若竹荘
初めて借りた部屋に毎日、遊びに来てくれる友達がいた。
昭和に建てられた家賃2万円のアパートのその部屋は、都内では格安の部類に入るであろうが、もちろん、バスもトイレもなく、玄関も共用であった。
借りた部屋はアパートの2階に位置していたのだが、友達はいつも玄関からではなく、2階の窓から突然、ふらっと入ってくるのだ。
夏の頃、窓を開けっぱなしにしてしていたら、まだ、自分が寝ている時に窓から勝手に入ってきて、自分のお腹の上に乗っかられた時には驚いた。
そう、友達は近所に住む野良猫だったのだ。
隣家の屋根づたいに我が部屋の前を通るのが日課のようで、餌をあげていたら、いつのまにか寄り付くようになっていた。
そして、いつの頃だろうか、いつの間にか訪れなくなっていた・・・
数年、そのアパートで暮らした後、風呂もトイレもあるマンションへと移り住んだ。
今度の部屋はマンションの最上階にあり、当然、遊びに来る友達は人間に限られた。
あれから、20年近く経つが、あの時の猫はもうこの世にはいないだろう。
そして、あのアパートも。
自分が住んでいた時もかなり老朽化が激しく、壁の隙間からはネズミたちがよく顔を出していたものだった。
休日、住んでいたそのあたりを訪れてみると、予想に反して、変わらぬ「若竹荘」の表札がかかった木造アパートがそこにはあった。
そして、アパートの屋根では別の猫が気持ちよさそうに昼寝をしていた。
人の世に熱あれ、人間(じんかん)に光りあれ。