Drole試し読み

『New Drole』試し読み

2016年刊行 『New Drole』掲載の各作品の、冒頭約1000字を公開します!



①『少年のアルゴリズム』 著:霧原礼華

 冬が深まりつつある十一月下旬。夕刻を過ぎた頃の街は華やかなイルミネーションによって彩られ、厚着をした人々の群衆によってさらに賑わいをみせていた。私は一時間前に仕事を終え、つい先ほど自宅の最寄駅に着いたところである。しかしホームに降りた途端、すぐに冷えた外気を浴びせられ、ほんの少し身体が震えた。昼間とはかなりの気温の差だ。もう少し厚着すれば良かった。

 夕飯を食べていなかったので、私は駅の近くの商店街にあるファーストフード店に入ることにした。店内に入ると、既に多くの客が列になってレジに並んでおり、学校帰りの学生や疲れた顔のサラリーマンの姿がよく見受けられた。出先から帰った後にそのまま夕飯を食べようという考えを抱いていたのは、どうやら私だけではなかったらしい。時間はかかるだろうが、気長に待とうと私は最後尾に並んだ。

 ようやくレジに辿り着くと、早速コーヒーとチーズバーガーを注文した。「ご一緒にポテトはいかがですか」と尋ねられたが、あいにく今は揚げ物を食べたい気分ではなかったので、丁重に断ろうとした時、左側のレーンから怒声が響いた。

「ちょっと! ピクルスはちゃんと抜いてくれって頼んだよね?」

 声の主は三十代くらいの女性客だった。彼女は神経質な表情を浮かべながら、紙に包まれたハンバーガーを片手に、レジにいる店員に訴えかけている。よく見ると、傍らには黒いランドセルを背負った少年が俯いて立っている。どうやら彼女はそこにいる少年の母親のようで、たった今受け取った品物にクレームをつけているようだ。

「申し訳ございません。すぐに作り直しますので」

 店員は何度も頭を下げて謝ると、すぐに厨房へと消えていった。私はその様子を横目で見ながら、たかがピクルスで、と呟きそうになったが、女性客と私の距離はかなり近いため、余計なことは言うまいと軽く咳払いをして言葉を飲み込んだ。そして目の前の店員に向き直ると、「注文は以上で」と言ってから会計を済ませた。

 数分後、私は店員から品物を受け取ると、階段を上って三階フロアへと移動した。窓に面したカウンター席に腰を下ろすと、目の前のガラスに後方の様子が反射して映った。よく目を凝らすと、奥のテーブル席には先ほどの親子が座っている。

「もたもたしないで、早く食べちゃいなさい」

 刺々しい声で、女性客は隣に座る少年に言い放った。だが、それに対して少年は口答えすることなく、ただ黙って頷くと無表情のままハンバーガーを食べ続けている。



②『雨の部屋』 著:丸永路文

 ホームに降り立った途端、ねっとりした空気が体を包みこんだ。都心部特有のまとわりつく暑さにはいつまでたっても慣れない。それに加えて、この人の多さときた。お盆のUターンラッシュが過ぎた現在でもホームには無数の人がせわしなく歩いている。

 地元との圧倒的な違いに、今更ながらこちらに帰ってきたことを認識した。

 アパートに着く頃には、すでに日が暮れてしまっていた。部屋に入ると、外より何倍も濃縮された空気が僕を出迎えた。

 すぐさま冷房を入れて、ベッドの上に寝転がる。涼しい風が徐々に部屋へ広がっていくのを感じる。

 こちらに来る前、山間の村にある実家にいた頃は、夜に暑さで目を覚ますなんてことはなかったし、そもそも寝苦しいと思ったことがなかった。ただ、冬場の寒さがとても厳しいのは玉に瑕だった。日中でも気温が氷点下になるなんてことはしょっちゅうで、プリンターのインクが凍ったと父親が言っていたほどだ。僕も僕で、よくあのとんでもなく寒い中、学ランの上に防寒着も着ずに登校していたものだ。

 こんなにも昔のことを思い出してしまうのは、やはり今回の帰省が印象的だったからだろう。

 いつもと同じく帰省したその日、昔馴染みの友人が実家を訪ねてきた。どこからか僕の帰省を知ったらしい彼曰く、丁度その時都会に出ている同級生たち数名が帰省しており、久しぶりに集まろうと言うことになったらしい。そこに僕の帰省を聞きつけた彼が、お前もどうだと誘いに来たのだ。最初は断っていたのだが、いつの間にか連行されてしまっていた。

 集合場所は近くのファミリーレストランだった。僕が到着した時にはすでに皆集合し、お互いの近況や昔話に花を咲かせていた。久しぶりに見た彼らの顔は、みな再会を喜んでいるようだった。

 最初は、適当に挨拶だけしてすぐ帰ろうと思っていたが、彼らの話の中で一つだけ気になったことがあった。

 僕の小、中学校時代の友人に、高野優子という女の子がいた。僕と彼女は互いに家が近く、それなりの付き合いだった。同じクラスの女子からは優ちゃんと呼ばれ、また男子とも仲が良かった。

 そんな彼女だが高校卒業後、全く連絡が取れなくなっているという。しかも、彼女の家族に聞こうにも、一家で都内に転居しており、聞くすべが無い。普通なら仲の良い友人に、手紙なり何なりで自分の住所や連絡先を教えるはずだが、誰もそのような物は貰っていないと言う。

 結局、先日集まった者の中に彼女の足跡を知る者はいなかった。僕たちは彼女の知り合いではあっても、友人ではなかったのだろうか。そんなことを考えながら、僕はゆっくりと体を支配してゆく眠気に身を任せた。



③『夢の中の水』 著:水井くま

 川を辿って海へ行こう。決断は本当に突拍子も無いもので、その一時間後には旅立った。そんな考えが巡ったのは、もしかしたらこの前読んだ雑誌の表紙が綺麗な海だったからかもしれない。いや、もしくはテレビでやっていた自転車の旅番組がうらやましくなったからかもしれない。でも理由なんか必要ではない。ただただ願望が胸から湧き上がって来たから出掛けるのみである。昔から私にはそういう癖があり、度々家族を困らせた。とは言えもうとうに成人を終えた私を、父も母も深くは止めなかった。勿論苦い顔はされたが。

 さてそんなこんなで旅立った私であるが、その計画性の無さは察しがつくのではないだろうか。一時間で練られた計画は実に低度であるにも関わらず、ノートに書き殴った文章を満足気にリュックの中にしまった。後で見直してもそれは、おおよそ計画書などと言うのには恥ずかしい出来である。

 リュックの中身はレインコート(予報では明日は雨であった)、一万円と少しの小銭、タオルケット(真夏では必要ないかと思ったが、途中で熱でも出して救急車でも呼ばれたら面倒だという発想にいたったからである)、替えのシャツ、携帯電話、モバイルバッテリー。住んでいるのは関東地方であるため太平洋側が近いのだが、それでは早ければ一日で着いてしまうと思い、目指すのは日本海側、新潟県の海にした。自分の体力の問題もあり何日で到達するのかは分からないが、多めに一週間程見積もった。

 両親には一週間程いないかもと伝えると流石に心配なのか、一日に一回は電話することを約束された。止められることを考えれば数倍も楽な条件である。

 細いフレームの自転車に跨ると、風が左右上下から通り抜ける。良い追い風だ。行ってきます、と一言言うと、初めの一歩を力強く踏みしめた。風がより素早く駆け抜け、背中を押した。見慣れた道を進む最中も不思議な期待は溢れていた。一番近い川までは大体五分くらい。近いからとは言え体力を温存する為に急がずに行こう。スピードは買い物に出掛ける時の祖母の自転車の速さ位に押さえ、件の場所へと辿り着いた。

 その川はお世辞にも綺麗とは言い難いものであるが、幅は目測五十メートルと家の近くでは一番大きい川だろう。高校生の頃はこの川沿いに自転車を走らせて学校へ通ったものだ。大学以降は高校方面に行く機会も少なくなり、それは嫌なものも楽しいものも混ぜた思い出を頭に浮かばせた。

 キャップを改めて被りなおす。まるでアニメの主人公のようだ。家から出た時よりも気持ち強めに力を入れ、橋の坂道から降りていった。川の流れよりも早く、もっと早く。先程体力を温存していこうと思っていたことなど忘れ、どんどんとスピードを上げて川沿いを走った。



④『詩・アンフィナ』 著:久坂蓮

 言葉のサラダをぐるぐるとかきまぜてわたしは・わたし・わたしというだれかはお話している・ただひとりのもの・それらは・せんせい・おかあさん・おばあちゃん・死んでしもうたが・大根・ねぎ・などのからだをもってあらわれ・あるいはきゃべつのいちばん外がわは・みんな捨てちゃうんやけど・わたしはつかう・そういえば・むかし・それってほんとうのことなんかな・夢で見ただけやったんかな・スーパーで山姥(やまはは)がゴミ箱をあさっては・捨てられたきゃべつのそとがわをビニールにいれとった・つま先まで届くくらいの白髪・さびついた自転車にのって・江ノ島のはまべに海藻をひろいにいったとき・潮風で・家の外に自転車をだしたままにすると半年でさびる・ペダルがもげる・松茸とったみたいになる・あの海のきたなさといったらなかったなあ・高い金払ってまで・ほんとうに住むところやった? ・毎晩海鳴りで眠れず・学校に・おきれなくなったのはだれのせい? ・わたしのせいですか・朽ち木の大群に群がる蝿やら・ルアー・釣り糸のからまったボラの死骸・めだまが赤く充血していた・宝石みたいな光沢・でもさあ九十九里の浜辺もひどかったよ・ずっと夢やったのにねえ・俵万智読んで・行きたくなって行ったのにねえ・赤と黄色の水泳帽子をかぶった・マクドナルドのドナルドかと思った・ライフセイバーが五六人で救助の練習しとったね・それから犬吠埼にいき・灯台をみて江ノ島の灯台をおもいだし・午後四時までやったけん登れんかった・九十九段のぼっても・あと九段足りんとおもうのはわたしだけでしょうか・あの雲さー・鳥みたい・わかる・あの奥のだろ・鷲・みたいだよなあ・赤いMazdaにのったあなた・山形の免許合宿で・つい二週間くらいまえに免許を取ったばかりのくせに・片手で運転・藤沢から千葉までアクアライン・レインボーブリッジ・東名高速百二十キロだしてはしった・ウインカーくらい出せよ・なんてうしろからきた黒い車に・文句をいいながら・この車・絶対高かったでしょう・いくら・知らん・親のだし・それがさあ・きいてくれよ・かあさんが事故って車こわして・家のまえの路地のはしらにぶつけたんだぜ・自慢げにはなす・鼻の穴がすこしふくれている・わかってくれてうれしかったあ。



⑤『探しもの』 著:アリカさん

 次のプログラムは三年生、歌手志望の××××さんに拠る生歌、の予定でしたが、ご本人が欠席されているようです。ので、次へ参りましょう。次は皆様お楽しみ、バンドグループの時間です!

 

『なにを探しているの?』

 分かんねえ。でも、最近になって大きくなってんだよ。心のもやもやが。

『もやもや、ねえ。具体的じゃないねえ。』

 でも、思い出してえんだ。忘れちまってることを。もやもやしてること。きっと、いや。間違いなく大切な事だった筈なんだよ。

『そう。じゃあ、探しに行こうか。』

 

 

 教室の扉を開ける。いや、開けようとする。どうも建てつけが悪いらしい。がたん、がたん、からの力を入れてガタン。これで開く。教室内に誰もいないと思っていた俺は扉を開けるのに大声を出しちまった。

「ふんッ」

「……っ」

 あ。やべ。なんか女子いた。めっちゃびびってる。…ええ?こいつ誰?びびって丸くなってる大きい目。腰まである綺麗な金髪に青い目。はあ?こんなやつクラスにいたか…?なんて考えていたら、そいつがあからさまに不機嫌な顔を俺に向けてきた。とまどう俺。

「…」

「えっと、建てつけ悪くて」

「後ろのドアから入ればいいよね?」

「そうだな」

「横着したよね」

「したな、すまん」

「うん、よし。」

 俺を謝らせた後のどや顔。思い出した。最近ちょっとずつ話すようになった後ろの席の女子だ。典型的な地味女子、クラス内で授業中騒ぐやつや目立ちたがりには嫌悪感丸出しで接しているため、敵も多く作ってしまうヤツ。最初は俺もそいつらのお仲間だと思われていたらしいが、とある事がきっかけで打ち解けられた。ああ…?この容姿で地味女子だあ?ありえねえ。違和感が。

「で、なにしに来たの?」

 そういわれて我に返る。そうだ、用事があったんだ。

「探しもん。」

 短く返して、そいつの前の席の椅子を引き、机の中を見る。あれ、俺なに探してるんだっけ。なんか大事なものだった気がする。

「なに?何探してたか分からなくなっちゃった恥ずかしいパターン?」

「おお、よくわかったなお前!」

「それ感心するとこ?」

 はあ、と溜息を吐くそいつ。そして

「ほら、行くよ。」

 と続け、席を立つ。お前は何してたんだという言いかけた質問を引っ込める。

「あ?行くってどこに?」

「理科室。今日はダンボール切ったり色々あるでしょう?」

 ああ、そうだ。今日は文化祭の準備期間だ。黒板に貼ってあるカレンダーを覗き込む。今日は文化祭二日前。今年の文化祭の出し物は理科室を借りてのお化け屋敷だ。でもこんな遅くまで残ってたのか。

「よくやるなあ…」

「騒ぐだけ騒いで何もしないやつは知らないだろうけど、アンタらが帰った後も残ってやってんの。ほら、アンタも来る。後悔したくないじゃん。あんときこうしてれば、とかさ。」

 と言うと、教室から出て行った。さっさと塾に行って自習しようと思ってたんだが。一日くらいいいか。俺はそいつについて行った。



⑥『雨の降る忘れられた音』 著:水菓子

 一分は六十秒。一時間は六十分。一日は二十四時間。一年は三百六十五日。

 一体誰が数値化したというのだろう。

 蝉の声が耳を痛める真夏の夕暮れ時、突然の雨から最寄駅近くの公園に慌てて避難した。今日もまた狐の嫁入りだ。都合よく傘を持っていたわけでもなく、屋根があるそこでハンカチを取り出し体を拭く。生ぬるい雨と汗で制服のスカートはべたついた。空気はコンクリートに染み込んだ雨が干上がるような匂いを持っていて、吸い込むのも暑苦しい。冷えた炭酸が恋しくなった。

 空は厚い雲に覆われているにも関わらず、太陽がまぶしく顔を覗かせた。目の前に広がる公園の遊具がオレンジ色に染まる。

 私はそのまま屋根の下のベンチに腰かけ、鞄からスマートフォンとイヤホンを取り出す。コードを本体に差し込んで、両耳を強く押さえつけた。地面を叩く雨の音がこもり、ピアノの優しい旋律が耳の奥底を癒す。目を閉じ音と空気を感じ取る。悲しげなノスタルジー。

 一呼吸し、画面にメモ帳を表示する。心中の想いを言葉に綴った。

『一分は六十秒。一時間は六十分。一日は二十四時間。一年は三百六十五日。

 一体誰が数値化を決めたというのだろう。』

 なぜ同じことを繰り返しているのか、私は深く考えていた。

 十七歳の私は、朝起きてから夜寝るまでの毎日が同じような流れで、決められた時間が繰り返される高校生活に平凡さを抱いていた。夜寝床につくと、すぐには眠らず、真っ暗な天井を見て考える。明日はまだ見ぬ未来で、どうにだって変えることができる。それなのに、明日も学校へ行き勉強する、と分り切ってしまっている。両親も毎日仕事をしに勤め先へ出向く。今までずっとそうだ。それが当たり前で、誰もが皆それぞれ同じような日々を繰り返す。

 人は決められた時間に自分だけの「自由」を奪われている。奪い返そうという意思を持っていても、なかなか行動にできない。私もその集団のなかの一人であり、時間の制約から脱することは極めて難しい。生きるために時間を使い、自分のために時間を使えない。その繰り返しに生きている意味はあるのだろうか。私たちは一体何のために日々を送っているのだろうか。

 時々公園の風景を見ながら、文字を打っていく。

『人はそれに従うように、決まって朝起きては夜寝る。

 決められた時間に仕事や勉強をし、決められた時間に食事をとり、毎日がその繰り返し。

 限りある命の時間の中で、「自由」を奪われている。

 それは幸せだろうか? 生きている意味があるだろうか?』

 雨はまだ降り止まない。/

 視線を腕時計へ外すと、針が五時半を指していた。




如何でしたか? 続きが気になった方は、11/3(木)~11/5(金)に日本大学芸術学部江古田校舎で行われる芸術祭「勝手に三賀日」にお越し下さい! KMITは西棟5階文芸ラウンジと、ゼミ室3でお待ちしています!


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『New Drole』試し読み 著:霧原礼華・丸永路文・水井くま・久坂蓮・アリカさん・水菓子

担当編集:水井くま

編集・日本大学芸術学部文芸学科所属 出版サークルKMIT

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