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予測不能の時代

『予測不能の時代~データが明かす新たな生き方、企業、そして幸せ』矢野和男 2021年5月刊 草思社

コロナウイルス感染拡大による社会生活の変化に伴い、最近、よく耳にするようになった「ウェルビーイング(well-being)」なる言葉ですが、ウェルビーイングとは、個人またはグループが、身体的、精神的、社会的に「良好な状態」にあることを指す概念であり、幸福、幸せと捉えても間違いではないのでしょう。

本書は、日立製作所フェロー、工学博士でもある矢野和男氏が氏のウェルビーイングの研究にまつわる内容と考察をまとめたものとなっております。

氏の前著『データの見えざる手』ではビッグデータより、人の幸福度から運までを、定量化、計測し、法則の発見まで行う手法には驚嘆し、衝撃を受けたのですが、本書では最近、スマートフォンの普及により、さらにビッグデータの収集が容易になったことから、前著ほどの新しさはなかったものの、提示する理論の説得力が増しておりました。

幸せや運が定量化できるものなのかよ?と最初は疑いをもちながら、読み始めたのですが、記されていたデータの数々を見るにつけ、考えが変容していったことは今でも忘れられません。

著者は開発したウエラブルセンサと呼ばれ、人が身につけられるデバイスの存在により、今まで、1000万人以上の身体活動、位置情報、行動様式のデータ収集を行い、解析を行ってきたヒューマンビッグデータの世界的な研究者でもあるのです。

本書では研究の結果から、幸せな組織に共通する4つの特徴として、下記の「FINE」を挙げておりました。

・F(Flat)フラット=均等 人と人のつながりが特定お人に偏らず均等であること
・I(Improvised)インプロバイズド=即興的 5分から10分の短い会話が高頻度で行われていこと
・N(Non-verbal)ノンバーバル=非言語的 会話中に身体が同調してよく動くこと
・E(Equal)イコール=平等 発言権が平等であること

また、幸せはスキルであると論じ、幸せを高める能力として、「HERO」の重要性も説いておりました。

・H(Hope)ホープ 自ら進む道を見つける力
・E(Efficacy)エフィカシー 現実を受け止めて行動を起こす力
・R(Resilience)レジリエンス 困難に立ち向かう力
・O(Optimism)オプティニズム 前向きな物語を生み出す力

こうしてきくと、幸せを考える上で、ごくあたり前の特徴や能力と思えますが、膨大なデータや人の行動集積から導きだされたとなると、その重要性をあらためて問い直し、向き合わねばと考えました。

本書では著者がどの様なきっかけで、ビッグデータを解析し、ウェルビーイングの研究に携わるようになったのかも記されておりますが、その経緯は意外なものでもありました。

著者は勤めていた日立製作所において、20年間近く半導体の研究開発に携わり、電子メモリの室温動作に世界で初めて成功するなど、技術者としてもビジネスマンとしてもその分野を牽引し、充実感をもって仕事に取り組んでいたとのことでした。

しかし、日立製作所の半導体事業からの撤退が急遽、決まり、20年間、心血を注いできた分野のスキルや知見があっという間に無に還ってしまった経験から、大きな変化にどう立ち向かうかを考えるようになり、どのような変化が起きても揺らぐことのない対象を研究すべく、今度はディスプレイやハードディスク等の電子機器ではなく、「幸せ」そのものを研究対象に据え、「幸せ」のためのテクノロジー開発に着手し始めたそうです。

もともとは半導体の研究者だったわけですから、「幸せ」を対象に研究を始めた当初、「宗教をはじめたのか?」等、言われることも度々だったそうです。

本書の中で、事業部もなく、人もなく、実績もない、ないもの尽くしの状況からのスタートといっておりましたが、それから僅かな期間で実績と成果を積み上げていった筆者の手法と考え方は非常に学ぶところが多いものでした。

詳しくは本書にて確認いただければとおもうのですが、著者は自身の取った手法を「実験と学習のサイクル」と呼んでおりました。

まず、1カ月くらいで短期に実行が出来、結果が具体的に見られる小さなプロジェクトを設定し、その結果が出た時に、次にやるべきことを考えるという従来、多くの企業や研究機関で取り入れられている「PDCA」や「業務の平準化」とは大きく異なるまさにいきあたりばったりの手法でした。

先行きの見えない状況、変化の多い環境ではこの「実験と学習のサイクル」の活用は非常に有効だったようで、最終的にはこの研究、無意識の身体運動から幸福感を定量化する技術を開発し、事業化、法人化にまで至ります。

本書、他にも現在、世界中でますます拡がる格差の本質についても言及しており、ピケティ(21世紀の資本論)、スティグリッツ(世界の99%を貧困にする経済)とはまた別の切り口で格差社会の本質が語られておりました。

著者曰く、格差という経済・社会現象の根源を考えると、そこには宇宙や物質の根源の理解に不可欠な物理学の理解が必須であり、経済学にこそ、物理学の知識が必須であるとしています。

格差は量子効果(質量や電荷、エネルギー等の効果が連続的でなく、ランダムに現れる現象)によるものだと説き、さらには物理学だけでなく、統計学や確率論、の分野も取り払い、分野の垣根を超え、統合してことにあたっていかねばならないと述べていました。

巻末には易(古代中国より伝わる森羅万象の変化法則)の先鋭性や武道への感動が語られており、自分の好むものと通じるところもあり、ちょっと嬉しかったです。

未知への対応力が退化してきた現代、多くの人にとって、有用な視点が本書唖、散りばめられております。前著、『データの見えざる手』も大変お勧めです!

「幸せとは状態でない。幸せとは行為である」ジョン・ルイス(米・公民権運動活動家)






人の世に熱あれ、人間(じんかん)に光りあれ。