とある戦場の隅っこで ―ショートショート―

お題「世界の中心でアイアイサー!」
(お題提供者 プランニングにゃろ さま)


 走る。僕は走る。

 この足を止めてしまったら、どれだけの人が傷つき、悲しむのだろう。逆に、止めなかったらどれだけの人が傷つき、悲しむのだろう。僕の二本の足はちっぽけで弱いけれど、でもこの足を動かさなければいけない。

 背後からは爆発音。痛くて、心臓まで揺さぶる。次いで悲鳴。叫び声。そこに善なんて見当たらない。飛び交う弾丸、転がる手足、とうに黒くなった血痕、うつろな目、砂埃、誰かを殺す誰か。視界の端に入り込むそれらから目を逸らして、誰かの泣き叫ぶ声にも聞こえないふりをして、ただ走る。走る。

 本当は、ここにいるべきじゃないんだ、僕は。弱虫で、臆病で、泣き言ばかり言って、言い訳がましくて、消極的で、誰よりも頼りなくて、でもいつまでもうじうじ逃げることすら決断できない僕なんか、もっと先に死んでいるはずだったんだ。

 でも中隊長は、「生きろ」、と言ってくれた。

 誰よりも温かだった中隊長が冷たくなってしまったのはそれから一時間後だった。流れ弾に当たって、かくもあっけなく死んでしまった。僕に「生きろ」なんて呪いをかけておいて、自分はぽっくりと、なんでもないような死に顔を晒すんだ。

 悔しい。

 中隊長が「偶然」僕の前に立たなければ、僕がその流れ弾で死んでいたことが、よりいっそう悔しい。僕はいつも二の足を踏んで、誰かの迷惑にしかならなかった。僕の僕という存在は、ついには人まで殺してしまった。

 だから僕は初めて、決断した。

 誰かの意思じゃない、自分の意思で僕は「逃げる」ことを決断した。

 走る。

 走る先に光なんて無くても。

 走る。

 それでどれだけ責められようとも。

 走る。

 僕の生き方を、誰も止められやしない。

「生きろ」

 中隊長の言葉を胸にしまい、僕は走る。


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#小説 #ショートショート

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