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Subsonic Eye『All Around You』シンガポール・インディの重要バンドが歌う自然との断絶、そして再接続 by 管梓(エイプリルブルー)

KKV Neighborhood #189 Disc Review - 2023.10.24
Subsonic Eye『All Around You』review by 管梓(エイプリルブルー)

Subsonic Eye『All Around You』

差し伸べられた手たち
前よりマシになってるのかもはやわからない
気にするだけの価値があるのかもはやわからない

空欄をチェックして
署名運動に名を連ね
ラップトップを充電する
主張が自分たちから切り離されてゆく

偽りのアクティビズム
臆病な懐疑論者たち
人類を束ねることはできない

 シンガポールの現行のインディ・シーンを代表するバンドとなったSubsonic Eye。4枚目のアルバムとなる今作の幕を開けるのは、こんな辛辣な言葉だ。
 2017年の1stアルバム『Strawberry Feels』以降、ドリーム・ポップやポスト・パンク、ミッドウェスト・エモ等の要素をさまざまなバランスで自在にブレンドし、一作ごとに成熟してきた彼女ら。前作『Nature of Things』はそのタイトルやアートワークからも伺えるように、中心メンバーであるNur Wahidah (Vo) とDaniel Castro Borces (Gt) のサイクリングへの傾倒やそれに端を発する自然への関心を反映するかのごとく、エフェクト類に依存しないドライなサウンドで初期作品のドリーミーさと一線を画し、国際的に高い評価を受けた(本人たちは『Nature of Things』以前の2作品への不満を表明しており、そういう意味でもこのアルバムがバンドとしての本来の姿を捉えた作品と思っていいだろう)。流麗なアルペジオのきらめきと伸びやかなWahidahの歌唱がもたらすポップなフックの数々が実に印象深く、僕もリリース当時から今にいたるまで愛聴している(余談だが、オーガナイザーとして企画に携わった昨年12月の初来日ツアーでの音源のイメージとはまた違った鋭角でラウドな演奏も鮮明に記憶に残っている)。

 『Nature of Things』が新たに芽生えた自然志向をある種の素朴さを纏った音像で表現した作品だとすれば、『All Around You』は都会へ回帰し、都市生活者の視点から環境保護の現状を憂いつつ自然への憧れや愛着を表現しているように受け取れる。前作のラスト・ナンバー「Unearth」でも遠回しに歌われていた環境破壊への警鐘が、今作の冒頭を飾る「Performative」ではよりストレートな言葉で語られている(この曲はポエトリー・リーディングが軸になっており、文字通り「語り」だ)。文明への疲弊というモチーフも以降の楽曲でも繰り返し登場し、「この生活にあらゆる努力を捧げることはできない」と歌う「J-O-B」や、労働を「鉄の檻」になぞらえる「Machine」などで特に顕著だ。
 しかし悲観的な楽曲がひたすら続くわけではない。「Bug in Spring」や「Tender」では、愛する人や自然との繋がりが心にもたらす作用を眩いギター・サウンドに託して表現している。今作で唯一の3連バラードである後者にいたってはCocteau Twinsを思わせるドリーミーさすらある。初期作品で多用されながら前作ではほぼ封印されていたモジュレーション等のエフェクトも随所で顔を出すが、その使われ方にはかつてなかった抑制や意図が感じられる。前作とのサウンドの対比が今作の都会的なイメージにひと役買っているのは間違いないだろう。
 音楽・歌詞の両方の面で絶えず緊張と弛緩を繰り返す今作において、文句なしのハイライトとなっているのがリード・シングルであるミッドテンポの楽曲「Yearning」。思わず頬が緩んでしまうような夢見心地なコード、芯と激しさを残しつつも浮遊感たっぷりのアンサンブルがひたすら美しい。アルバムのラスト前という配置もあってか、流れで聴いたときのカタルシスには格別なものがある。
 忙しない現代社会において、我々は常に仕事や情報、連絡などに追い回され、自分の本質や原点に立ち返る時間を持つのは難しい。置かれた場所によっては都市空間を離れて自然とふれあうことすら特権的に思えるかもしれない。大切なものを見失いかねないそんな心情に寄り添ってくれるのが、この『All Around You』ではないだろうか。もし30分でも時間を取れるときがあれば、ぜひ本作を憩いのお供にしていただきたい。


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