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Boris 『W』 by 石井恵梨子

KKV Neighborhood #115  Disc Review - 2022.1.20
review by 石井恵梨子

 大暴走するハードコア・パンク/ノイズコアの傑作『NO』。それと対をなす作品として前作の完成直後から作られていたのが今回の『W』となる。

 おそらくエレキギターなのだろうが、まろやかすぎてそうとは聴こえないエフェクト音(だんだんパイプオルガンにも聴こえてくる。荘厳であり、温かみの中にナチュラルな揺らぎを宿した音だ)がスタートから2分以上は続く。うーん、と一瞬思う。この『W』、まさかの、むずかしBORISか。

 「むずかしBORIS」とは私の造語で、彼らの作品の中でも非常に難易度の高いアルバムやEPを指す。実験性の高いアンビエント/ドローン、といえば聞こえはいいが、もやもやしたハテナの残る、何度聴いてもわかった気がしない作品たち。困るのは、彼らが確信犯的に、ほとんど威風堂々の様子で、ちょくちょくこの「むずかしBORIS」を提示してくることだ。

 悪意はない。謎も含めて楽しんで。「むずかしBORIS」はむずかしいくせにそういう好意的なメッセージを振りまいているから厄介だ。聴き手の感性を信頼し、敬意すら抱いている。だから我々は彼らの仕掛けるゲームから降りることができない。うわ全然わからねぇと頭を抱えつつ、果てなき耳鳴りの奥に何かのうごめく気配を感じ、遠い雷鳴のように響く銅鑼に儚い美を見つけたりする。そうして気づく。これは単なるノイズではない、意図のあるデザインなのではないか? と。

 ここでいうデザインとは、偶発的に出てきた音に、なんらかの有機性、意味性、ひいては美的感覚を見出し、できるかぎり芸術として肯定していく作業のこと。その努力を彼らほど惜しまないバンドもいないだろう。なんとなくで終わるものがひとつもないし、音の鳴らし方、止め方、アートワークや紙質に至るまで、どこまでも濃厚な意思が宿っている。その徹底した「意」のありようがBORISの真髄。ただの音が、偶然の振動が、それ以上の深い何かに化けていく。

 さて、『W』は本当に「むずかしBORIS」なのか。否であった。ヘヴィロックとは距離を置いたアンビエント寄りの作風だが、謎ばかりが残る消化不良はどこにもない。もっと言えばポップというか、全曲が途方もなく美しい。WATAをメインとした歌唱は可憐にして透明、聴けば聴くほど心が洗われて天国に近づくような、そういうヒーリングの要素も十分にある。『NO』が地獄盤なら『W』は天国盤。そんな振り分けもパッと聴きなら可能である。

 ただしBORISはBORISだ。凄まじい重低音を得意とするロックバンドだ。楽器を持ち替えたわけでもない。曲によっては鍵盤を用いているし、プロデューサーとしてシュガー吉永が入ってはいるが、三人は今までどおりバンドスタイルのまま、当然のような顔でこの美しき『W』に到達している。そこがまずは信じ難いと思う。ライヴ直結の轟音がスピーカーを震わせるのは5曲目「The fallen」くらいで、他はあくまで後方の気配として、実は近くにいる、すぐそばに危険なバンドがいるとの「意」をムンムン漂わせつつ、結果的には天にも昇る夢心地を見せているのだ。こんなサウンドデザインがあるのかと目から鱗が落ちる。

 そして、これだけの非ロック系作品が、過去にいくつかあった「むずかしBORIS」として響かない。このことが一番画期的である。『NO』と『W』はコロナ禍ゆえに生み落とされた作品で、不安を煽る未知のウィルスを相手に、さぁこれは何でしょうと謎かけをしている場合ではない。そんな判断があったのだと思う。荒ぶるハードコア・パンクは奮い立つ勇気を与え、幻想的なアンビエントは悲しみを和らげる滋養になる。二つを合わせて「今=NOW」。符号までが美しい意図を持つ。やはり、BORISに偶然はないのである。

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Boris / W

KKV-127
税込定価 2,800円

収録曲
01. I want to go to the side where you can touch… (5:24)
02. イセリナの神様は言葉 -Icelina- (5:18)
03. 数に溺れて -Drowning by Numbers- (4:16)
04. Invitation (2:56)
05. 未来石 -The fallen- (4:30)
06. 善悪の彼岸 -Beyond Good and Evil- (3:51)
07. Old Projector (4:38)
08. 知 -You Will Know- "Ohayo" Version (9:20)
09. 乗算 -Jozan- (1:25)
10. ひとりごと -Soliloquy- (6:19) 日本盤ボーナス・トラック

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