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『国家の尊厳』

『国家の尊厳』先崎 彰容 2021年5月刊 新潮社

著者は日本大学危機管理学部の先崎彰容教授です。 

この危機管理学部は自然災害、テロリズム、事故、個人と企業間で起きる問題、国家レベルの危機対策など、管理手法を研究する学部として2016年に日大に新規開設された学部です。

本書は一連のコロナ騒動の最中、安倍政権から菅政権への移行期に記され、両政権の特色、国家観についても言及されており、ここ数年の日本の政局を振り返る上でも有用な書でもありました。

また右左の思想に偏らず、事実に基づき、極めて公平な姿勢で記されてた本書、大変、好感をもてる内容でもありました。

世界中でグローバリズムが浸透し、覇権国家・中国の台頭、そして、アメリカの衰退と混乱が進む中、新たな国家観を持つことの必要性が本書では説かれております。

そして、現代の日本は東日本大震災、コロナウイルス感染拡大以上の危機にさらされていると改めて、感じた次第です。

著者は戦後日本のアイデンティティーを政治では「自由と民主主義」、経済では「成長主義」、私的レベルでは「個人主義」を挙げておりましたが、この戦後的価値観の瓦解が今回のコロナ騒動を通じて露わになったとしています。

その自己同一性解体の背景が三島由紀夫をはじめ、ルソー、ハンナ・アーレント、ベンヤミン、カール・シュミット等の思想家、哲学者の論を交え、記され、最終章にて著者の提唱する国家観、令和日本のデザインが提示されておりました。

以下本書の目次となりますが、著者と同世代ということもあり、同時代を生きてきた者として、頷けること多々でした。

序 章 アイデンティティーがゆらぐ日本
第一章 コロナ禍で対立した「二つの自由」
第二章 私たちは世界に素手で触れたい」
第三章 空っぽなポピュリズム大国アメリカ
第四章 戦後民主主義の限界と象徴天皇
第五章  自助・共助・公助とはなにか
第六章  社会から正当な評価を受けたい
終 章  国家の尊厳
ふるさとの尊厳――少し長いあとがき

本書の中で特に印象に残ったのは、東日本大震災時の地方社会に暮らす著者の妹夫婦のエピソードでした。

妹夫婦には地元でガソリンスタンドを経営している古くからの友人がいたそうですが、郊外に量販店ができてからというもの、ガソリンも灯油も安価な量販店に顧客を奪われ、売り上げが減少したとのことでした。

妹夫婦は友人ということもあり、多少は高くても友人の店で給油をしていたことから、震災直後、量販店からあっという間にガソリンがなくなった際も、ガソリンを備蓄していた友人のお店から優先的に購入することができたそうです。

量販店は経済合理性と効率性を重視し、倉庫に在庫を抱えないことより、安価を実現していたのですが、地元経営のガソリンスタンドには在庫の備蓄があり、震災直後、普段、量販店を利用していた人々もそのガソリンスタンドに詰めかけたというのです。

そして、普段から利用していた妹夫婦のような馴染み客に対して、優先し販売するガソリン代に対し、不公平だと、怒号を浴びせ、罵倒したとのことでした。

この光景はまさに戦後日本の象徴的なシーンといえるのではないでしょうか。

日頃の人間関係を顧みず、経済合理性を第一とした個人主義で暮らす人々と経済合理性を越えた縁故主義に基づき暮らす人々の差異がはっきりと映しだされておりました。

自己の利益を第一とする合理的な個人的な生き方は平時であれば、うまく機能するかもしれませんが、非常時や危機的状況では通用しにくい、極めて脆弱な社会構造であるということが自明となったのです。

もちろん、近所の助け合いレベルでは根本的な問題は解決できませんが、この互助的な社会構造は今一度、見直されてしかるべきなのではないでしょうか。

そういった点を踏まえ、「効率性と個人主義の徹底」を目指した菅政権に著者は警鐘を鳴らしておりました。

翻って、現在の岸田政権の目指しているものはどのようなものなのでしょうか。

現在のところ、一定の支持率を保っているそうですが、政策、方向性にしても一貫せず、この支持率は不思議でなりません。

本日、参院選投票日に本レビューを記しておりますが、今後、予想される国家的危機に対応し得る政党、政治家に一票を投じたいものです。

しかし、本書のタイトルである「国家の尊厳」の尊厳という言葉、最後までしっくりくることが出来ませんでした。

これは自省するに「尊厳」という言葉から、縁遠い生活を重ね、恥多き人生をこしてきたこともあるのでしょう。

また、最近のコロナ騒動を通じ、ワクチンに群がり、家畜の如く生きる人々を見るにつけ、尊厳を持って生きることが極めて困難なように思えてきてしまうのです。

ただ、尊厳とはいわずとも、すくなくとも人として、日本人としての誇りはもって生きていきたいと願っております。

誇り高く生きることは美しく生きることと同義であると考えます。

では、美しく生きるとはどう生きることなのでしょうか。

そのことを今後も問いながら、生きていこうと思います。

「日本人であることを卑下するより、誇りに思い、未来を切り拓くために汗を流すべきではないだろうか」安倍晋三









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