の野草でも、造花でも折り紙でもいい。ただ、ユウキのこと、その日だけでいいから、覚えていてほしいの」
 なんて残酷でひどい罰なんだろう。わたしがユウキのこと忘れるはずがないのに。私がいくら旅立ちたくてもこの約束がそれを許さない。生という名の悪夢を背負わされた。
 ユウキの家だった場所に送るために、青いバラを包装する。青いバラは奇跡のバラとも呼ばれている。生き物を改造して奇跡なんてほざくのが本当に馬鹿らしいと思う。私たちは奇跡の星で奇跡がくれた命をおもちゃのように使って笑う。そんなことを考えたところで生きづらいだけなのに、私は今日も生を否定する。
 もしこの人生に意味があるなら教えてよ。私が納得するような意味を。
「あ。これユウキが好きだったブランドの服だ。ユウキが生きてたら着たがったかな。でもメンズサイズないじゃんね。作るしかないな」
 私は現在、友達が一人もいない短大でファッションやデザインについて学んでいる。夢などはない。ただ、ユウキが生きてたらこんなの着るだろうかとかこんなの欲しいかなと考えながら服やアクセサリーを生み出すだけだ。毎年花を贈り、命を食いつぶしながら存在しない人物に向けた服を作る。ぬいぐるみを作る。ドレスを作る。

 無駄なことを何年もつづけて、パリコレに作品を出すほどのファッションデザイナーになった今も、命の循環が気持ち悪くて仕方がない。無機物とユウキのための自己満足に塗り固められた世界で悪夢が終わるのをただ待っている。

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