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Fleet Foxes『Shore』 魔法を信じるかい?

KKV Neighborhood #79 Disc Review - 2021.03.23
Fleet Foxes『Shore』(ANTI-)
review by 宅イチロー

2020年は散々な年だった。言わずもがな、新型コロナウイルスの世界的な流行は未曾有の混乱をもたらし、僕らは「ニューノーマル」なる生活様式の運用を余儀なくされ、毎日のように降り注ぐ玉石混淆のおびただしい情報の真贋を見極めざるを得ない形となった。表面化したあらゆる欺瞞や欠陥の質と量は、明るい未来を夢見る事さえ許さない。僕が子供の頃に漠然と夢想していた2020年とあまりにかけ離れた厳しい現実の有り様に、軽い眩暈さえ覚える。

自粛・不要不急・テレワークの大号令の元、自宅の薄暗いリビングでNetflixをザッピングしながら顧客からの電話を待つ時間は永遠にも思えた。退屈を埋めるため新しいレコードを買うにもレコードショップは軒並み閉まっていたし、楽しみにしていた新譜のリリースは延期ばかり。こんな経験は初めてだった。新型コロナウイルスのせいでクソまみれの2020年、良い事なんかひとつもない。そう吐き捨てたくなる気持ちを癒してくれたのは1枚の新しいレコードだった。そう、自分を含む多くの人にとって心の拠り所になったであろうレコード、Fleet Foxesの4thアルバム『Shore』である。

アルバムは9月22日にサプライズ・リリースされ、Pitchforkはじめ国内外の音楽メディアで高い評価を受けた。本作で歌われている標題はバンドのフロントマンであるロビン・ペックノールドなりの「人間讃歌」であるように感じる。いずれの楽曲においても、立ち上がってくるのは「死」の匂い、「もういなくなってしまった人々への情景と憧憬」だ。歌詞は全て2020年2月以降に書かれたとのことであり、新型コロナウイルスによって奪われた命や引き裂かれた日常への思いが作詞に作用した事は想像に難くない。はるか過去に亡くなってしまい、もう会う事が叶わない音楽家達と自らの詞の中で逢瀬を交わし、逆説的に得られた濃密な生の力をアルバムの推進力へ変換しているように思う。

サウンド面はどうだろう。Fleet Foxesといえばフォークやカントリー、ゴスペル等をしなやかに織り交ぜつつ、柔らかで重厚なハーモニーワークと、バンジョーやマンドリン等あらゆる弦楽器を用いた、形式に囚われない芳醇なアレンジが持ち味のバロック・ポップが特徴だ。それは2008年にリリースされたデビュー作『Fleet Foxes』から今まで大きな変更はない。

しかしながら、本作については過去最高に伸びやかでポジティブなメロディがあり、開放的な音のレイヤーがあり、BPMはじわりと高まり性急でさえある。従来顕著だった寂寥は鳴りを潜め、多幸感に満ちたふくよかな音世界。それは60年代後期のThe Beach Boysで、Flaming Lipsの『The Soft Bulletin』で、Todd Rundgrenの諸作で、直近ならLemon Twigsでも感じることのできた「ポップミュージックの魔法」だ。とどのつまり、「素晴らしいポップミュージックは聴衆を明るい未来へ導く」という根拠は無くとも確かな確信をもって感じる事のできる、光なき時代の松明である。

楽曲毎の再生回数ばかりがヒットの指標となるこの時代だが、トータル作品としての音楽アルバムの需要が消えることはないと思う。本作は『Pet Sounds』や『Ziggy Stardust』のように、時代を越えて聴き継がれるアルバムであると断言する。名盤とさえ評したい。音楽が時代を変える事はもう無いかもしれないけど、素晴らしいポップミュージックだけが持つ魔法の存在を僕らは知っている。それを信じている限り、何だか明日も生きていけそうな予感がする。

2020年という誰もが忌むべき時代の岸辺で産声をあげた全ての子供たち。『Shore』にはその未来に一抹の光をもたらす福音がある。胸を張って生きていきたい。


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