note Advent Calendar 2014.12.10

本作はならざきむつろさん企画「note Advent Calendar」の参加作です。
どうぞ他の方の作品と共に、お楽しみください。
12月9日はMa Deva Shaktiさんから
12月11日はかなとさんから
あなたにしあわせなクリスマスが来ますことを祈って。
( #Xmas2014 #企画 #童話 #小説 )


「つのなしのトルトル」

 クリスマスを2週間後に控えたこの日、サンタの国ではクリスマスムード一色です。

 しゃんしゃんしゃんと鳴るベルと、プレゼント製作の忙しい喜びの声、雪をぎゅっぎゅと踏む足音、走り回る子どもたち、ほふほふと笑う雪だるま。

 そんな雰囲気の中で、一匹のトナカイはしょんぼりした顔をしています。

「ああ……なんでボクだけ……」

 このトナカイの名前はトルトルと言います。トナカイ場の端っこで、彼は縮こまってしくしくと涙をこぼしていました。見てみると、彼には角がありません。たいそう立派な1本は頭に生えているのですが、しかしそれだけで、もう1本が見当たらないのです。

 トルトルの側へ、数匹のトナカイがやってきました。

「おいトルトル、お前の角は直ったか?」

 そう言ったのはトナカイのコロコロです。彼が言うと、周りのトナカイたちはくすくすと笑い声を上げました。

「ま、まだ直らないんだよ……」と、トルトルは答えました。

 そうです、トルトルはつい昨日、クリスマスムードにはしゃいでいますと、もみの木にぶつかって角を片方折ってしまったのでした。どれだけセロハンテープを巻いたとしても、角はぜんぜん直りません。トルトルは、とても悲しくなったのです。

「残念だなぁ、トルトル。これでお前はお留守番さ」

 コロコロは嫌みったらしく言いますと、トルトルに背を向け、仲間たちとどこかへ行きました。コロコロには立派な角が2本とも生えていました。それはトルトルとはまったくの正反対のように見えました。

 サンタの国にはたくさんのトナカイが住んでいます。ですから、みんなみんなサンタさんのソリを引くわけにはいかないのです。毎年、クリスマスが近づきますと、大きなもみの木の前でオーディションが開かれます。そこでサンタさんが自分のソリを引くトナカイを決めるのです。

 今年のオーディションは、もう明日です。

 しかしトルトルは、トナカイの命と言ってもよい角を折ってしまったのです。片方だけ角が生えているトルトルは、何とも不格好でした。こんな状態でオーディションになんて勝てるわけがありません。それを考えると、よりいっそうトルトルは悲しくなってしまいます。

 トルトルのそばには、トルトルの角が一本だけ落ちています。どうにかこれを元通りにできないか、トルトルは考えます。こんこんと降る雪は、トルトルの折れた角をどんどんと冷たくしていきました。

 いつまでも自分の角から離れることができないトルトルに、一匹のトナカイが話しかけてきました。

「やあトルトル、クリスマス前だってのに、ずいぶんと暗いんだね」

 太くたくましい声でした。その声だけで、トルトルは声の主がわかりました。トルトルは顔を上げると、やっぱりそこにはタクタクさんがいました。

 タクタクさんと言えば、何年も何年も、ずっとサンタさんのソリを引いている大ベテランです。まさかトルトルのことを知っているなんて、トルトルには信じられません。さっきまでの憂うつはどこ吹く風。トルトルは涙をふきふき、タクタクさんに言いました。

「タ、タクタクさん、どうしてここに……?」

 トナカイ場と言えば、サンタのソリを引くトナカイの学校のようなものです。ベテランであるタクタクさんはここへ来る必要なんてないのです。

「いやあね、じいさんに頼まれてな」とタクタクさんは言いました。じいさんというのはサンタさんのことでしょう。「オーディション前のトナカイたちに応援をね」

 オーディション。

 その言葉を聞くと、またトルトルは落ち込んでしまいました。

「トルトルはもう2歳なんだって? ということは今年からオーディションに出られるじゃないか。出るんだろう?」

 しかしトルトルは、何も答えようとしませんでした。

 なにしろ、トルトルには角が一本足りません。角が自慢のトナカイなのに、角なしトナカイだというのは格好悪いとトルトルは思っていました。それなのにタクタクさんはオーディションに出るのか、などと言います。トルトルはよりいっそうみじめになります。

「だって、ボク、角がありませんし……」

 と、小さな小さな声で言いました。

 タクタクさんは「ふんふん」と頷くだけで、何も答えません。だからトルトルは続けます。

「コロコロにだって馬鹿にされて、それにみんな立派な角を持ってるし、なのにボクだけヘンテコで……」

 またもやタクタクさんは「ふんふん」と言うのみでした。

「ボク、こんな角だったらぜったいにオーディションになんか勝てるわけないし、それにサンタさんにだって申し訳ないし……」

「ふんふん」

「こんな角でオーディションに出たらみんなに馬鹿にされるだけだし……」

 そしてトルトルは俯いて何も言えなくなってしまいました。あんなにはしゃがなければよかった、と角を折ってしまったときの自分を呪っています。

「それで――」とタクタクさん。「それで君は、どうするんだい?」

「えっ」

 どうするのか――。その言葉の意味がトルトルにはわかりません。

「君は角が折れているし、周りにはもっと立派な角を持ったトナカイだっているだろう。君の角を笑う者だっているに違いない。でもそれは、君がオーディションに出ない言い訳にはならないんじゃないか?」

 そこで言葉を句切ると、タクタクさんは背を向けました。あれほど憧れていた背中が、ずっと小さいように思いました。でも、大きいようにも思いました。

「クリスマスには、奇跡が起きるんだ。どんなハンディキャップを抱えていたって、クリスマスで一番大切なものを知っている者が、いつだってふさわしいんだよ」

 タクタクさんはその言葉を残して立ち去りました。後ろ足を引きずりながら、ゆっくりゆっくりと、タクタクさんは進んでいきました。トルトルはタクタクさんが見えなくなるまで、黙ってその背中を見つめていました。

 そして翌日、オーディション当日です。

 トルトルはもみの木広場へ着くと、コロコロたちを見つけました。コロコロたちはトルトルに気がつくと、ニヤニヤと笑いながら、近づいてきました。

「おいトルトル、さすがにその角でオーディションは勝てないと思うぜ?」

 コロコロの言葉に彼の仲間が噴き出しました。しかしトルトルは動じませんでした。コロコロは少しだけ、トルトルの変化に気づいたような顔をしました。

 そのときオーディション開始のベルが鳴りました。からんころんからんころん。オーディションに参加するトナカイたちはもみの木の前に集まります。トルトルの角を折った、あのもみの木です。

「エントリー番号1番、スナスナです。好きな食べ物はりんごです。……」

 オーディションが始まると、心臓が高鳴りました。息をするのが苦しいくらいです。まだかな、まだかな、とトルトルは、いても立ってもいられないような気分になりました。トルトルはどうやら16番目のようです。コロコロは14番でした。

 コロコロの番が終わると、もう心臓が壊れそうなくらいどくどくでした。でも、トルトルは逃げません。

「次、エントリー番号16番の方」

 トルトルは壇上に上がります。みんなの目が、トルトルの角に向けられます。こわくてこわくて死にそうです。小さな子どもが笑っていました。雪だるまが同情するような目をしていました。でもサンタさん、それにタクタクさんは、まっすぐとトルトルを見ていました。トルトルの言葉を、待っていました。

 トルトルは言います。

「エントリー番号16番。トルトルです」

 トルトルは大きく深呼吸して、それから自分の言葉を紡ぎました。


「ボクには角がありません。色んな人に笑われると思います……。トナカイとしてはださいかもしれないし、不格好です。でも、どんなに笑われてもいいって、思えるようになりました。だって、クリスマスに必要なものは、見栄じゃないから! えんとつから入って、全身まっ黒になるかもしれないし、雪でぐちゃぐちゃに濡れるかもしれない。それでも、笑顔で子どもたちにプレゼントを運ぶのが、ボクたちの役割だって思ったんです……」


 そしてトルトルは、にっこりと、引きつった笑みを見せました。


 ここ数日、トルトルはずっと落ち込んでいました。それは何より自分を責める思いからです。でも今日、トルトルはひさびさに笑いました。あくまでも作り笑いでしたが、今までの悩みが吹き飛んで、自分を肯定できるような気持になりました。自分の言葉に、だれよりも自分が励まされたような気がします。

 どこからか、拍手が起こりました。その拍手は別の拍手を引き起こして、それがまた別の拍手を起します。あちらこちらから起こる拍手は、気づいたらもみの木広場を覆っていました。

 トルトルは思わず泣いちゃいそうになるのをこらえて、いつまでもいつまでも顔に笑顔を浮かべていました。

 それから数日後、もみの木広場にはオーディションの結果が公開されていました。

 それを見るトルトルはどきどきです。

 さて、トルトルの結果はどうなったのでしょうか。それはクリスマスの夜になるまでわかりません。クリスマスの夜には星空を見てみてください。その空で、もしかしたら角の折れたトナカイさんが笑っているかもしれませんね。


(おわり)

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