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Hotline TNT『Cartwheel』90sアメリカン・シューゲイズの正当継承者 by 菅梓(エイプリルブルー)

KKV Neighborhood #197 Disc Review - 2023.12.4
Hotline TNT『Cartwheel』review by 菅梓(エイプリルブルー)

Hotline TNT / Cartweel

 自国内で生まれた数多のジャンルとは違い、イギリスからの舶来品としてシューゲイズと接することになったアメリカ。90年代初頭にこの国で生まれたシューゲイズ・バンドの多くの魅力は、ずばり本場イギリスとのずれにあったと言えよう。テープ・レコーダーをファズ・ペダルの代用品として活用することでMy Bloody Valentineのノイズ成分だけを抽出しサイケデリックにデフォルメしたMedicine。90sらしいスラッカー的なアティチュードや奇妙なテンポ・チェンジなどガキの悪ふざけとも言える要素を持ち込みアメリカナイズしたSwirliesやDrop Nineteens。LilysやBlack Tambourine、Velocity Girl、LoreleiなどのSlumberland Records界隈のバンドがひしめきあい、多彩なアウトプットを行っていたワシントンDC周辺のシーン……と枚挙にいとまがない。共通して言えるのはイギリスのバンドたちより耽美さが薄く、ローファイなエトスやひねくれ成分が強く打ち出されていること。そしてそんななかでもしっかり甘酸っぱくポップなメロディが打ち出され、アメリカの青春のサウンドトラックとして演奏されていること。

 そんな90年代アメリカン・シューゲイズならではの味わいは、よくも悪くも今現在のシーンからは薄れつつあるように思える。グランジやエモ、メタルなどとのクロスオーバーが進んだ結果、「ヘヴィゲイズ」とも称されるトレンドが確立され、より重たくタイトでインパクトのあるサウンドを追求するバンドが増えている。しかしそのさなかで、ヘヴィゲイズ以降の感覚をまといつつも古きよきアメリカン・シューゲイズを色濃く継承した好盤が現れた。Hotline TNTの2ndアルバム『Cartwheel』だ。

 アルバムの空気感をセットアップするのが冒頭を飾る「Protocol」だ。きらびやかなアコースティック・ギターから幕を開け、ランダムに鳴らされるグライド・ギターやグリッチ音がそこへだんだん重なっていってバンドイン。MBV的な轟音と思いのほかジャングリーでポップな成分が並置されるさまはLilysのデビュー作『In the Presence of Nothing』を彷彿させる。レイジーな歌声もどことなくLilysのKurt Heasleyに似ている。歪つな拍子感のリズムとサビで入るノスタルジックな音色のよれたシンセが癖になる。全体として非常に90年代的なノイズ・ポップではあるが、一方でパンチの効いたドラムのマットな質感、各パートが豊かな響きを保ったまましっかり分離されているプロダクションは完全に現代のバンドのそれだ。収録曲の過半数が3分を切る駆け足っぷりもストリーミング以降の音楽という感じがする。このコンテンポラリーなプロダクションによる90s懐古趣味の再構築は以降も全編に渡り貫かれる。

「I Thought You’d Change Your Mind」はギター同士の絡みとボーカル・ハーモニーの相乗効果による複雑な和声感が美しい、アンサンブルのさりげない精巧さが光る一曲。オリジナル世代にはないこの辺りのクレバーさはグランジ・リバイバル的なサウンドで人気を集めているMommaを思わせるが、実際にこのアルバムにはMommaのメンバーであるAron Kobayashi Ritchがエンジニア兼共同プロデューサー的な立ち位置で参加している。以降もファジーな音像、親しみやすいメロディが心地よい粒揃いの楽曲たちが並ぶ。「Maxine」は90年代オルタナティブ・ロックのアルバムによく見られたドラムレスの弾き語りナンバーのような趣き。「That Was My Life」は詳細が明かされていないスポークン・ワードのサンプリングを主体にしたインタールードで、この2曲が挟まる感じがいかにも90年代オマージュという感じで微笑ましい。「Spot Me 100」の奇怪なドラムンベース風のブレイクはSwirliesのエレクトロニクスとの戯れを彷彿させるが、より突拍子もなく意表を突いてくる。「BMX」はイントロのキメとアルペジオがどことなくミッドウェスト・エモ的で、その点ではいちばん現行のシーンと共鳴しているかもしれない。
 『Cartwheel』がアメリカン・シューゲイズを代表するバンドであるDrop Nineteensの復帰作『Hard Light』と同日にリリースされたのは奇妙な偶然だが、どちらも90年代を懐かしみつつプロダクションをアップデートしているという点でとても近しい空気感を持っていることを考えると、運命的にも思える。なんにせよ90sの空気感をよりフレッシュな形で味わいたい方にはぜひチェックしていただきたい。


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