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Another Michael 『New Music and Big Pop』 時代を越え、聴き手の心に痕を残すウェルメイドなポップ

KKV Neighborhood #73 Disc review - 2021.02.26
Another Michael『New Music and Big Pop』(Run for Cover Records、FC219)
review by ナカシマセイジ(Alffo Records)

Amazon Primeで公開されている2019年制作の映画「サウンド・オブ・メタル」が素晴らしい。突発性難聴にさいなまれた若きドラマー=ルーベン(タイトルがミスリードを誘うけれどPost-Hardcoreの男女2ピースで音もやたらカッコいいです)のLost & Foundを描いた作品。

オープニングこそ「セッション」を思わせるも、次第に全く別の、あの映画との近似点を散見し始める。そう、鬼畜ラブロマンスとしてトラウマ映画の殿堂入を果たした「ブルーバレンタイン」である。そして滅多に当たらない私の勘はクリティカルヒットした。制作総指揮に「ブルーバレンタイン」の監督であるデレク・シアンフランスの名がクレジットされていたのである(やれやれ)。リアリズムへの尽力を惜しまないデレク・シアンフランスの殺人的エゴであろうか、難聴者が聴く会話をはじめとする日常の生活音描写が非常に巧みに、リアルに描かれているため、事あるごとに胸をペティナイフでザクザクと刺されている様な気分に陥る。それは言うまでもなく、主人公ルーベンが失ったのは聴力だけでなく、ミュージシャンとしての未来までもであるから、という点に尽きる。私はもう人生の折り返しに差し掛かっており、ルーベンに身を置き換えるのはナンセンスだが、レコード屋としての廃業を意味する訳で、ちょっと想像しただけでも底なしのダークサイドに陥るであろう事は想像に難くない。

先日2/19に〈Run For Cover〉からリリースされたフィラデルフィアのトリオ=Another Michaelのデビュー・アルバム『New Music Big Pop』を問答無用で当店のBest New Albumにピックアップした。Whitneyの登場を思わせる上質なインディー・フォークアルバムであり、特筆を免れないボーカルMichael Dohertyの声はまさに神からの授かりものである。そして(Sandy) Alex G, Pinegroveを引き合いに出されるユニークなフックの数々、加えてアシッドフォークの源泉を手繰り寄せんとするさまはおよそ新人バンドらしからぬ見事な錬金である。

イントロ数秒でAnother Michaelの世界に引きずり込む名オープナー“New Music”からの一節。

「And I want to make something timeless」
そして僕は時代を越える作品を作りたいんだ

音楽、映画、ドラマ、小説、演劇、全ての「アート=表現」は受け手に何かしらの「痕」を残す事が命題であると考えている。それは先に述べた「ブルーバレンタイン」、「サウンド・オブ・メタル」を例にあげるまでもなく、残した「痕」が多ければ多い程時代を越えて語り継がれるものである。キャンピングトレーラー暮らしのいちアングラバンドだったルーベンだって、毎日、毎秒、「I want to make something timeless」って思ってた筈であり、そうでなければ「サウンド・オブ・メタル」が既に多くの人々に痕を残すドラマになり得た筈も無い。いささかこじつけがましいけれども、Another Michaelのベーシスト=Nick Sebastianoの以下の曲解説はまるでルーベンに宛てられたかの様に聞こえなくもない。

「自分が創りだしたものに対して圧倒的な感情を持つのはいいことだし、自分のアートを楽しむのも素晴らしい事に間違いないよね。だからこそ、シングルの“Big Pop”には音楽にのめりこんでしまった人やミュージシャンの深刻な生活習慣を手放すことの大切さについて書いたんだ。」

お聴きいただければ判る通り、『New Music and Big Pop』は断じて聴く人を選ぶ作品では無いし、何度聴いても新しい発見がある。“New Music”での一節はハッタリとは思えない程に、非常にウェルメイドで多様なアイデアを搭載した作品である。何よりデビュー・アルバムの1曲目に「時代を越える作品を作りたい」と宣戦布告した彼等の熱は確かな痕を多くのリスナーに刻むに違いない。脆弱であるが故に、ピュアで希望に満ち溢れた彼らがこれから何を失い、何を手にするのかしかと見届けたいと思う。


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