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だんぶりの湯

無性に旅行に行きたかった。
3月に3泊4日で箱根・伊豆・鎌倉に行って以降、2度の旅行計画が頓挫してしまった。日帰りで近場に出かけてみたが気持ちはおさまらなかった。
普段の旅行計画は行きたいところ、目的地があってそこに行くための宿泊という順序になるが、今回は泊りがけで出かけたいという動機なので宿泊施設を探すことから始めた。この手順での旅行計画は昨年3月以来2度目となる。そのときはこの手法で見つけた宿が大当たりだった。
インターネットで「泊まってよかった温泉宿」と検索する。じゃらん・楽天・るるぶ・JTBなどいくつものサイトがヒットする。いつも宿泊の予約に使う楽天トラベルを選択する。隣県という条件を加えて絞り込む。「温泉(入浴施設)が良い」「食事が良い」「絶景の宿」それぞれのランキングのトップ10が表示される。
注)この検索結果は、2023年5月時点のものです。現在は表示内容もランキング変わっています。
「温泉(入浴施設)が良い」に表示された宿の基本情報を確認する。チェック項目として大浴場の設備、露天風呂の有無。食事のスタイルはバイキングか個室食か部屋食か。レイトチェックアウトのサービスは、部屋のタイプは和室か洋室か。なにより、温泉の効能として「腰痛」があるかどうか。
 こうして自分の思い描いていた条件にピッタリとフィットする宿を見つけた。
岩手県八幡平市の「安比八幡平の食の宿 四季館 彩冬」。
公式のホームページからこの宿のコンセプトを引用する。
自然と人間と物語が
    共生する場所。
日常と物語の世界を行き来できる場所。
イーハトーヴォの森の小さな山荘へようこそ。
この山荘にはかつて民宿の頃より受け継がれてきた
“三つのおもてなしの流儀”がございます。

一、郷土の大地と自然が育んだ命に感謝し、贅を尽くした晩餐でおもてなしすること
二、八幡平の豊かな四季と風土に調和した、唯一無二のくつろぎ空間をこしらえること
三、自然と共生する田舎の文化を尊重し、素朴ながら手間ひまかけたおもてなしをすること
自然と人間と物語が共生する場所、イーハトーヴォの森の山荘へ。
どうぞ大切なお連れさまとご一緒に、羽を伸ばしにお越しくださいませ。
特別な記念日の旅には、ささやかな贈り物をご用意して、お待ちしております。
夜は贅を尽くした晩餐。
朝は素朴な田舎ビュッフェ。
野菜は地元の季節野菜と、彩冬農園で育った減農薬野菜。鮮魚は市場より毎朝届く一級品。肉は郷土の自然で育った命をいただきます。温かい料理は出来立てを、冷たいものは器までしっとり冷やしてお持ちします。朝は素朴ですが滋養溢れる田舎料理をどうぞ。
レトロな和の山荘で過ごす高原の休日。
風にたなびく藍染めの暖簾。香が立ち上る吹抜けのロビー。クラシカルモダンな寛ぎ処に、大人の嗜みのためのシガールーム。夕暮れ時には水辺のラウンジにはキャンドルが灯り、露天風呂から見上げる森も幻想的にライトアップされていきます。客室は間取りやしつらえが全て異なる6タイプ全18室。旅のスタイルにあわせて、お好みの客室をお選びください。
(ここまで引用です)
 宿の予約をする。人気の宿のようだ。空きのある日は6月20日火曜日だけだった。仕事をしているわけではないので日程は自由になる。迷うことなく予約した。
この時点で少しだけ気になることがあった。温泉と言えば○○温泉××の湯や○○温泉△△旅館(ホテル)の様なネーミングが一般的だと思っていた。ところがセレクトした宿には○○温泉にあたる部分がない。美肌の湯「だんぶりの湯」というワードがホームページにあった。一軒宿で周辺に他の温泉宿はなく、温泉街もないのでこのネーミングなのかもしれない。それにしても「だんぶり」とは?ネットで調べれば答えはすぐにわかりそうだが、実際に宿泊して、温泉に入って解答を導き出すことにした。
6月20日天候には恵まれた。朝9時に自宅を出発した。せっかくのお出掛けなので道中も楽しむつもりだ。
方向と時間を考え盛岡市内の観光施設をピックアップしていた。「岩手銀行赤レンガ館」と「盛岡城址」「櫻山神社」が最有力だった。ところが、「岩手銀行赤レンガ館」は火曜日が休館日だった。これに気づいたのが出発の直前だった。急遽見つけたかわりの見学場所は、藩政時代の南部家のお薬園で現在は庭園として整備されている盛岡中央公民館。「バラ園でバラが見頃」というワードが引っ掛かった「高松公園」。市街地の中心部にある「盛岡城址」と「櫻山神社」は混雑を懸念して今回の対象から除外した。
東北自動車道を北上する。途中、最高速度120㎞区間がある。比較的交通量が少なく、アップダウンやカーブが少ない。勿論トンネルもない。気持ちよく走れる。
二度の休憩をはさんで174.5キロメートル11時40分に盛岡インターチェンジで高速を下りる。少し時間が早いが、盛岡三大麺のひとつ、冷麺が有名な「ぴょんぴょん舎」で昼食をとる。

「盛岡中央公民館」180.0キロメートル。12時40分~13時09分。

「高松公園」184.1キロメートル。13時22分~14時11分。

ナビゲーションシステムの指示通り、高速を使わず一般道で宿に向かう。231.3キロメートル。15時15分「安比八幡平の食の宿 四季館 彩冬」到着。

早々に浴衣に着替えて大浴場に向かう。
 再びホームページから引用します。
森羅万象を肌で感じる森林浴。
ライトアップされた森を眺めるヒバ造りの露天風呂が2つ。無垢材で包まれた内湯が4つ。さらに完全予約制の「貸切り露天風呂」が1つ。全ての湯船には、美肌の湯と称される「ナトリウム・カルシウム-硫酸塩・塩化物温泉(低張性弱アルカリ性温泉)」が注ぎ込まれています。館内には自由に利用できる「足湯」もあり。1日1回暖簾交換を行なうため、1泊で全ての湯船をご堪能いただけます。
効能:関節リウマチ/変形性関節症/腰痛症/神経痛/五十肩/冷え性/抹消循環障害/胃腸機能の低下/自律神経不安定症/疲労回復/健康増進
浴衣に着替えて七つの湯巡りへ。湯船のしつらえだけでなく、お湯の温度が暑め、温めと細かい心配りで、身体も心も温まります。
(ここまで引用しました)
 浴室の扉を開く。心地よい木の香がしてくる。一歩足を踏み入れて内の様子を見渡す。時間が早かったからか内湯には誰もいなかった。貸し切り状態。照明はやや照度が落とされているが、隅々まで清潔に保たれている様子がわかる。浴槽だけではなく、床も壁も浴室全体に木材がふんだんに使われている。椅子や湯おけも木製だ。10人ほどが入れそうな大きな浴槽が二つ。どちらも無垢の木材でできているようだ。お湯は謳い文句通り一方が「暑め」もう一方は「温め」と案内されている。
洗い場が何ヶ所かに分散されているので、混雑時でも使い勝手がよさそうだ。
 露天風呂に行ってみる。こちらには2人の先客がいたが、陶器製の丸型の湯船が二つと木製の寝湯があったので、1人がひとつづつ使える。言葉は交わさなかったが、順番に入れ替わって三つとも入れた。
*浴室内の写真は公式ホームページの写真をスクリーンショットで転写したものです。

夕食が終わる頃に暖簾交換が行われ、男女が入れ替わる。食後にもう一度は入りに来れば、違った趣の浴場が味わえるハズだ。
 夕食まで時間があるので、館内のおもてなしスペースを散策。「だんぶり茶屋」で外の風に当りながら味わった甘酒が美味しかった。
計画倒れに終わった2度の旅行計画、実現していれば6泊する予定だった。6泊分を1泊につぎ込んだわけじゃないけど、今回はプチ贅沢で露天風呂付きの部屋をセレクトしている。貸切り露天風呂に入らなくても七つの湯を制覇できる。夕食前に部屋の露天風呂に入る。写真に写っている障子を開くと部屋専用の和庭園が広がっている。その向こう側に高さ2メートル程の塀があり目隠しされている。塀の上から外に生い茂っている樹木が見える。浴槽は室内で天井がある。厳密には露天風呂ではなく半露天風呂。陶器製の浴槽の底には玉砂利が敷き詰められている。意味合いはわからなかったがお尻をつけるとゴロゴロして安定がわるい。手で石を避けて肩までつかる。いい具合に腰があたたまる。

お部屋は10畳の和室。そこに半露天風呂があり、トイレ、洗面所(脱衣所)、洗い場(シャワールーム)がそれぞれ独立した部屋として付随している。浴室の障子の窓の横にはドアがある。ドアの外はウッドデッキ。テーブルと椅子が設置されている。サンダルも用意され、庭園に出られるようになっている。

宿の名前が「食の宿」となっている。文字通り贅を尽くした食事だった。出てくる料理それぞれが趣向を凝らしてある。食器も料理も、まず見て楽しめる。「美味しい。美味しい」を連発しながら完食した。

寝る前に大浴場に行ってみる。浴室内に気になっていた「だんぶり長者」の物語が描かれた屏風があった。

『昔、出羽国の独鈷(とっこ)村(現在の秋田県大館市比内町独鈷)に気立ての良い娘がいた。ある夜、娘の夢に老人が現れ「川上に行けば夫となる男に出合うだろう」と告げる。お告げ通り、娘は川上の小豆沢(現在の鹿角市八幡平小豆沢)で一人の男に出合い、夫婦となって貧しいながら仲睦まじく暮らした。ある年の正月、また老人が夢に現れ「もっと川上に住めば徳のある人になるだろう」と告げる。夫婦は川をさかのぼり現在の米代川の源流に近い田山村(現在の岩手県八幡平市田山)に移り住み、よく働いた。
ある日、夫が野良仕事に疲れうとうとしていると、一匹のだんぶり(とんぼ)が飛んできて、夫の口に尻尾で2・3度触れた。目を覚ました夫は、妻に「不思議なうまい酒を飲んだ」と話し、二人でだんぶりの後を追った。そして、先の岩陰に酒が湧く泉を発見する。酒は尽きることがなく、飲めばどんな病気も癒やされた。夫婦はこの泉で金持ちとなり、多くの人が夫婦の家に集まってきた。人々が朝夕に研ぐ米の汁で川が白くなり、いつしか川は「米代川(よねしろがわ)」と呼ばれるようになった。夫婦には秀子という一人娘がいた。優しく美しい乙女に成長し、やがて継体天皇に仕えて、吉祥姫と呼ばれた。夫婦も天皇から「長者」の称号を与えられ、「だんぶり長者」として人々に慕われた。
年月が過ぎ、夫婦がこの世を去ると、酒泉はただの泉になった。両親の死を悲しんだ吉祥姫は都から戻り小豆沢の地に大日霊貴神社を建てて供養した。この姫も世を去ると、村人達は姫を大日霊貴神社の近くに埋葬し、銀杏の木を植えた。これが、大日霊貴神社の境内にあった大銀杏と言われている。』
「だんぶり」というのはトンボのことだった。ネットで調べた答えではなく、こうして現地で得た知識だ、一生忘れることはないだろう。


こちらもほとんど貸し切り状態。効能にあった「腰痛症」が劇的に改善できるようぬるめの湯船に時間をかけてゆっくり浸かる。寝る前と翌日のチェックアウト前には部屋の風呂で入念に腰のあたりを温めた。
 朝食も申し分なかった。今回もインターネットの宿探しで選んだところは大当りだった。
9時10分、自宅とは逆方向になるが、もう少し北上して「不動の滝」を観光し「桜松神社」に詣でる。

 帰路の途中にある「麹屋もとみや」と「ふうせつ花」の売店で買い物。ソフトクリームを味わう。宿泊した宿に味噌や豆腐などの食材を提供している店舗ということだ。



西根まで一般道を走り、道の駅「にしね」でお買い物。西根インターチェンジから東北自動車道を利用する。
 15時21分。通算の走行距離470.9キロメートルで帰宅。いい温泉、そしてのんびりとした旅だった。

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