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令和6年8月読書②


『怪物に出会った日―井上尚弥と闘うということ』 森合正範 (講談社)

井上尚弥と戦った過去の対戦相手への取材を通じて、プロボクサー、井上尚弥の姿に迫るスポーツ・ノンフィクション。
井上尚弥の凄さ、強さは今さら語るまでもないが、かつての対戦相手たちの人間的な魅力も存分に記されており、胸の熱くなる場面がたびたびあった。
しかし、井上尚弥の強さの根源とは何なのであろうか。
本書でもその謎は明かされることなく、不明のままであったが、井上尚弥の父であり、トレーナーでもある井上真吾が語っていた「ボクサーの強い弱いは突き詰めればハートの問題」 この言葉に集約されるのではないかと、自分は思うのだった。
本書からも、様々な選手の試合に至るまでの、心境の変化、心の揺れが描かれていたのだが、他の選手と比較し、井上尚弥にはこの心のブレが圧倒的に少ないのではないかと、推し量った。
言い古された言葉ではあるが、「己に克つ」ことという事の難しさを改めて考えさせられた。

第一章 「怪物」前夜(佐野友樹)
第二章 日本ライトフライ級王座戦(田口良一)
第三章 世界への挑戦(アドリアン・エルナンデス)
第四章 伝説の始まり(オマール・ナルバエス)
第五章 進化し続ける怪物(黒田雅之)
第六章 一年ぶりの復帰戦(ワルリト・パレナス)
第七章 プロ十戦目、十二ラウンドの攻防(ダビド・カルモナ)
第八章 日本人同士の新旧世界王者対決(河野公平)
第九章 ラスベガス初上陸(ジェイソン・モロニー)
第十章 WBSS優勝とPFP一位(ノニト・ドネア)
第十一章 怪物が生んだもの(ナルバエス・ジュニア)


『人生やならなくていいリスト』 四角大輔 (講談社)

レコード会社プロデューサー時代に、Superflyや綾香、CHEMISTRY、平井堅を発掘し、10回のミリオンヒットを記録した著者のやならなくていいことの40選。仕事論、人生論。

最も印象に残った部分はチャプター33・34の章。

時代を越えて歌い継がれている名曲を生み出したアーティストに著者が会う度に「この曲はどうやって生まれてきたのか」という質問をし続けたところ、驚くべきことに、ほとんどの人が「ある特定のひとりの為に作った」と答えてということだった。

また、もう一つ共通する点があり、「あっという間にできた」「大きな力によって書かされた気がした」「自分の所有物である感覚がない」「たまたま自分という媒介を通して生まれただけ」という証言が寄せられ、作為がなく、計算がはいっていないということだ。

ものづくり、人に何かを伝えてゆく上での大きなヒントとなった。


『近視は病気です』 窪田良 (東洋経済新報社)

医師であり、製薬会社CEOでもある著者が近視治療と近視の持つ失明リスクを防ぐための先端治療を解説していた。
結局、近視を治すことはできないのだが、目を酷使する現代社会においては、これ以上悪くならないように、注意してゆくしかないのだろう。
視力が0.1に満たなくなってしまい、大分立つが、失明のリスクを認識し、眼科への定期健診には行こうと思った。

第1章 近視は病気です―「見えづらい」では済まされない

第2章 子どものスマホリスク!?―日本人は「目」を知らなすぎる

第3章 近視は「治療」する時代へ―「外遊び」に効果がある!?

第4章 意外に知らない「目の病気」―近視で発症リスクが増える

第5章 日本の常識は世界の非常識?―目薬、サプリから眼筋ほぐしまで

第6章 本当に「目に良い」選択とは―コンタクト、ICLは大丈夫?



『売れるコピーライティング単語帖』 神田昌典 衣田順一 (ソフトバンククリエイティブ)

サブタイトルには「探しているフレーズが必ず見つかる言葉のアイデア2400」とあり、下記6項目に分類されたフレーズが単語帖の如く、用例と共に記載されていた。

Problem―問題提起する表現

Empathy―読み手に寄り添い共感する表現

Solution―解決策を提示する表現

Offer―提案する表現

Narrow―相手を選ぶ表現

Action―行動を促す表現

本書、人を動かす文章の不変ルール、「PESONAの法則」なるものの解説もあったのだが、大変、学びとなった。

それにしても、本書にて紹介されていたフレーズであるあ、日常のあらゆるところで、使用され、セールスの誘引となっていることを実感し、あらためて言葉の持つ力を思い知った。

妻の実家に家族で帰省中、電車の中で、メモを取りながら、読んでいたのが娘の興味をひいたのか、私にもあとで読ませてといってきた。読了後、渡したところ、「面白かった!」と言っていた。


『努力は天才に勝る!』 井上真吾 (講談社)

『怪物に出会った日―井上尚弥と闘うということ』を読んでから、井上尚弥の強さの秘密に迫りたく、井上尚弥の父親であり、トレーナーでもある井上真吾氏の著書があることを知り、早速、入手。

いやー、面白かった!

そして、井上選手の強さの源に触れることができ、納得だった。

著者は、中学卒業後、塗装業の世界に入り、ヤンチャな10代を経て、20歳での結婚を機に独立。塗装会社の経営者としての経歴をもち、プロボクサーとしての経験はなく、仕事の合間にボクシングジムに通う程度だったという。

ただ、仕事で忙しいさなかも、ボクシングが好きで、自宅でシャドーボクシングの練習を行っていたところ、当時、小学1年生であった井上尚弥から「僕も父さんと一緒にボクシングをやりたい」の一言を聞き、指導者の道を歩み始めたという。

著者近影の写真からは、暴力団関係者を思わせる鋭い目つきと強面のルックスで、誤解を受けることも多々あるであろうことがしのばれたが、文章の端々から、非常に進取の気性に富んだ勉強家で、クレバーな人物であることが感じ取れた。

井上尚弥が「僕のボクシングは七割がお父さんの理論、残り三割が僕の感覚で成り立っている」と公言しているのも得心した。

そして、なにより、真吾氏、子どもへの接し方、教え方、人の伸ばし方を心得ていて、子育て、教育書としても十分に堪能できた。

また、20代の時より、塗装会社を創業し、苦労してきただけのこともあり、ビジネス書としての側面も本書にはあった。

しかし、井上尚弥の強さの根源は、著者である父親だけではなく、著者の妻であり、尚弥の母である井上美穂さん、長女の晴香さん、同じくプロボクサーである次男の拓真を含めた井上家全体が生み出していることも本書を通じて知ることができた。本書、母親の美穂さんや弟、拓真へのインタビューも収められており、家族全員でサポートし、戦っていることがよくわかった。

『怪物に出会った日―井上尚弥と闘うということ』を読んで以来、井上尚弥の強さの根源は「心の強さ」にあると思っていたのだが、その心の強さを作っているのが家族との絆であり、愛情であったことを知れたのは本書からの一番の収穫であった。

自分の生家は、母親が家を出て行ってから、家族で一緒に何かをするということもなく、家族の良さをしみじみと感じることは殆どなかったが、自分自身、家庭をもち、心から家族っていいなと思えるようになった。

著者も片親で育ち、あまり恵まれた生い立ちではなかったと語られていたが、だからこそ、笑い合い、支え合える家庭を築いていきたいと結婚した時に強く願ったという言葉には心底、共感した。

本書のタイトル「努力は天才に勝る」とあるが、この言葉は井上尚弥よりも、父親である井上真吾氏に相応しいと思った。

【目次】

第1章 決戦前夜

第2章 生活のなかに自然とボクシングが組み込まれている

第3章 基礎が大事。近道はない

第4章 ベストを尽くせるように環境を整えるのが親の役割

第5章 どんな挑戦も受けて立つ。わくわくする相手とやりたい

井上尚弥、拓真兄弟対談(ときどきお父さん)

目の前のことにただただ必死になっていた──井上美穂


『もしも徳川家康が総理大臣になったら』 眞邊明人 (サンマーク出版)

人工知能としてよみがえった歴史上の人物たちがコロナ禍の日本の舵取りを任され、感染対策から経済政策、外交にわたり、活躍するエンタメビジネス小説。

1年以上前に購入し、娘に先に読まれ、積読したままであったが、映画化とまもなく到来する自民党総裁に刺激され、ページをめくる。

フィクションとわかっていながらも、小説の中の徳川内閣の政治家と現代の政治家たちとの違いには嘆息するしかなかった。

なにより自分の発した言葉に対する重みが大きく異なる。本書の中で、家康が感じたことが、次にように記されていた。

「家康が感じたのは、政治に関わる者たちのどうしようもない軽さであった。戦国の世を生き抜いた家康にとって、トップの意思決定は限りなく重いものであった。意思決定者から一度出た言葉は、瞬く間に現実になる。その結果、場合によっては何千、何万という命が消えてなくなることもある。だからこそ、意思決定者は自分の判断に対してギリギリまで考え抜く。それは天才的な閃きを持つ信長もそうであったし、口数の多い表現豊かな秀吉であっても、できないことを軽々しく口にすることはなかった。口にだしたら何があってもやり切るのだ。しかし、現代の政治家たちは思いつきのような言葉を吐き、それを平気で反故にする」

最近では、小池百合子の「7つのゼロ」の公約、岸田首相の「新しい資本主義」等、耳触りのよい言葉が虚しく響く。

ただ、現代の政治家よりも最もタチが悪く、手に負えないのがその政治家たちを選んでいる、そして、最近では選ぶことすら諦め、放棄している怠惰で卑怯な我々、国民でもあるのだ。

このままいけば、次回の自民党総裁選では、小泉進次郎が選ばれるであろうと予測している。

しかし、首相が変わろうが、与党が変わろうが、その国に暮らす人々が変わらなければ、国を変えることはできない。

そんなこと思った。

以下、徳川内閣組閣一覧。

徳川家康(総理大臣)
坂本龍馬(内閣官房長官)
織田信長(経済産業大臣)
豊臣秀吉(財務大臣)
徳川綱吉(厚生労働大臣)
徳川吉宗(農林水産大臣)
足利義満(外務大臣)
北条政子(総務大臣)
藤原頼長(法務大臣)
北条時宗(防衛大)
菅原道真(文部科学大臣)
楠木正成(領土問題担当大臣)
平賀源内(IT担当大臣)
大久保利通(経済産業副大臣)
石田三成(財務副大臣)
緒方洪庵(厚生労働副大臣)
江藤新平(法務副大臣)
福沢諭吉(文部科学副大臣)


『力石徹のモデルになった男』 森合正範 (東京新聞)

この前読んだ『怪物に出会った日―井上尚弥と闘うということ』が滅法、面白かったので、その著者のプロフィールを見ると、本書を書いていたことが分かり、早速、入手。

いわずもがな、力石徹は傑作ボクシング漫画「あしたのジョー」の主人公、矢吹丈の最大のライバル。ジョーとの試合後、亡くなった力石に対して、作家の寺山修司が中心となり、実際に葬儀まで行われ、たくさんの参列者が弔問に訪れたというエピソードはあまりにも有名だ。

そして、その力石のモデルとなった男がいたことはついぞ、知らなかったが、モデルとなった空手家、山崎照朝の写真を見て、大いに納得した。

本書、天才空手家と呼ばれ、極真空手の第一回全日本大会の王者でもあった山崎照朝の半生を追った人物伝。

ボクサーではなかったが、その強さは別格で、極真空手創始者、マス大山こと大山倍達、「あしたのジョー」の原作者である梶原一騎に一目も二目も置かれていたという。

無欲恬淡とした武道家であり、空手を飯の種にはしないと、選手引退後は新聞社で記者として働き、空手の指導を頼まれても謝礼は受け取らず、空手界の権力争いとは無縁であったという。

ちょうど、梶原一騎の「空手バカ一代」を読み、空手熱に浮かされていた自分が10代の頃、「空手バカ一代」の主人公でもあった大山倍達が亡くなり、世界最大の空手団体でもあった極真空手が分裂し、お家騒動が勃発していた。

極真空手の後継者の座を巡り、元・名選手でもあり、道場主となっていた各支部の長たちの血みどろの権力闘争の醜聞が世間を賑わせているときでもあった。

当時の自分は、山崎照朝と極真の竜虎と並び称され、既に極真を離れ、一派をなしていた添野義二先生の士道館という道場に通っていたこともあり、極真空手が一枚岩ではないことは知っていた。

大山倍達の実子はみな、女性で男性がいなかったことが、団体分裂の大きな要因であったことはよく知られる話であるが、本書には、大山倍達の遺族である大山智弥子さんと娘のグレース恵喜さんが団体の今後に関する記者会見時の発言が記されており、驚愕し、そして、涙した。

なお、この記者会見の取材に、山崎は東京中日スポーツの記者として、同行していたとのことだった。

(以下、本文より)

1995年4月13日。大山の妻・智弥子、次女・グレース恵喜が記者会見に臨んだ。山崎は東京中日スポーツの記者として、会見場で取材にあたり、じっと耳を傾けていた。智弥子とグレースが次々と記者の質問に答えていき、後継者の話題に移った。グレースは思いの丈を込めていく。

「もうこのままでは極真会館はどうなるかわからないし、松井さんのやり方では逆に消されていくような気がいっぱいすることがあったもので、遺族としてはこの人の方が大山倍達の精神を伝えてくれると思う方がいらっしゃいます(中略)遺族として、少なくとも私とか妹の理想の方がいるんですけれど、その方は残念なことに極真会を去ってしまったんです」
一呼吸を置いて続けた。
「でも、その方が今ここにいらしている。断るのは分かっているんですけど、その方は山崎照朝さんなんです」
山崎は耳を疑った。冗談じゃない。すぐに記者会見場から立ち去った。地位や名誉には興味がない。お家騒動には巻き込まれたくない。
大山の三女・喜久子がグレースの心中を察する。
「お姉ちゃんがいきなり言ったみたい。母も誰も知らなかった。私は会見にいなかったから後から聞いたんです。でも姉は山崎さんに決めていた。父の苦労した時代も極真がメジャーになったときも知っている。それに一般社会に出ていて、社会常識もある。母も姉もいつも『山崎さん』と言っていましたからね」

本書、山崎の生い立ちから、試合遍歴、稽古内容、武勇伝、天才空手家のエピソードには事欠かなかったが、もっとも自分の忘れ難いエピソードが先述のものであった。

極真を離れ、十数年経ったにもかかわらず、関係者からこのように思われる男の魅力とはいかばかりか。

「あしたのジョー」「空手バカ一代」を久しぶりに読み返してみようと思っった。

目次

第1章 力石徹はおまえだ

第2章 大山倍達と石橋雅史

第3章 「戦国キック」参戦

第4章 第1回全日本選手権の衝撃

第5章 梶原兄弟との決別

第6章 クラッシュ・ギャルズ

第7章 空手道おとこ道

Interview 「極真の竜」、語る









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