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ふしぎなテーマの物語たち。

やってきました、2018年。
今年もよろしくお願いいたします。
さて、2017年秋の作品発表会の第2段です。

ある3つのテーマに沿った物語。どういったテーマなのか、あなたは読み解くことができますか?(答えは最後にあります)

目次
解体 ――― 譲葉 春雨
「はなみず」 ――― 丸永 路文





   解体              

            譲葉 春雨

 ぐにっ、ぎっ、とん。と、とん。ぎぎ、とん。
 順序関係なくバラバラに。カッターナイフを持ちこんで、消しゴムをバラバラに。
 授業も終わって教室にいることもないけれど、とりあえず消しゴムをバラバラに。何だか白身魚みたいでおもしろい。食ったら不味そうな感じだけど。
目の前の消しゴムを、一応指には気をつけて、右へ左へバラバラ。それだけだ。それだけなのにずっとやっていられる。
何人も教室にいるけれど、誰もこちらを見ていない。僕もそちらを見ていない。ひたすらにする。続けても、誰もこちらを見やしない。僕も何も見なくていい。とても心地よい。
仮に生き物ならば、消しゴムでないならば誰かは見るだろう。でもやっぱり僕の手元には消しゴムだ。誰も見ない。
人から見られることを嫌がる人間は、こういったことを工夫しないからダメだ。無視されるような対象で自分の欲を満たす。そんな単純なことができていない。僕はその点完璧だ。
いや、別に変な趣味ではないんだけどね。普通だよ普通。普通のことだけど、いざ目の前にそれがあると人は見ちゃうんだ。見られて楽しめる人でもないなら、見られないよう趣味の外見を無にすべきだ。僕はいつもそう思ってる。そしていつもそうしてる。消しゴムの死なんて誰からも無で、故に誰も気にしないのさ。
また手を進める。もう大きな欠片もなくなって、ぐにっ、という感覚もなくなった。とんとんとん、もうみじん切りの領域だ。そろそろやめにするかな。今日もいい一日だった。
そう思って最後の一刀を入れようとしたとき、頭の上から声が降ってきた。
「ねえ、何してるの?」
 声は女。視界を消しゴムから上げる。途中目にはいるスカートは短いのに、上はだぼっとしてる。セーター? 明るくて、短めの髪に薄くメイクのされた顔。合わないって瞬時に思うような、多分、クラスメイト。目の前にいて、対象は僕で間違いなさそうだった。
 よくわからない。だから逃げよう。
 急いで席を立ち、コートを羽織って鞄を持つ。
 何か言いたげな彼女を尻目に教室を出て帰路についた。最悪の一日だ。

 憂さ晴らしにコンビニによって肉まんを買う。百二十円くらいで無駄にうまい。
 今時にもなって、なぜか買い食いは禁止されている。なので家まで持っていかず近くの公園に寄る。これも工夫かもしれない。
久しぶりに来たけど一直線にベンチに向かう。寒い。野ざらしはこれだから、と贅沢は言っていられない。というか肉まんという贅沢の代償だ。
 そもそも声をかけられなかったら、こんなことしなくてもよかった。あの女が悪い。
 袋から肉まんを出して手に取る。無駄に熱い。手が冷たくなっているので余計に熱い。ばーか。
 ゆっくり食べる。別に暖まりたいわけじゃない。
 食うことは憂さ晴らしだけど、食うなら美味しく食べたい。寒さの中なら肉まんのうまさは持続する。多分。
 公園に来たときのルーティーンとして人も見る。ベンチに座って肉まん食って人を見る。なんてテンプレート通り。テンプレート過ぎて無いのと同じ。さすが僕だ。誰もこちらを見ない。  
 しかし、肉まんを食べるという明瞭な目的を持った僕と違って、ここを通る人は何が楽しくてこんな公園を通るのだろう。イルミネーションもない、街灯だけの薄暗いところ。僕が不審者なら、何らかの犯行にうってつけだとメモしてるだろう、そんなところを。
 何人も行き来して、また短いスカートの女が一人。ああいうファッションをするのはいいが、寒くないのだろうか。もし劣情を煽るためだけにそこまで出来るなら尊敬するね。僕には無理だ、今だってかなり着こんで寒いのに。
 空を仰いで嘆息。びっくりだ。
「あ」
 なぜか近くで聞こえた。視線を元に戻すとさっき見たスカートの短い女がいた。なんだろう。僕は今そういうのにムカムカするんだ。寒いし、教室でのことを思い出すし、とにかく何でも。
 顔を見る。教室の女がいた。
 意味が分からない。目をこする。消えない。間違いない。
「ねえ、何で逃げたの?」
 心底不思議そうに聞いてくる。やめろ、まだ整理が。
「さっきさ、なんか、消しゴムバラバラにしてたじゃん。あれ何やってたの? なんかの儀式とか? ただ聞きたかっただけなんだけど逃げることないじゃん。たまたまここで見かけなきゃ聞くこともなくなって、夜も眠れなくなるところだったんだけど」
 知るかよ勝手に眠れなくなってろ。聞くなよ見りゃ分かるだろってか分かってんだろ。バラバラにしてたんだよ。意味わかんねえ。
「見たとおりだよ、バラバラにしてただけ」
 癪だけど、答える。その方が早く終わりそうだし。
「いや、バラバラにしてたのは見れば分かるよ。何でってこと」
 何でそれが終わらないんだろう。何で、なんでもクソも注目されないように自分の欲を・・・・・・。
「あれっ・・・・・・」
「何その反応。自分でも分かってないのにあんな感じだったの?」
 情けない。どうして返す言葉が出てこない。
 欲を満たす、その欲って何の欲なんだ。大体欲を満たすって、僕は何で切り始めたんだっけ。ムカつくとか何でもいいから、理由があってやってたわけじゃないのか。こういうこと考えてもなさそうな女に指摘されるほどとか、お笑いかな? 
「とか言ったりして、どうでもいいんだけどね。気になっただけだから、そんだけー」
 黙りっぱなしの僕をみて、女はさっさと踵を返してしまう。本当に向こうにしてみれば何でもないことなんだろう。
 まて、ふざけるな。僕をこのまま置いていくな。
「待って!」
 びっくりして振り返る女。
「・・・・・・何?」
「あの、名前なんていうんだっけ」
 咄嗟に聞く。仮にもクラスメイトの名前を覚えていないけど、多分向こうも覚えていない。だから聞く。置いていかれないような気がする。
「私? 山崎だよ、宮田君。クラスメイトの名前くらい覚えときなよ」
 けらけらと笑って言う山崎。
 なんだよ、可愛いじゃないか。
 もう消しゴムバラバラの理由とか、考えなくていいや。
 きっと明日からはやってない。





   「はなみず」

            丸永 路文                 
                                
 風邪をひく時は大抵、最初に喉が痛くなる。今回だってそうだ。この時期になると、教室の空調が暖房に変わる。生徒でぎゅうぎゅう詰めになったそこの空気は極度に乾燥し、何の対策もしていない喉を容赦なく襲う。眼鏡が曇るからとマスクをしなかった過去の自分を責めても今の状況が好転するわけではないが、そうせざるを得なかった。
 脇の下に挟んでいた体温計が、か細い電子音を上げる。現在の体温、三十八度。いつもは熱が上がることは無いのだが、今回に限ってはたちの悪いのをもらってしまったらしい。熱のせいで少しふらつく体を必死になだめながら、布団にもぐりこんだ。
 幸い近くの薬局に行くだけの体力は残っていたので、風邪薬やらレトルトのお粥やらを買いこんだ。食欲はあまりなかったが、薬を飲むために無理やり腹に収めた。
 一人暮らしの時にひく風邪ほどつらいものは無い、と以前友人が話していたのを思い出す。ああ、確かにこれはつらい。しんと静まり返った部屋に一人きりで、うんうん唸りながら布団に横たわっているのは、つらい。
 鼻が詰まって息苦しいのがつらい。体がだるいのがつらい。筋肉が痛いのがつらい。前日に腕立てをしたわけでもないのにどうして上腕二頭筋が痛むのか分からない。咳がつらい。とにかくつらい。つらいったらつらい。
 腕を伸ばして枕元のティッシュ箱から何枚かひっつかむと、そのまま鼻をかむ。風邪をひいたときの鼻水が黄色なのは、白血球の死骸の色だから、と以前誰かが言っていた。見慣れたアイボリーの壁紙も段々黄色に見えて来るような気がする。
丸めたティッシュをゴミ箱に力なく放るが、ティッシュは低い弾道を描いてゴミ箱のかなり手前に墜落した。布団から出てきちんと捨てる気力はもう無い。
 ふと、外から雨音が聞こえて来るのに気がつく。先ほどまでは曇りだったが、とうとう雨が降って来たようだ。ぱたぱたと響く音がいつもより優しげに感じるのは、自分が弱っているからだろうか。
 雨の音を聞いていると、何故だか心が安らいでいく。薬が効いてきたのか、それとも疲れているからなのか、眠気が強くなってくる。襲い来る眠気に、自分の意識を明け渡すことにした。
 風邪をひくと変な夢を見る。夢なんていつも変なものだが、風邪の時はこれまた異常な夢を見るものだ。
 誰もいないグラウンドに立っている。空に浮かぶ雲は異常なスピードで流れ去り、辺りは妙に薄暗い。昼なのか夜なのか、熱いのか寒いのか、それすら分からない。遠くで誰かの声が聞こえる。妙にくぐもった声で、何と言っているのか分からない。なんとかして聞こうとするけれど、はっきりと聞くことは出来なかった。
 この場所には見覚えがある。自分がかつて通っていた高校の校庭、その端にある野球用のグラウンドだ。野球部員によって良く均されたそこに、一人で立っている。体育の授業はあまり好きではなかった。野球は特に苦手だ。飛んでくるボールが顔面に当たるのが怖くて、まともにフライすら取れた試しが無い。
 不意に、足元に何かがこつんと当たる。下を見ると、どこからか野球のボールが転がって来ていた。なんとなくそれを拾う。誰かが転がしたのかと思って辺りを見回すが、やはり自分しかいない。手元のボールに視線を戻すと、それまで真っ白だったボールが、真っ黄色に変色していた。それに気がついた瞬間、ボールの手触りも変わる。硬いゴムの感触が一変して、うにょうにょしたヒダが手のひらで蠢いている。試しにぐっとボールを握ってみると、それは何とも気持ち悪い触感をしている。思わず放り投げると、それは黄色い汁を撒き散らしながら飛んで行った。それは低い弾道を描き、どこからともなく現れた黒いゴミ箱に吸いこまれていって、べしょっ、と音を立てた。
 はっとして、目を覚ます。先ほどまで暗かった室内は、いつの間にか明るくなっていた。天井の電気が点いている。
「おう、やっと起きたか。具合はどうだ? 部屋の鍵が開けっぱなしだったぞ」
そう語りかけてきたのは、大学の友人だった。どうやら眠っている間に、部屋に上がっていたようだ。
「ああ、薬のおかげでだいぶ楽になったけど、まだ少しだるいな」
「そうか。ま、ゆっくり休め。講義のノートは取っておいてやるから」
「助かる」
「今度、何か奢ってくれよな」
「分かった分かった」
「じゃあ、俺この後バイトがあるから、もう行くわ。冷蔵庫にポカリ入れておいたから飲めよな」
 それだけ言うと、友人は部屋から出ていった。布団から出て冷蔵庫を開けると、そこには確かにポカリが入っている。二リットル入りの大きいボトルを取り出すと、中身をコップに注いで、一気に飲み干す。寝汗で着ているスウェットはぐっしょりしていた。
 窓の外を見ると、雨は既に止んでいた。雲の切れ間から覗いている夕陽の光が、部屋に差し込んでいる。夕陽の線はずっと延びて、部屋の中のある一点を差している。
 先ほど投げたティッシュが、そこに転がっていた。それが何故か可笑しくて、一人で笑う。丸まったそれを掴むと、今度はしっかりと、ゴミ箱に投げ入れた。







『解体』……3つのテーマは、「スカート・コート・消しゴム」でした。
『「はなみず」』……3つのテーマは、「あめ・きいろ・上腕二頭筋」でした。
両作品ともどこか不思議で、とてもおもしろい物語です。



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編集担当:水菓子

日本大学芸術学部文芸学科所属 出版サークルKMIT

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