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Dry Cleaning 『New Long Leg』ロンドンの傍観者であり表現者が打つ、不機嫌でミニマルなビート

KKV Neighborhood #85 Disc Review - 2021.4.22
Dry Cleaning 『New Long Leg』(4AD)
review by 村田タケル

真っ白なスケッチブックに落書きを描き倒すように、瞬きをする間も惜しいほどのニヒルな音と散文詩が雨あられとリスナーに降り注ぐ。 あらゆる音を鳴らすアーティストが再び集結し出したロンドンで唯一無二の不機嫌でミニマルなビートをかき鳴らす。今回紹介するDry Cleaning についてこんな印象を抱いている。

サウス・ロンドンを拠点とするバンドではあるものの、その話題として上がることが多いshameやGoat Girlといった現行UKインディを牽引している様々なバンドの発火点ともなったThe Windmill周辺のコミュニティとはほとんど関係しておらず、全くの別の場所からその存在感を強めた彼らの音楽は、その事実に相応しい充分な刺激をもたらしてくれるものであろう。ということで、2021年4月2日に発売されたデビューアルバム『New Long Leg』を是非聴いて頂きたい。

Dry Cleaningは10年来の友人だったというNick Buxton(drums)とTom Dowse(guitar)、Lewis Maynard(bass)の楽器隊3人が2017年のカラオケパーティーでの共演をきっかけに楽曲制作をスタートさせた。当初の半年間はインストバンドだったらしいが、大学のアートクラスでの講師や絵画の研究などをしていたFlorence Shaw (vocal)が加入し現在の編成となっている。Florenceは当時音楽経験が無く、バンドの加入の誘いにも半年間悩み続け、興味はあったものの恐怖心から実際に3回は断ったそうだが、バンドメンバーの熱心な誘い(つまり、音楽活動のキャリアの有無に関係無く、Florenceが持つ創造性の魅力に他のメンバーが既にかなり惹きつけられていたとも想像できる)もあってバンドへの加入を決意した。

結成当初は友人のパーティーで演奏できる程度の簡単な活動で十分だったそうだが、ミニマルな音楽への好奇心や愚直なアートへの姿勢が生んだ彼らの音楽はすぐに関係者からの評価を受け、いくつものライブオファーを受けるようになった。

2019年に『Boundary Road Snacks and Drinks』と『Sweet Princess』の2枚のEPをリリースすると、2020年の期待アーティストとして「The NME 100: Essential new artists for 2020」やDIY Magの「Class of 2020」にも選出されるなど、一気に注目バンドとなった。そして、2020年11月に本アルバムの先行曲でもある“Scrachcard Lanyard”をリリースすると同時にUSの名門インディレーベル4ADとの契約を発表し、2021年の4月に1stアルバム『New Long Leg』をリリースした。

こちらは前作EPの『Boundary Road Snacks and Drinks』に収録されており個人的には最もフェイバリットな楽曲。

全編を覆うヒリヒリとした不穏さとミニマルなビート。歌うことよりも話すことを表現として選んだFlorenceの抑揚が殆ど無いボーカルがそこに重なることでバンドの特徴を決定付ける独自のアートフォームを獲得した。「ただ言葉を集めているって感じかな」と、スマホのノートアプリに普段から言葉をメモしている彼女は、集めてきた言葉をコラージュしながら自らの表現としてアウトプットしている。日常生活の中で出会った発言や、ドラマのワンシーン、ふと思い付いた言葉や感情、YouTubeのコメント欄に書かれていたもの等々。こうしたコレクション活動は、アートが日常だった彼女にとって自然と習慣化した行動(10年間はやっているとのこと)だそうだが、そのアウトプットが音楽に辿り着きこんなにも素晴らしい作品を生んでいることには感動を覚えるであろう。

傍観者であり表現者。都市生活の中で感じる不安や葛藤的な光景、ロマンチシズムの言葉を断片的に浮かび上がらせては、シンプルで無機質なリズムラインと少しずつ変化を与えてくれるメロディアスなギター展開の上で溶け合っていく。過度なエモーショナルを喚起する事はないが、その耳触りの良さは自分の心に静かにフィットしてくる感覚であり、神経質気味になりそうなこの世界で生き抜くための居心地の良いバリアを作ってくれる感覚であり、無駄な雑音を消し去ってくれる感覚がそこにはあるとも思えた。

Just an emo dead stuff collector, things come to the brain
Too much to ask about
So don’t ask

エモい死に物狂いの収集家。脳が物に満たされる。
訊くことが多すぎる
だから何も訊かないで

Florence がAldous Hardingへのリスペクトを強く公言していることには凄く納得できた。「彼女はとても冷めた表情で、今にも誰かをボコボコにしそうなんだけど、同時に泣きそうでもある」と説明し、Aldous Hardingのパフォーマンスへの共感と憧憬を抱き、この音楽業界での居場所を見出したという。Florenceのポエトリースタイルのボーカルも、曲の中で語気の強弱やハミング調、動物の鳴き声のような奇声(?)を交えながら多くの表現に挑戦し、獲得している。前作の2枚のEPでの印象にも強い疾走感に溢れた雰囲気を継承した1曲目の“ Scrachcard Lanyard”以降の楽曲は、BPMも落とし気味で奇妙でディープな空気感が続いていくのもFlorenceの表現の真骨頂を充分に感じられるであろう。

最後に余談。今回のアルバムとは関係無いが、アルバムリリース直前の3月24日に、4ADの40周年企画でもある『Bills & Aches & Blues EP3』でレーベルメイトともなったGrimesの”Oblivion”のカバーソングをリリースしたが、Dry Cleaningのオリジナルソングの中では殆ど見られないFlorenceの〈抑揚のある〉歌が聴けて思わず微笑んでしまった。


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