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事前の相続対策では感情と勘定のバランスを取る

最近の大学病院の個室は、入院患者に配慮して設計されているのか、高級ワンルームマンションさながらの内装が施されている。

天井を眺めながら、秋山 忠司(あきやま ただし)は先日の今後のことを話し合った家族会議のことを思い返していた。

今年81歳になった忠司には、10歳年下の妻、佳子(よしこ)と3人の子供たちがいる。
今回の入院で、医者と妻の佳子のやり取りを始め、子供たちの振る舞いから、忠司は自分自身がそう長くはないことを悟っていた。

そのため、今後のこと、つまり相続のことを話し合おうと思い立ち、3人の子供たちに連絡を取り妻の佳子と共に病室に来てもらった。

そこで、切り出した相続の話が忠司が考えていたようには全く進まなかったのだ。

妻の佳子には実家と預貯金の半分を、長男の貴生(たかお)には区分マンションの1室を、次男の桂介(けいすけ)にはアパート一棟を、長女の志津香(しずか)には残りの預貯金を相続させようと考えている旨を伝えると、長男の貴生と長女の志津香は難色を示し、次男の桂介だけが納得したのだ。

長男の貴生から、“何故?そのような配分になったのか?”を問われたのだが、忠司は上手く答えることが出来なかった。

何故なら、忠司がこのような配分にしたのは、忠司の目から見て3人の経済状況を鑑みたことで、長男の貴生は自ら会社を経営しており、ITメディアの運営を始めとした最先端のIT技術を使ったいくつかの事業を手掛けていて、忠司の財産はそれほど必要としているとは見えなかったからだ。

また、長女の志津香の夫は不動産会社を経営していて、それなりの生活を送っているように見える。

しかし、次男の桂介だけは、若い頃に自ら起こしたアパレル会社がコロナウィルス感染症の影響で倒産の憂き目に会い、今は派遣社員として工場で働いてた。

育ち盛りの子供も2人いて、生活が苦しいとボヤいている。

そんな佳介にアパート一棟をあてがったのは、アパートからの家賃収入が年間で1000万円ほどあり、それだけあればもう少しマシな生活が送れると考えたからだ。

長男の貴生も長女の志津香も一般庶民の水準以上の暮らしをしているのだから、一人惨めな暮らしを送っている次男の桂介に財産の多くをあてがうことに特に異論は無いと踏んでいたが、その読みは大きくハズレてしまった。

忠司としては親心だったのだが、子供たちには単なる不公平にしか映らなかったようだ。

では、今回の相続はどのようにするのが相続人全員が納得する形になるのだろうか?




遺産分割が上手くいかない3つの理由

兄弟3人共にそれぞれ独立した家庭を築き、今回のケースは普段全くそれぞれがコミュニケーションを取っていませんでした。長男の貴生さんは次男の桂介さんの会社がコロナウィルス感染症の影響で倒産して派遣社員として水準以下の生活をしていることは知りませんでした。

というよりも、今年51歳の貴生さんが次男の桂介さんと顔を合わせたのは祖母の葬儀の時で、その前はまだ実家に居た高校生の頃です。

貴生さんは桂介さんの連絡先も知らないし、どこでどんな仕事をして暮らしているのか?全く知りませんでした。
次男の桂介さんも同じように貴生さんがどこでどんな仕事をして暮らしているのか?を知りません。
長女の志津香さんも貴生さんとも桂介さんとも全く連絡を取っておらず、2人が生きているのか死んでいるのかさえ知りませんでした。

それが今回、忠司さんに呼ばれて、病院に訪れたわけですが、病院の廊下で貴生さんと志津香さんがすれ違ってもお互いの事が分からないくらい、年月が経っていました。

そんな状況で、父親の忠司さんから財産の配分について話を聞かされて、あまりにも不公平な配分に納得がいかなかったわけです。

そもそも、今回のケースは遺産分割が上手くいかない3つの理由にドンピシャで当てはまってしまっています。

まず、忠司さんの財産の大部分が“不動産”だということ。

不動産というのは、分けにくく、価値判断が難しいといった点が遺産分割の時にスムーズに進まない要因になります。

また、これまで実家の財産がオープンになっていなかったことがあります。
忠司さんが家賃収入が年間で1000万円あるアパートを運営していることも子供たちは詳しくしりませんでした。

最後にこれが遺産分割が上手くいかない最たる原因といえるのですが、コミュニケーションが全く取れていなかったということです。

兄弟仲良く暮らしてきたような家庭からすれば、とても理解できないかも知れませんが、世の中には人間関係のトラブルをかかえている兄弟が少なくありません。

そして、血のつながった家族だからこそ、血みどろの争いに発展することも珍しくないのです。


家族の形も時代によって様々に

戦前は、戸主(家の長)の身分と財産を一人の人が受け継ぐ形の家督相続が一般的でした。そんな家督相続の制度が無くなって、平等相続になったことで、相続人全員が同じ立場で権利を主張出来る時代になったことから、自身の権利を主張する人も増えてきています。

その時代背景には、核家族化や兄弟間、家族間のコミュニケーションの希薄化なども追い打ちをかけており、長男だから、家の跡継ぎだからといった戦前の感覚はもはや通用しなくなっています。

しかしながら、まだまだ親世代はそういった価値観のままの人が少なくなく、この価値観のズレが相続のトラブルの原因になることが少なくありません。

今回のケースでは、忠司さんからすれば、次男の桂介さんに対して、“派遣社員として働いていて、生活が苦しいのは不憫だ”といったことから、次男の桂介さんだけに財産の多くを相続させようと考えて、それを当たり前のように家族全員の前で告げたことで他の家族から反発が出てしまったのです。

相続人の間で“差”がつくと人は納得し辛い


“ IT企業を経営しているから、お金には苦労していないだろうから、旦那さんが不動産会社を経営しているから、お金には苦労していないだろうから、長男の貴生も長女の志津香も次男の桂介に財産の多くを譲ることを快く受け入れてくれるだろう。それが兄弟というものだ。”

きっと、忠司さんはこのようなことを思い描いていたのではないかと思うのですが、このような発想が出てくるのは、忠司さんの中で、3人の姿は実家に居た頃のまま時間が止まってしまっているからだと考えられます。

兄弟3人がそれぞれ社会に出て、仕事をして家庭を持って、様々な経験を経ていく過程で人の価値観は大きく変わっていきます。

まして、3人とも全く連絡を取ることもなく、それぞれの仕事や状況など知らないままで、コミュニケーションが取れていなかったわけですから、なおさら父親の忠司さんから一人を優遇するような提案を出されれば納得出来るはずがありません。

よく相続の配分で揉めてしまうのは、相続人全員に公平に財産が振り分けられていないことが原因だから、“お金の問題”だと考えがちですが、それも多少はあるでしょうが、“差”をつけられていることに対する不公平感が原因のことが多いです。

相続トラブルで、裁判になる80%が財産5000万円以下の家庭で起きているといった統計も出ているように、金額の大小で揉めるのではなく、“差”がつくことで揉めているのです。


被相続人の意志を固めて、相続人に示すことが重要


相続対策や相続マニュアルの書籍を読んでいると、不動産はどのように分ければいいか?や金融財産に関するアドバイスなどが書かれていますが、そういった実務的な側面を考える前に、大前提に立ち返って考えてみることが大切です。

そもそも、相続というのは、忠司さんが81年の人生をかけて築き上げてきた財産を次世代、つまり子供たちの世代に引き継いでもらうことを指します。

では、忠司さんは引き継いでもらったその財産をどのように使って欲しいのでしょうか?
また、忠司さんが生きている間、忠司さんは何を望んでいるのでしょうか?

多くのケースでこの当たり前のことが抜け落ちていて、財産を渡すことと財産をもらうことばかりに意識が向き過ぎて、それがトラブルに発展しているように思います。

今回のケースでは忠司さんが、“どうして欲しいのか?”といった意志を明確に示すことが先です。

その上で、3人の子供たちがそれぞれ忠司さんの意志に対してどのように受け止めるのか?を伝えていくことで、相続に関する問題点が解決に向かっていくように思います。

■相続・不動産でお悩みの方の相談窓口

三茶萬相談:https://sanchay.jp/


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