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「ホームに連れて行って:リーズ・ユナイテッド」地元のクラブを愛することは、その人の人生そのもの

Bigger than Life KKVN football column #2 - 2020.09.18
KKV Neighborhood #43 
by サイトウダイJurassic Boys

リーズ・ユナイテッドがプレミアに戻ってくる

アンドレア・ラドリザーニという人物を皆さんはご存知でしょうか。

昨シーズン、クラブ創設100周年のメモリアルイヤーにEFLチャンピオンシップで優勝を果たし、ついに今シーズン17年ぶりにプレミアリーグ(イングランドのトップリーグ)の舞台に帰ってくるウェストヨークシャー州リーズをホームタウンとするフットボールクラブ、リーズ・ユナイテッドFCのオーナーです。

リーズ・ユナイテッドがプレミアリーグの舞台に見事カムバックを果たすことができたのは、苦しい財政状況にあるチームのオーナーに就任し、フロント陣営をまとめ、選手スタッフに安心感とトップリーグ昇格の夢を抱かせ、なによりファンにとってこのクラブを応援することの誇りを取り戻すことができたこの男の力がとても大きいのではないでしょうか。そんな彼の改革と、選手たちの激闘の記録、そして街を情熱で埋め尽くすリーズファンの姿。この様子をドキュメンタリーとしておさめた作品「TAKE US HOME」をAmazonプライムで視聴したことが、僕がリーズ・ユナイテッドにのめり込むキッカケとなりました。このお話はまた後ほど。

イスタンブールの奇跡

そもそも僕がまず、フットボールに魅せられたキッカケは忘れもしない04-05シーズンのチャンピオンズリーグ決勝、リーズと同じくイングランドプレミアリーグに属するリバプールがインスタンブールの奇跡と呼ばれる逆転優勝を果たしたことがきっかけでした。

当時はまだテレビで夜中に欧州サッカー番組の放送があり、それを録画し食い入るようにみていたことを覚えています。テレビ以外は特にインターネットにも通じているわけではなかったので、当時欧州トップリーグだったセリエA専門のサッカー雑誌「カルチョ」と月刊誌ワールドサッカーダイジェスト、そして友人がVHSに焼き増ししてくれるWOWOWのリーガエスパニョーラの試合が僕の当時のフットボールについての情報全てでした。

この頃の僕にとってイギリスは音楽の国であり、フットボールの国という認識はまだあまりなかったように思われます。この年のチャンピオンズリーグのグループリーグ最終節、忘れもしないオリンピアコス戦をキャプテン、ジェラードのスーパーゴールで勝ち上がってきたこのリバプールというチームが、フットボールの質という点においてはセリエAでチャンピオンズリーグに出場してきているチームやラリーガのチームに比べて良いとは言えないことは幼心にも分かった気がします。

04-05チャンピオンズリーグ決勝を生中継していた夜中のテレビ番組では明石家さんまと女性アナウンサーが、タレント揃いのセリエAの雄ACミランの勝利を確信し、お祝いムードのコメントを並べ、テロップにはすでに「ミラン優勝」と言ったような文字まで打ち出されていたような記憶があります。
たしかに当時のメンバーのチーム力で言うと圧倒的な差があることは明白でした。マルディーニが当時CL決勝史上最速ゴールを決め、中盤には今シーズンからユベントスを率いるイタリア最高のレジスタことピルロ、現ナポリ監督の闘犬ガットゥーゾ、ブラジル代表の当時現代型トップ下における最高のクラッキと評されていたカカ、そしてフォワードにはクレスポやインザーギ、さらに現ウクライナ代表監督を務める英雄アンドリー・シェフチェンコを擁した完璧なチームです。

前半をミランのリードで3-0と折り返したリバプールはたしかに敗戦濃厚でした。多くのフットボールファンも、ましてやリバプールファンですらそう思ったかもしれません。しかし会場にいる多くのリバプールファンは違いました。ハーフタイム、リバプールの代表的な応援歌である“You'll Never Walk Alone”の大合唱で後半ピッチに出てくる選手たちを鼓舞し続けたのです。

そしてリバプールはここから3点を巻き返し同点に追いつき、最終的にはPK戦の末大逆転で優勝を果たします。スコアを1-3とした、反撃の狼煙を上げるジェラートのゴールの後、まだまだ試合はこれからだ、点を取り返すんだ、とチームメイトを鼓舞し続けた姿勢、それによって一瞬で会場全体の空気が変わる瞬間を、スタジアムにいた全てのサポーター、そしてテレビの向こう側でこの試合を観戦しているファンたちはビリビリと感じたはずです。

地元のクラブを愛することは〈人生そのもの〉

この年のチャンピオンズリーグの決勝戦がイスタンブールの奇跡と形容され、未だにリバプールファンのみならず全てのフットボールファンの語り草となっているのは、試合内容もさることながらスターチーム、ACミランに対して、泥臭く諦めないイングランドスタイルを一貫し続け、闘う姿勢を示し続けたこのリバプールの選手たち、そしてサポーターの姿が多くの人々の心を打ったからではないでしょうか。プレーだけでなく、チームのアイデンティティ、情熱的なファン、人とフットボールが密接に関係している街と文化、全てが揃ったこのリバプールというフットボールチームの持つ魅力が、記憶の限り当時の僕の心にとてつもなく熱くて忘れがたいなにかを訴えかけていたことを今も思い出します。

完全にこのリバプールというフットボールチームの魅力に取り憑かれた僕が、今現在もフットボールを変わらずに愛してやまない理由。それは、フットボールを愛する人間にとって、自分の贔屓チームを応援するときに溢れてくる全ての感情の紆余曲折こそがその人の人生である、フットボールとはそう思わせてくれるものだからだと僕は思うからです。その街のチームを応援するファンにとって、地元のクラブを愛するということは〈その人の人生そのものである〉とイングランドのフットボールは僕に教えてくれました。そしてそれは今も僕が変わらずに人生において音楽やフットボールに熱中し、落胆し、苛立ち、そして救われている理由でもあるわけです。

「TAKE US HOME」の主役は選手でも監督でもなくファン

冒頭で紹介した、Amazonプライムビデオ制作の「TAKE US HOME」というリーズ・ユナイテッドのドキュメンタリーは、大人になった僕にそのことを再確認させてくれる最高のドキュメンタリーなのです。

スポーツのドキュメンタリーというと、その多くは選手が主人公で、彼らに関係する選手や家族、スタッフなどの語り口でもって構成されることがほとんどだと思います。このドキュメンタリーにおいても、選手やスタッフそして監督などのコメントや試合の映像から、いかにしてリーズ・ユナイテッドがこのシーズンを闘い抜いたかを克明に記しています。

しかしこのドキュメンタリーが僕の心のど真ん中にあるフットボール愛をおおいに刺激した理由、それはこのドキュメンタリーの真の主人公は、リーズ・ユナイテッドを愛する全てのリーズファンであること、そしてイングランドのフットボールにおいてはそれこそが1番重要である、ということを観るものに訴えかけてくれると思ったからです。

変わらないロック・バンドたちが守るもの

このドキュメンタリーは、リーズ出身の世界的ポストパンク・バンドGang of Fourの“Damaged Goods”のオープニングから始まります。

また、このドキュメンタリーには多くのリーズ出身のバンドの楽曲が使用されています。僕が音楽における青春時代をともに過ごした2000年代初頭のガレージロック・リバイバル期のバンド、Kaiser ChiefsやThe Music、The Pigeon DetectivesやThe Sunshine Undergroundなどです。

リーズという都市において、リーズ・ユナイテッドは1都市1チーム、その街に住む人々は皆、リーズ・ユナイテッドを応援します。イングランドにおいて1都市1チームという構成自体は実はそう多くもなく、僕の贔屓にするリバプールFCも、リバプールの街にライバルチームのエバートンFCというチームがあります。ビートルズのベスト盤として有名な赤盤、青盤も、この2チームのチームカラーであるリバプールFCの赤、エバートンFCの青をモチーフにしていると言われています。

そんなイングランドにおいて、ことリーズのような都市においては、出身地とは永遠にその人間にとっての誇りであり、それは鎖でもあり、そこに住む人々の生活とは切っても切れない関係です。前述したガレージロック・リバイバル期のバンドたちの多くは、今でこそ世界的な人気はかげりを見せています。それは彼らの作る音楽が、昨今の柔軟に変わっていく音楽シーンの中で、ある種取り残されてしまった古臭いものとして世間から聴かれるようになってしまったからではないかと僕は考えます。しかし彼らは、柔軟な変化に対応することが出来ないのではなく、その街の象徴として変わらない存在であり続けるために、過去も、そしてこれからの未来も重低音のリフを響かせ、常に自分たちの街と文化をレペゼンし続けていくことを自ら選択しているのではないか。リーズ出身のバンドたちは永遠に、リーズに住む人間を鼓舞し、その街の象徴として、変わらない何かを守り続けているのではないかという希望を、僕は抱かずにはいられないのです。

それが果たして正解なのか、そもそも本当にそうあるべきなのか、日本という国に住んでいる僕にはわかりません。彼らにとっての誇りが、実は見えない鎖となってそこから抜け出せない状況を作り出してしまっていることもあるかもしれません。しかしそこに存在するはずの、一本筋の通った人間模様のロマンが、イングランドの音楽やフットボールが僕の心を強く打ち続ける理由なのかもしれないと改めて思うのです。

このドキュメンタリーはAmazonプライム会員であれば誰でも鑑賞することができます。オート翻訳のような字幕によって、日本のファンからは酷評されていますが、正直言ってそんなことはこのドキュメンタリーを鑑賞することの弊害にはならないと僕は思います。

イングランドのリーズという都市を巻き込んだ、リーズ・ユナイテッド・オーナー、アンドレアの挑戦と、このチームの選手、スタッフの1年間の激闘、そしてこの荒れ狂う波のような一年を、一体となって応援する街の人々の人生を、是非一度この映像とともに体感してみるのはいかがでしょうか。

君は決してひとりではない

先にも述べた、現在では世界的なフットボールチャントとして多くのスタジアムで歌われる、リバプール出身のバンド、Gerry & the Pacemakersバージョンの“You'll Never Walk Alone”ですが、地元リバプールFCの本拠地アンフィールドで合唱されるこの応援歌が世界でもナンバーワンとされることにフットボールファンの皆さんからの異論はないと思います。チャンピオンズリーグ入場時にアンセムを掻き消すのはアンフィールドくらいのものですから。

最後に、何度もこの歌を叫ぶフットボールファンの光景に救われたこの曲の歌詞で今回のコラムをしめたいと思います。

When you walk through a storm
君が嵐の中を歩くとき

Hold your head up high
顔をしっかりと上げるんだ

And don't be afraid of the dark
決して暗闇を恐れないで

At the end of the storm
嵐の向こうには

Is a golden sky
輝く空がある

And the sweet silver song of a lark
ヒバリが美しくさえずっている

Walk on through the wind
歩き続けよう 風に打たれようとも

Walk on through the rain
歩き続けよう 雨に濡れようとも

Though your dreams be tossed and blown
君の夢が叩きつけられ吹き飛ばされてしまっても

Walk on walk on
歩き続けよう 歩き続けるんだ

With hope in your heart
希望を胸に

And you'll never walk alone
君は決してひとりじゃないから

You'll never walk alone
君は決してひとりではない

追伸

我々は今、フットボールの歴史が変わっていく瞬間を目の当たりにしているのでしょう。このコロナ禍という人類未曾有の危機は、その他多くの状況と同じようにフットボールにも存続の危機すらもたらすことになりました。
それはすなわち、フットボールファンの人生においてとても暗く、重たい影を落とすということです。我々多くのフットボールファンにとっては、菌やウイルスによって身体が蝕まれることと同じくらい、フットボールのない人生は辛く、苦しいものです。

しかしこの危機においても、少しずつ形を変えながら、フットボールは我々の生活の一部として帰ってきました。僕らの心のホームには愛してやまないフットボールがなければならない。そこには、人生を愛するクラブに捧げ、ともに熱狂してきたあの姿を、あの日常を取り戻さなければならない。だからこそ、ウイルスを巡って、戻らない日常を嘆いているだけでは前に進むことはできないし、ウイルスごときで人間同士が争い事をしているなど、もってのほかです。

フットボールは教えてくれます。

You'll Never Walk Alone.

どんな嵐の中でも、どんな暗闇が訪れようとも、僕たちは顔を上げ、希望を胸に抱き、多くのファンとともに僕たちの人生を取り戻すこと、そのために我々は歩き続けなければならないということを。我々は決して1人ではなく、そこには同じくフットボールを愛するファンが必ずそばにいるということを。




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