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KIWIROLL『SQUEEZE』 拝啓、あの日のキウイロール様

KKV Neighborhood #116 Disc Review - 2022.1.31
review by 石井恵梨子

 

 知って間もないこのバンドの、ボーカルはいつ見ても目立っていた。190センチ近い上背。両手を使ってパフォーマンスをすれば派手にフロアを掌握できるだろうに、だいたい背中を曲げ、ふらふらと全身を揺らし、時には恍惚と宙を見つめている。なんとなくヤバい感じ。後日話を聞けば「トンじゃって覚えてない。でも、ライブに全部置いていこうとは思ってる」と頼りなく笑うのだけど、一体何を置いていくんだろうか。歌詞と同じだ。気取りのないシンプルな言葉しか使われていないのに、わかるようで、わからない。

 その日は下北沢の小さなライブハウス。フロアに客はまばらだったから、きっと100人も入っていなかった。ボーカルはいつも通りステージ上で揺れ始め、フロアにそのまま降りてきて、私の目の前でぐっと腰を折り「心象」を歌い始めた。怯むほど近い距離。幼児みたいなその声。ほとんど泣いてる表情。しまいに彼は、赤子のごとく体を丸め、絶叫しながらフロアをごろごろと転がり始めだすのだ。怖かった。ここまで人が無防備になっている姿を初めて見た。演奏が終わってから数分間、彼も、周りの観客も、一ミリも動けなかったことを覚えている。ちょうど20年前のことだ。

 2002年当時のキウイロールは、年明け早々に札幌から上京したばかり。1998年に出たファーストEP「キウイロール」はやたら絶叫と変拍子の多いアヴァンギャルド/カオティック系の印象が強く、一部ではあぶらだこと比較する声も。これが上京以降の作品になると、よりメランコリックで透明な歌ものへとシフトしていく。その後、方向性の不一致で解散に至るのは2004年末。時間の短さに反して伝説のように語られるのは、その音楽が当時流行のパンクとは絶対的に違う光を放っていたから。そして、ボーカルの蛯名啓太が解散後もディスチャーミングマンとして、今なおリスペクトされる音楽を続けているからだ。

 閑話休題。今回アナログでリマスター再発される1stアルバム『スクイズ』は、2000年発表、札幌時代と上京期の間にあった転換の記録である。それまでノイズの中に隠れがちだったメロディ、童謡みたいにやわらかい歌心が、おずおずと、しかし確かな存在感を持って表出してきた時期だ。技術的にも楽曲的にもまだ未完だが、しかしこれが最高傑作と語るファンも多い。

 抑えきれない衝動とカオス。暴走するフィードバックノイズ。同時に、せつなさ、やさしさ、むなしさのすべてをありのままに記すメロディがあり、こわれもののように揺れ動くエモーションがあった。当時の彼らが影響を受けていたのはブラッドサースティ・ブッチャーズ、カウパァズ、そしてザ・スミス。先輩たちから受け継いだ情緒は今聴いても変わらないし、当時は札幌パンク/オルタナティヴの景色が更新されていく「激情エモ」の幕開けだとも感じられた。本人たちがどこまで意識的だったかはわからない。ただ、誰より尖っていたいパンクの出自を持ちながら、ここまで甘くナイーヴな己を曝け出してしまったバンドは、当時も今もほとんど皆無だったのではないか。

 ナイーヴとは、繊細、感じやすく傷つきやすい、みたいな意味で使われるが、実際の英語圏では悪口にも近い言葉で、未熟、世間知らずのお馬鹿さん、といったニュアンスが含まれる。今『スクイズ』を聴くと、やはりこれはナイーヴな作品だと思ってしまう。端的に言えば幼い。大丈夫かと思うくらいキラキラしていて逆に危うい感じがする。蛯名の歌声は迷子になった幼児のよう。安心して握るべき母の手を探して、やみくもに走る幼児の焦燥の塊だ。見上げるほどの大きな体から、無防備かつ無遠慮に差し出される幼児性。そんな大切で綺麗なものを簡単に見せないでくれと思った。「泣きそうだった」のはこっちなんだよ。

 ライブハウス、そしてこの『スクイズ』に、彼らは何を置いていったのだろう。やっぱりわかるようでわからない。ただ、鷲掴みにされる心臓がまだちゃんと痛いことに少しだけ安心した。キウイロールの音を前にすると、そう簡単に大人にはなれないことがわかる。ふりなら上手になった。いい大人のふりをしているけども、バカネジは、まだ、立ち竦んだままだ。

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5月13日発売
KIWIROLL / SQUEEZE

KKV-133VL
3,300円税込 3,000円税抜
DLコード付き
※DLコードにはZKからリリースされた2枚のシングル(バカネジ、本当のこと)に収録された6曲が追加収録となります。

予約受付中
https://store.kilikilivilla.com/v2/product/detail/KKV-133VL

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