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(エッセイ) カムバック・サーモンと社会を変えた『ゆるやかな市民運動』

1.こんなに変わるもの?

10月、北海道 ––––– 前回、この季節に帰省したのは10年以上前になる。

半信半疑のまま住宅地にかかる橋まで歩き、欄干に手をかけて川辺を覗き込んだ。知っているはずの川辺だが、見覚えのない小綺麗な川が流れていた。傾き始めた秋の陽を照り返す川面に目を凝らすと、川底の黒っぽい石が流れる水の透明感を引き立てた。

川幅2メートル程度の小さな川、僕が幼かった頃は水辺の草木は乱雑に伸び、ゴミが散乱し、悪臭が鼻を突き、淀みには得体の知れない泡が漂っていた。幼少期の記憶は眼前の景色と結びつかない。が、遠くに見える山並みと振り返った視線の先に見える鉛色の太平洋、その対比には何となく見覚えがあった。

視線を川へ戻し、水の中を注意深く探った。父も横に並び、欄干に両手を乗せ、乗り出すような体勢で川底を探りはじめた。

「ほら、いるだろう?」

父が指差す先に視線を向けると白い布切れのようなものがゆらりと舞った。よく見ると鮭の白抜けした尾ヒレだった。黒っぽい石に苔が付着しているように見えたそれは、石ではなく川を遡上中の鮭の側面に現れた模様だった。それは迷彩色のように川底の模様に溶け込んでいたが、一匹見つけると次から次へ発見することができた。橋の付近だけで5、6匹、昔を知る僕にとっては信じられない光景だった。

「こっちの方が多いんじゃない?」

反対側の欄干で母が呼んだ。橋を通る車を2、3台やり過ごしてから道を渡り、僕も欄干に両手をついて体を乗り出した。遠くに海が見える。視線を川面に向けると浅瀬を泳ぐ鮭の背びれがいくつも水面から飛び出していた。こちらの欄干からは上流に顔を向けてたたずむ鮭の顔を真正面から拝むことができた。ちっぽけな川に列をなす鮭、その数、20匹はいるだろうか?

興奮で鳥肌が立った。こんなにも変われるものなのかと身体が震えた。僕は、この時の感動を20年近く経った今でも覚えている。

2.カムバック・サーモン

秋の北海道では多くの川で鮭の遡上を見かける。が、僕が子供の頃は、ごく限られた川でしか、そんな光景はお目にかかれなかった。今日の環境を実現した最大の要因は明らかだ。1978年、札幌の街中を流れる豊平川に鮭を呼び戻そうと立ち上がった「さっぽろ サケの会」が主催した市民運動『カムバック・サーモン』だ。

北海道というと美しい大自然のイメージがあるかもしれない。が、人が住む地域を流れる川の水質や川辺のゴミ問題は他の都府県と変わらず、ひどいものだった。豊平川の汚染も一時期ひどい状態に陥り、在来の鮭は絶滅した。今の世風だったら豊平川に鮭を呼び戻すなんて無理だし、馬鹿げていると相手にされなかったかもしれない。豊平川だけでない。僕は札幌より、ずっと田舎に住んでいたが、冒頭のエピソードに登場する川も相当汚れていた。

「さっぽろ サケの会」は1979年3月に100万匹の稚魚を放流、翌月、宝酒造(※本社は京都)との提携に成功し、『宝酒造の焼酎「純」はカムバック・サーモンの活動を応援します』的な宣伝活動を打つことになった。そして、1979年から約2年間、地元のアマチュア・バンドを使ったテレビCM を軸に展開、すぐに北海道全域、さらに全国でも注目を集めた(*1)。そして「豊平川」に鮭を呼び戻す目的で始まった取り組み(川を清掃して鮭の稚魚を放流する取り組み)は、北海道の他の地域・河川でも競うように始まった(*2)。子供だった僕も、冒頭の川とは別の河川でのイベントに参加した。つまり、僕の田舎町でも少なくとも2つの河川でカムバック・サーモンをやっていたのだ(イベント名はカムバック・サーモンではなく、地域ごとに様々だったと思う)。

カムバック・サーモンの取り組みは全国各地に広がり、金沢の犀川、京都の由良川、新潟の千曲川や信濃川、岩手県の中津川、鳥取県の天神川、群馬県の利根川や東京湾へ流れる多摩川上流でも始まった。そして、あれから40年経った現在もカムバック・サーモンのビジョンは各地で受け継がれている。また、豊平川をはじめとする北海道の河川や犀川などを含め、放流しなくても自然繁殖で秋になると鮭が戻ってくる自然循環の環境にまで達成した河川も少なくない。

カムバック・サーモンは、札幌市内の豊平川というローカルな市民運動として始まった。それが北海道全域に伝搬し、さらに全国の(気候的に鮭が生息可能な)地域へ広がった。そして、現在に至るまで数十年の時を超えて続く根を張った取り組みとなり、幾多の地域で川が住民に愛され、綺麗な自然環境を保ち、住民が自然と共存するライフスタイルを確立した。僕の認識では、それは地域社会にポジティブなインパクトをもたらし、人々の日常をより良い方向に変えてしまった。

市民運動というと政治や経済格差、差別問題などの早期解決を目指して市民が立ち上がり、時に激しい抗議運動に展開するイメージがあるかもしれない。しかし、カムバック・サーモンのように長期的視野で参加者を楽しませながら活動を続け、いつのまにか新しい風潮を根付かせ、社会を変えた『ゆるやかな市民運動』もある。例えば、戦後間もなくの暗い時代に長野県の小学校教員だった小松一三夢氏の呼びかけで始まった『花いっぱい運動』は、花を通じて人々の気持ちを豊かにしたい、という趣旨で始まったローカルな運動だったが、すぐに全国に広がり、70年近く経った現在も各地で継承されている。14年米国で暮らしたが、日本の校庭の花の豊かさは圧倒的だと思う。海外からJETプログラムで日本の学校に勤めるブロガーの方も、校庭に溢れんばかりに花が植えられていることに感銘を受け、さらに生徒たちがそれを楽しみながら世話する姿に驚いたようだが、その原点は『花いっぱい運動』だろう。

 僕は大学院で情報工学を学び、大手企業の研究所で新製品や新事業開発に携わり、ベンチャー投資やら育成にも関わり、十数年暮らしたシリコンバレーではたくさんの起業家・研究者・技術者・投資家とも親交を深めた。テクノロジー信仰が強い環境に浸かり、テクノロジーが社会を大きく変え得るのを目撃したり、関わったりしている。が、僕はテクノロジー同様、カムバック・サーモンのような、楽しみながら社会をより良い方向へ変えてしまう『ゆるやかな市民運動』が持つパワー、可能性にも大いに注目している。

3.ゆるやかな市民運動

§3.1 変革をもたらす流れ
ゆるやかな市民運動が変革をもたらす流れは、概ね図1のようになるだろう。まずは、明確で魅力的な目標あるいはビジョンを掲げ、①参加者を集める。集めるだけではダメで、活動内容に創意工夫を重ね、②長期に渡り参加者を維持し続ける(*3)。発起人たちは大きな夢を抱いて目標を掲げるかもしれないが、最初はローカルに小さくスタートするのが定石だ("Think Global, Act Local”, “Think Big, Start Small”)。そして、地域の小さな活動がやがて他の地域からも注目され、伝搬され、気が付くと社会を大きく変える『ゆるやかな市民運動』になっていた・・・、というのがカムバック・サーモンや花いっぱい運動が社会を変えた流れだろう。

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図1.ゆるやかな市民活動の一般的な流れ

「明確で魅力的な目標(ビジョン)」を掲げることも重要だが、それと同様、あるいは、それ以上に重要なのは、そのビジョンを伝えることだろう。いくら魅力的なビジョンでも伝わらなければ掲げないのと同じだ。

 ビジョンが魅力的でも活動がつまらないと参加者は去ってしまう。長期間にわたって市民運動に参加してもらうためには参加者を引きつける創意工夫が重要だ。

 そして、市民運動が社会に大きなインパクトをもたらすには、ローカルな取り組みから羽ばたき、全国や世界へ伝搬する波及力が必要になる。このためにも、情報の発信力、効果的に伝える力が試される。

次節では、上記の観点でカムバック・サーモンの活動を振り返ってみよう。

§3.2 カムバック・サーモン論考
カムバック・サーモンの目的は鮭の漁獲ではなく、自然と共存できる環境を取り戻すことだ。その意味では清掃ボランティアの発展形と捉えられると思う。実際、カムバック・サーモンは、年一回の稚魚の放流会を除くと川を綺麗にすることが主な活動だ。しかし、従来の清掃ボランティアに比べ、遥かに大きな社会的インパクトをもたらした。それは何故だろう?

 まず、第一の要因は参加者獲得の手腕だろう。「サッポロ サケの会」は大学教授3名、漫画家、作家、ジャーナリスト、シナリオライター、魚類研究家、デザイナーに彫刻家と、発起人13名中、実に10名が知識や表現の発信を生業とする人々だった。ネット環境もスマホもSNSもない時代だったが、この人たちは情報発信の重要性や表現方法を熟知、また、当時の社会で発信する環境や人脈、経験も豊かであったろう。同会は発足後、すぐに多くの人々を惹きつけ、放流に必要な資金調達に成功した。

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図2.カムバック・サーモンの軌跡

それまでの清掃ボランティアは、川を綺麗にしようといった漠然とした目標の下、割り振られた作業を黙々とこなす活動だった。対して、カムバック・サーモンの目標は明確だった。放流した鮭の稚魚が海に降り、大きく成長して再び川に遡上する姿を見ることだ。発起人たちは目標達成の姿を鮮明にイメージできる言葉や表現方法、メディアを使って世間へ伝えた。

 放流した鮭はちゃんと成長して戻ってくるか保証できないし、戻るとしても放流から2年半〜4年半先の未来だ。が、それをマイナスに捉えず、自分たちを挑戦者と位置付けて表現、朝の情報番組でも頻繁に取り上げられた。そして、既に述べたように宝酒造を挑戦への応援者というスタンスで巻き込み、テレビCMでも、焼酎のボトルにも「COME BACK SALMON 豊平川にサケを呼び戻そう」というベタなメッセージを発信しまくった。結果、札幌市内の豊平川地域というとてもローカルなプロジェクトだったにも関わらず、すぐに全国的な知名度を得た。

––––– ちなみに宝酒造のCMは、MCEI(Marketing Communications Executives International: 本部はスイスのジュネーブ)の1980年のグランプリも受賞、国際的にも一目置かれる活動となった(*4)。–––––

 参加者を集めるだけでは持続性のある活動にはならない。カムバック・サーモンが成功した第二の要因は、参加者の関心を長期的に維持する創意工夫が次々展開されたことだろう。
 例えば、豊平川近隣の小学校を巻き込み、札幌雪まつりの会場でイクラをモチーフにした募金箱を用意して子供たちに募金を呼びかけてもらった。同イベントに参加する多くの人々の目に留まり、その様子はマスメディアにも取り上げられた。
 また、学校に鮭の孵化設備を設けた。卵から鮭の稚魚が生まれ、放流できるサイズになるまで観察、さらに育てる経験もできた。市の科学館では、より本格的な設備が導入され、授業や親子連れで訪れ、鮭が遡上するための自然環境について体系的に学べる仕組み・機会も用意された。

 あるいは、僕が参加した放流イベントもそうだったが、鮭だけでなくニジマスやヤマメも一緒に放流した。孵化時期の違いか、放流するニジマスもヤマメもある程度成長しており、鮭の稚魚を食べてしまうのに。その理由は、おそらく人々の川への関心を維持するためだろう。鮭の稚魚は、しばらくすると川を下りはじめ、放流した場所からいなくなってしまう。それに対し、ニジマスもヤマメも同じサケ科であるが川に居続ける。それに、ニジマスもヤマメも鮭よりも色・模様が艶やかだ(※虹鱒、山女魚という漢字表記からも分かるように)。鮭が下流や海へ下った後も川を訪れる人の視覚を楽しませてくれ、人々のカムバック・サーモンへの意識を引き留めた。

 さらに、川底を改修する工夫もあった。成長して川に戻ってきた鮭は、ちょっとした段差ならばジャンプして乗り越えられる。川を遡上する鮭が段差を勢いよく飛び越える、いわゆる滝登りの映像を見たことがあるだろう。人気の観光スポットであり、最高の撮影ポイントになる。しかし、そのためには段差の手前に助走(助泳)できる水深が必要で、背びれが出てしまう浅瀬ではジャンプできない。そのため、段差の手前の川底を掘って深くするなどの改修がなされた河川も少なくない(*5)。

 鮭が毎年順調に戻ってくるようになると、今度は海から豊平川に戻ってきた鮭を自然産卵させて孵化させることを目標に掲げた。元々は孵化施設で人工的に孵化・育成した稚魚を放流していたが、自然循環のカムバック・サーモン実現という、より高い目標を設定することで参加者のチャレンジ精神を刺激した。
・・・などなど、カムバック・サーモンでは参加者を維持するために様々な創意工夫が生まれた。

参加者を獲得し、維持するだけではローカルな取り組みで終わってしまう。大きなインパクトをもたらすには、プロジェクトが各地に伝搬されねばならない。カムバック・サーモンは全国に伝搬する波及力があった。1981年9月、放流から2年半後に最初の鮭が遡上した。人口130万(当時)の大都市、札幌の中心を流れる川で鮭がジャンプする姿は世界的にも珍しく、とても感動的だった。その様子は、当時の支配的なメディアであったテレビのニュースや情報番組で全国に放映された。そして、「あの感動を我が街にも!」という気運が高まった。

 真似は簡単ではなかったはずだ。稚魚放流のノウハウや川の水質や餌資源の適性調査だけではないのだ。放流することで上流から河口に至るまでの河川、その先の海洋の水産資源への影響を考慮せねばならない。河川や湖沼、海には漁業権があり、漁業資源への影響に関する綿密な調査と漁業関係者との折衝も必要だ。漁業権の問題をクリアしても、何十万匹もの稚魚を川に放つとなると、元々の生態系に大きな影響を与えるかもしれない(*6)。自然環境の保全にも十分な対策が求められる。さらに、法律上、鮭は水産庁が管轄する国の財産であり、川に遡上した鮭を勝手に捉えることは犯罪だ。その監視に関して警察との連携も必要になる。

 ・・・などなど、立ちはだかる障壁は少なくなかった。それにも関わらず、カムバック・サーモンは、すぐに北海道全域、さらに鮭が遡上可能な全国の河川地域へと広がった。幾多の障壁を乗り越えてでもやりたいと思わせるに足る波及力があったのだろう。

§3.3 ゆるやかな市民運動のススメ
『花いっぱい運動』や『カムバック・サーモン』が立ち上がった当時と比べると、現代はゆるやかな市民運動をずいぶん起こしやすい環境になったと思う。言うまでもなく、誰もがネットで発信したり、特定のターゲット層にだけ効率的にメッセージを届けることが可能になった。SNSやZoomなどを使ったオンライン・イベントだけでなく、クラウドソーシングでクリエーターを短期間雇い、ちょっとしたアニメやゲーム、VR/AR/MRコンテンツなど豊かな表現技法を駆使して人々に訴求することも可能になった。

 CSR(企業の社会的責任)やCSV(共有価値の創造)、オープンイノベーションなどの浸透で、企業が市民運動とコラボするスタイルも機会も多様化し、また、社会的活動を支援する団体も増えた。個々人からの資金調達を前面に打ち出した参加者獲得の仕組み(クラウドファンディング)も社会に定着した。明確で魅力的な目標を掲げられるならば、今の時代、ゆるやかな市民運動を支える環境・ツール・資源は様々存在する。

 一方、今の時代、少子高齢化問題をはじめ、環境問題、若年層の貧困化、労働力不足、育児・子育て問題、空き家問題、買い物難民、財政問題、陶磁器等の伝統文化の衰退、災害対策・・・等々、問題も様々存在する。どれも正攻法では解決が難しい問題ではある。が、楽しみながら社会をより良い方向へ変えてしまう『ゆるやかな市民運動』が、案外、そのパワー、可能性を発揮しやすい問題ではないか?ここ数年、そんなことを思い描いている。

4.おわりに

本エッセイでは、カムバック・サーモンを題材に『ゆるやかな市民運動』について考えを巡らせました。実は、今現在、カムバック・サーモンのように楽しく社会を変えられるような新しい社会的活動をプロデュースすべく取り組んでおり、課題などの整理を目的に書き始めたのが本文です。いつの日か、その活動についてのエッセイも掲載できればと思います。

最後まで、お付き合い頂き、ありがとう御座いました。

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(*1) 豊平川の清掃活動自体は1972年の札幌オリンピック開催を目的に始まり、カムバック・サーモンが始まる頃には、鮭の稚魚が生息できる程度には綺麗になっていた。

(*2) 漁業関係者が鮭の漁獲を目的に稚魚を放流する事業は、水産資源保護法が制定された1951年には始まっており、なかには市民が参加するイベントもあったかもしれない。が、社会現象にまでなったのは豊平川のカムバック・サーモンが最初であろう。

(*3) ①②はビジネスでは目的に位置付けられる。経営学のセオドア・レビット教授やピーター・ドラッカー教授曰く、『ビジネスの目的は顧客を獲得し/創り、維持すること』だ。
“The purpose of a business is to get and keep a customer” – Theodore Levitt(マーケティングの大家)
“The purpose of a business is to create and keep a customer” – Peter Drucker(マネージメントの大家)

(*4) 米国・カナダでもカムバック・サーモンのような取り組みがあり、現地ではSave Our Salmon(SOS)、Save the Salmon、Save our Wild Salmonなどの名称で呼ばれる。10年近く前、サンフランシスコで開かれたイベントで運営者と話をする機会があったが、その人は札幌のカムバック・サーモンの取り組みを(たぶん成功事例として)ご存知だった。

(*5) 鮭が飛び越えられないような大きな障壁がある河川では、国レベルの行政を巻き込んで河川の大々的な工事が行われ、魚道と呼ばれる幾何学的な構造の魚用のバイパスまで作られた。川にコンクリートで造ったジグザク水路があるのを見かけたことがあるかもしれないが、あれである。

(*6) 海外の研究者を中心に、カムバック・サーモンは生態系にとっては必ずしも良い取り組みとは言えない、という指摘もある。何故なら、孵化施設で生まれた何十万匹の稚魚を放流するので、その川本来の生態系のバランスを狂わせてしまう可能性があるからだ。

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ありがとうございます
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その昔、AIの応用研究に従事していた。あれから幾年も歳月が流れ、随分、世の中が変わったと思う。ここ数年、AIに囲まれた社会での『人々の価値観』は、どう変化するのだろうと折を見て空想しているが、紹介する短編小説は、そんな空想を下地に綴った物語です。

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不定期に綴るエッセイ。普段の小説とは違い、起業・スタートアップ・イノベーション経営、AI研究などのネタが多くなると思います(実は逆で、普段、ビジネス系の話を書いてる私が、ここでは小説を投稿してます。なので、エッセイの内容がむしろ、普段のスタイル)。

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