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マリオネ・テスタと空欄[K] 第三話

著・亮月冠太朗  絵・市川正晶


 自分の心と向き合うことができなくなった男はもはや冷めきった愛情に気づくこともなく、依存へと変わり果てた感情を愛情と名づけて抱きしめる。愛しているつもりの掌で相手の心を押し潰しているということに、男は気づかない。無粋だ。

 彼がもしそれに気づき、嘲笑や侮蔑を背に受けながら、尚も自らの心と向き合おうとするならば、ふたたび愛情を手にすることができるだろう。

 俺は気づいた人間だ。

 だからもう迷うことはない。いつまでも莉瑠の隣にいよう、永遠に彼女を支え続けよう、そのために僴間眞紘(かんままひろ)は必要なのだ。

 拳聖(けんせい)に彼を殺させはしない。

 未夕に彼を莉瑠の元へ連れて行かせはしない。

 そう思っていたのだが――

――かんまァァァァァァァァァァ!

―――――――――――――――!

 俺の叫びはあっけなく未夕の声にかき消された。振り下ろした巨大な拳が、散歩の腹部を粉砕する。低い呻きを残し、彼女の体は遙か後方へと吹き飛ばされた。

 拳聖は意外にも動じず喉を僅かに震わせながら、未夕と僴間の姿をじっと暗黒の瞳に沈ませていた。

 僴間が唖然とその場に立ち尽くしている。未夕が彼へ腕を伸ばす。そのまま彼の体を跡形もなく粉砕すると思われた。しかし彼女は傷つけることなく、彼をその掌に包み込む。どういうことだ。

「まさか。連れて行く気か」

 怪物に心は失いはずだ。或いは最後に強く念じていた感情が、本能としてその体躯のどこかに残留しているのだろうか。彼女はそこまで強い意志で以て、彼を莉瑠の元へ連れ出そうとしていたのか……。

「十灯(ともしび)! なにボケッとしてんの」 

 背後で散歩が声を上げる。

「薬、持ってるでしょ。渡して」

「お前」

「早く。あいつが連れて行かれる」

 散歩の腹部は大きく穴が開き、そこから蛍光色の液体がぼたぼたとこぼれ落ちていた。言いよどみながら、背広の内ポケットから薬を取り出し渡す。散歩が袋を破り、仰ぐようにして中身を咥内へかき込む。

 その間に未夕は、四肢を踏ん張らせ飛翔の体勢に移っていた。背中に張られたピンク色の膜が、ゆっくりと膨らんでいく、それはまるで風船のように。

「散歩。狙うなら背中だ」

「言われなくっても」

 わかる。空になった粉袋を放り捨てると同時に、散歩は地面を蹴り上げ未夕へ突撃した。腹部からこぼれる液体はさながら火花のようで、夏の暑さと相俟って花火の残灯を想い起こす。そんな刹那的な情景に現を抜かしていると、目の前に巨大な塊が屹立した。

 金城拳聖。

「よう、十灯」

 と声を発することもなく木偶となり果てた彼に、もはや一縷の情も湧かないが、その息遣いからは確かに彼の鼓動を感じた。 

「俺を殺すのか」

 怪物は動じない。

「僴間なら向こうだ」

 怪物は動じない。

「……お前は」

 拳聖なのか? 怪物が大きく唸き、腹に響いた。思わずうずくまり嘔吐感を抑え込む。彼はゆっくりと踵を持ち上げ、地を震動させて歩き出した。

 巨体に遮られていた向こうの景色が露わになる。そこに未夕と散歩の姿はなかった。地面に穴が四つ、ちょうど動物の四肢の間隔で開いている。空を見上げる――

――いた。月の下で黒い影が動いている。向かっている先は研究所だ。やはり彼女は、怪物になっても尚、僴間を莉瑠のところへ連れて行こうとしている。

 不意に影が揺らぎ、そこから小さな影がふたつ下へ落ちていった。

 散歩だ。彼女が僴間を助け出したのだろう。未夕がそれを追うが、地上からいくらか離れた空中で動きを止めた。神社の境内に着地したのだろうか。散歩ならそこを狙って落ちるくらいのことはしそうだ。

怪物は境内には近づけない。

他人の魄(はく)で生き続ける彼女らを、神は許さない。

やがて彼女は諦めたようで、転回して夜空の向こうへ飛び去った。

 俺もそこへ向かわなくては。しかしその前に、僴間への憤りを抑えなくてはならない。長いため息をつく。煙草に火をつける。

 彼のことは随分と調べた。莉瑠から話も聞いている。彼が犯した罪の証も手に入れた。同情もした。それでもやはり、彼の執着は異常だ。或いは自らを縛るとはそういうことなのかもしれない。ならば、未夕が怪物になってしまったのは自業自得というものだ。彼に近づいた彼女が悪い。

「……未夕を」

 殺せるだろうか。望んで怪物となった拳聖に対しては、自分なりに覚悟を決めたつもりでいる。しかし未夕は、望まず怪物になってしまった……俺は彼女を殺せるのか?

「太平がどうなったか忘れたの。ああなったらもう、ただの怪物……殺すしかないでしょ」

 散歩の言葉を思い出す。しかし、さっきの拳聖の様子――そして、僴間を連れ去った未夕――彼らは本当に、怪物になってしまったのだろうか?

 煙を吐き出す。残りかすのような薄色が空気に溶けて消える。

 彼らは、この薄色と同じなのかもしれない。未夕や拳聖の、残りかす。そうであるならば、果たして、彼らを未夕や拳聖と呼べるだろうか。

 靴底で煙草の火を消す。幽かに煙を出すそれを地面へ捨て、その場をあとにした。 

 風の音が聞こえたあと、全身に衝撃を受け目を覚ました。

 狛犬が見える。ここは神社なのか?

 何かが崩れる音が聞こえた。見ると、僕の反対側にある狛犬が無惨にも頭を砕かれ瓦礫と化している。灰色の山の中から黒い影が立ち上がる。散歩だ。背中に亀裂が入っている。彼女が狛犬に突っ込んだのだろう。

 彼女はあたりを見回し、僕を捉えた。三白眼が刃物のように鋭い。喉元にその切っ先を突きつけられているような感覚に襲われる。その眼(まなこ)から目が離せない。彼女が覚束無い足取りでこちらへ近づいてくる。その左腕がにわかに光り輝いた。嘘だろ?

「歯、食いしばれ」

 次の瞬間には殴られていた。食いしばる暇などない。顔面の皮膚が螺旋を描き剥がされていくような冷たさに限りなく近い熱を肌に感じながら吹き飛ばされた先は賽銭箱だった。木の割れる鈍い音とともに、宙を舞った無数の小銭が雨となり参道へ降り注ぐ。

 散歩が近づいてくる。僕を殺す気か。

「ご」

 口が上手く動かせない、片目も見えない、まるで顔面が半分、まるまる消し飛んでしまったかのようだ。

「なんであの場に来たの? 薬を返そうと思ったわけ?」

 なら最初から盗むんじゃねーよ。彼女が腕を構え殴る姿勢をとる。あわててポケットから薬を取り出す。彼女が一瞥してはん、と馬鹿にするように笑い、腕を下ろす。

「……まぁ。あんたも被害者なんだろうけど。ここには被害者しかいないから」

 同情してる暇はないの。彼女はふらふらと参道を歩き、生き残った狛犬に背を預け地面に尻をついた。落ちている小銭を拾いながら、でも、と続ける。

「でも、未夕は違った。あの子はあんたのことを本当にかわいそうだと思っていたし、あんたたち兄妹を本気で助けようとしてた。なのに、どうして」

 あんたたち兄妹だって?

「ぼ」僕と莉瑠を知ってるの? 

 声が出ない。僕が彼女たちと会ったのは偶然じゃなかったのか?

「未夕はあなた達を助けるために、この町へ来たの」

 助ける。俺たちを。たちって何だ。莉留はもう死んでいる。「もしも会えるとしたら?」兎鷺(うさぎ)の言葉が脳裏に浮かび上がる。それは、つまり。

 莉瑠が生きている?

「そこまでだ」

 散歩の背後から声がした。無精髭を生やした長身の男が立っている。眼のまわりが火傷の跡のように爛れており、黒目が白く濁っている。視えているのだろうか。

「安心しろ。莉瑠は死んでいる。お前の知る通りだ」

「ちょっと。私が話してるのよ」

「余計なことを喋るな。お前はそいつに関心が無かっただろう」

「ついさっきできたの」

 散歩が立ち上がり、男の前まで進む。背丈は男の方がはるかに高いが、彼女の気迫は男を呑むほどに大きかった。男が煙草を取り出し、火をつける。そして彼女を見据えながら、ゆっくりと煙を吐き出した。

「意外だな。未夕が死ねば取り乱すと思っていた」

「まだ死んでないから」

 なに? 男が眉をひそめる。

「……元に戻す方法があるはずよ」

「ああなったらもう、ただの怪物なんじゃなかったのか」

「あれはまだ未夕だった」

 彼女は左手を見つめ、五指を広げた。

「未夕が飛んだ時、拳聖が開けた穴に手を差し込んでしがみついていたの。そこから確かに、あの子を感じた」

「殺して」って声が聞こえた。眼を細める。何かを包み込むように、広げた五指を閉じる。ふん。男が笑う。

「なら、やるべきことは一つだろう」

 彼女を殺してやれ。

 散歩が驚いたように男を見やる。

「十灯。あんた」

「望んでもいないのに生き返させられる苦痛は、お前がよく知ってるだろう」

 火を靴底で消し、煙草を参道に落とした。灰が石畳に散る。

「お前がやらないなら俺がやるだけだ」

 男が踵を返し、神社をあとにする。散歩は彼が見えなくなるまでその背中をずっと見つめていた。それから、あは、と乾いた笑い声を漏らす。

「わかってるわよ。そんなこと」

 彼女は自分の顔面を思いきり殴った。頬にヒビが入り、蛍光色の液体がわずかに流れる。瞳を閉じ、深く息を吸い込む。そしてふたたび開かれた彼女の眼は、澱みなく澄みきっていた。

「行ってくる。あんたはここにいて」

 ここには拳聖も未夕も入ってこれないから。社に背を向け彼女が地面を蹴る。

「ぼ」僕も行く。まだ聞きたいことが沢山あるんだ。参道へ身を乗り出した瞬間、散歩の向こう側で何かが光った。

 と思うと同時に、風を切る音が鳴る。

 腹部に熱を感じる。

 背後で激しい破砕音が響く。

 参道の先に影を捉え、彼女が眼を見張る。

 叫んだ。

「拳聖!」

 石畳の上に、口から舌を突き出した怪物の姿があった。その舌が――

――僕の腹部を貫いている。おそらく背後の社にまで達しているのだろう。

「まさか。魄が尽きたんだわ」 

 大きな影がゆっくりと動く。赤黒い頭が震える。舌が縮み、僕の腹から引き抜かれる。全身のちからが抜け、その場に倒れた。散歩が首を回し顔だけをこちらへ向ける。

「逃げて!」

 そう言われたものの全身にちからが入らず立ち上がることが出来ない。かろうじて腕を動かすのが精一杯だ。両足はぴくりともしない。

 怪物が拳を繰り出す。散歩がそれを左手で受け止めた。衝撃が全身を伝い、地面を砕く。

「流石にあんたもスタミナ切れみたいね」

 よく見ると怪物は以前より退色していた。蛍光色の液体も、わずかに垂れている程度だ。今度こそ、とどめよ。彼女が腕を構えようとした、

 瞬間、頭上から耳をつんざくような高音が降ってきた。散歩が地面を蹴りこちらへ跳躍する。岩のような巨体が落下し、さきほどまで彼女が立っていた石畳を砕いた。

 兎鷺だ。

「……未夕」

 社を背に、僕が倒れており、目の前に散歩がいる。彼女から少し離れた場所に兎鷺が着地し、その背後で怪物が舌を折り畳んでいる。

 社の向こうは高い垣根だ。

 逃げ道はない。

 ぞくり。

 胸のあたりに寒気を感じる。穴を開けられた腹部ではなく、胸の、心臓のあたりだ。中身をくり抜かれ、むなしい虚(うろ)を風が通り抜けるような寂しさ。

 知っている。どうしてかわからない。わからないが、僕はこの感覚を知っている。

 死だ。

 思考が鈍り、遠のき、寒いもむなしいも寂しいも全てがごちゃ混ぜになって渦を作りながら僕の細胞の一つ一つの灯りを順番に消していく、ゆっくりと確かに近づいてくる先の見えないこの現実が死だ。

 海の向こうからこの言葉が流れてやって来た時、僕らは死という概念の理解に苦しみ、その意味を当てた読みを見つけることが出来なかった。

 死とは。

 電話越しに聴いた莉瑠の、声にならない声。

 怪物へ変わっていく兎鷺の、暗黒の瞳。

「り」莉瑠……。

 僕の、最期の言葉。

 死(だれにもとどかな)い。

 怪物が僕めがけて舌を打ち出す。避けようがない。ああ。

終わった。僕の人生はどんなだったろう。莉瑠が死ぬまで僕は幸せだっただろうか。いやむしろ死んで彼女の大切さを知ってからの方が、心は満たされていたように感じる。綺麗なものか汚れたものかはわからないが、それはきっと幸せと呼べるものだった。死を悟った今だからわかる。莉瑠の死に苦しんでいた日々は幸せだった。僕は幸せだった。

「ふざけんな」 

 目の前で、湿った音と破裂音。霞んだ視界に何かが揺れる。ポニーテール。散歩だ。背中を、色のくすんだ舌が突き破っている。

 膝から崩れ落ちる。舌を引き抜かれ、そこから蛍光色の液体が噴き出す。舌打ち。腹を押さえるも、指の隙間からこぼれ落ちていく。彼女はふううう、とゆっくり息を吐き出した。もう、あれしかない、か。呟く。僕に向き直った。あんたが死んだら、莉瑠もみゆも、報われないんだよ。

「……」

「どうでもいいって顔してんじゃねえぞ」

 逃げるな。

「死ぬならもっとちゃんとした場所で死ね。莉瑠に会ってから死ね。それまでは生きろ」

 まだ届く。

 散歩が左手を差し出す。

 あの時、僕が掴むことのできなかった手。

 受話器から、こんなに近くから声が聞こえるのに、どれだけ足を動かしても、手を伸ばしても、君に届かない。走っているうちに涙が出てきて、もう終わりだって頭ではわかっていても、足は止まってくれなくて、僕は夜が明けるまで走り続けた。今この瞬間にも君の助けを求める手が目の前に差し出されるんじゃないかと思った。その時には既に、君は死んでいたのだろう。受話器からはもう君の声はしなくなっていたのに、それに気づかず走る自分を、やっぱり僕は許せない。でも。まだ届くのだとしたら――

――その手を掴みたい。

 

「あ」

 あっけなくもそれが最期の言葉となった。

 鈍い音とともにからだが四方へ吹き飛ぶ。

 目に映る光景には――朝陽に煌めく赤い飛沫、目を丸くさせた運転手、ホームに並んだ灰色スーツが一様に私を見つめている――それらが弧を描くように視界から消えて、最後には一面の青空になった。

 ああ、死ぬんだ。

 感覚でわかった。実感があった。私は死ぬ。線路と自分との間が温かいのはきっと血だろう。遠くできこえるサイレンはここへ向かう救急車だろうか。いや、それにしては早すぎるか……。

 ……じゃ私はここで死ぬんだ。心残りがないと言えば嘘になる。心残りもなく死んでいく人間などこの世に一人だっていないだろうけれど、その心残りに目を瞑って、自分の半生(今となっては人生そのものだが)を振り返ってみれば、それほど悪くはなかった気がする。

 もとよりこれまで、死んでいるような生き方をしてきたんだ……死んだところで、何かが変わるわけでもない。

 ともかく自分はこのまま死ぬらしい。という今の時点で、とっくに心臓は止まっていた。

 二○○一年六月九日午前九時。小さな駅の線路の上で、いともあっけなく、私は死んだ。

 これは一体何だ?

 散歩の記憶だろうか。彼女が頭の中に入ってくる。

 彼女は一度、死んでいた。そして、今のからだで蘇った。偽物の、人形のからだで。

――お兄ちゃん。

 莉瑠? 

――お兄ちゃん。

 間違いない。彼女だ。全身を撫でるように、体温が風に乗り肌を滑っていく。それが肺に入り、血液に溶け全身を巡る。

――お兄ちゃん。

 ああ、僕は今、莉瑠とひとつになっている! 彼女と解け合い、ひとつの塊となっているのだ。そこにわずかな隔たりも存在しない。

――お。

 その感覚は唐突に絶たれる。

あとには誰のものとも知れない冷たさだけが残されていた。空高くに昇る太陽から、声が浴びせられる。

『さあ、行こう』

 眼が開かれた。

目に映る世界の色に酔う。

 魂の還っていく大地の茶、そこから芽吹く木々の緑。鮮やかな生命の色だ。

『いい感じよ』

 脳内に声が響く。というより心に響いているような感覚だ。左胸のあたりに彼女の生命を感じる。いや、それだけじゃない。物理的な重みを感じる? 片手で触ってみる。柔らかいこの感触は――

「――えええ」

『どこ触ってんだぶっ殺すぞ』

 ごめんなさい。ってそうじゃなくて。これは一体どういうことだ。

 僕が、散歩のからだに入っている。 

『そう。一心同体ならぬ、二心同体』 

 このからだの魄に、あんたの魂を引き込んだのよ。

『まあわからなくてもいいわ。ただ、目の前のあいつらに集中して』

 兎鷺と怪物。彼らが警戒するようにこちらをじっと見ている。

『跳べ!』

 跳躍した。鳥居を軽々と越え、月を背にして、怪物を見下ろす。兎鷺が背中を膨らませ、こちらへ向かって飛翔する。

 僕の、いや僕らの、左脚が稲妻のように眩い光を放った。空中で一回転し、空気を蹴って、兎鷺に向けて突っ込む。

「散歩」

『いいの。覚悟はできてる』

 このまま蹴りを叩き込め! 

 脚から青白い火花が散る。バチバチと激しい音を立てながら空を駆ける。

「うおおおおおおおおおおおおおおおおああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」

『未夕うううううううううううううううああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!』

 大きな影が飛び出し、僕らと未夕の間に割って入った。

 もう一体の怪物だ。

『拳聖!』

 左脚が怪物の胸を貫いた。怪物の肉体を閃光が走り、膨大な熱量が侵す。それが中心に収束し、弾ける。

 その間際、怪物がわずかに、笑ったような気がした。

『あんたッ』

 熱が激しく全身を覆い、衝撃の波に襲われた。そのまま吹き飛び石畳へ叩きつけられる。怪物の破片が、ぱらぱらとあたりに降って散らばった。

 見上げる。そこにはもう怪物の姿はない。

 空にとり残された兎鷺が、雲に覆われ輪郭を失った月に照らされ、心が捻じ切れるほどの叫び声を上げた。 

 未夕の飛んでいった先が気になる。

魄を喰らいに墓場へ行ったか、旋回して再び僴間の元へ戻るつもりなのか。嫌な予感がする。もしも、もしも彼女が、これまでと反対の考えを思いついたら。

 彼を莉瑠のところへ連れて行くのではなく、莉瑠を彼のところへ連れて行くという考えに至ったのだとしたら。

 急がねばならない。

 研究所へ戻らなくては。

 莉瑠が待っている。


続く

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『マリオネ・テスタと空欄[K]』 著・亮月冠太朗 / 絵・市川正晶

担当編集:木村・阿部

編集・日本大学芸術学部文芸学科所属 出版サークルKMIT

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