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Crumb『Ice Melt』NYアンダーグラウンドと繋がるインディー・バンドの不穏で不気味なポップ

KKV Neighborhood #93 Disc Review - 2021.06.21
Crumb『Ice Melt』(Crumb Records)
review by 村瀬翔

いつの時代にもニューヨークにはアンダーグラウンドとメインストリーム、ポップとアヴァンギャルドを自由に行き来する刺激的なシーンがある。ロックの文脈だけでみても、60年代のThe Velvet Undergroundに始まり、Televisionや Talking Headsなどに代表されるニューヨーク・パンクと同時期のNo Wave、2000年以降にもThe RaptureからBlack Diceまでを輩出したJames MurphyによるレーベルDFAやAnimal Collective、Dirty Projectorsらのブルックリン勢……など挙げればまったくキリがない。

その新しい形として2017年頃から個人的に最も注目しているのがロック、ジャズ、ヒップホップを縦横無尽に行き来するアートコレクティヴStanding On The Corner。コラージュ~カットアップを多用した実験的な音楽性ながらもSolange 『When I Get Home』、Earl Sweatshirt『Some Rap Songs』への参加などアンダーグラウンドとメインストリームの垣根を感じさせないスタイルとそのエクレクティックなサウンドはニューヨークのいまを強烈に感じさせる。


本稿の主役Crumbは2016年からブルックリンを拠点に活動するインディー・ロック・バンド。ヴォーカリスト&ギタリストのLila RamaniはStanding On The Cornerのメンバーとしても活動し、ベーシストのJesse BrotterはMIKEのアルバムに参加していたりとStanding On The Cornerを中心としたニューヨーク・アンダーグラウンドとの繋がりも深い。

Crumbの音源をはじめて聴いたのは2017年のEP『Locket』、一聴して思い出したのは90年代後半に活動していたWarpのロック・バンドBroadcastで、つまりシンセや電子音をセンスよく配したドリーミーなソフト・サイケだ。質感としてのローファイな音像にフェイザーを多用したなメルトなギターと浮遊感のあるシンセによるサイケ・ポップはそれだけでも充分魅力的だが、彼らがいわゆるサイケデリックと言われる他のインディー・バンドと一線を画すのはやはりR&Bやソウル、ジャズからの影響が随所に見られるところだろう。2019年1stアルバム『Jinx』収録の“Nina”で聴けるしなやかなグルーヴとバンド・アンサンブルがアトモスフェリックなサウンドに溶け合うスタイル、それはジャンルレスに緩やかなシーンを形成する2010年代後半ニューヨークの面白みを感じさせる彼らならではの音だ。

FoxygenのJonathan Radoのプロデュースというやや意外な人選のニュー・アルバム『Ice Melt』でCrumbはさらなる深化を遂げている。ベッドルーム的だった録音はスタジオの実験を通してより立体的になり彼らの特徴だったメロウなサイケデリアはポーティスヘッドを思わせるダークなメランコリーに生まれ変わった。冒頭の“Up & Down”からしていままでの彼らにはなかった音だ。エレクトロニクスとアナログの絶妙なバランスに後半の大胆なビートスイッチやノイジーなエフェクトはやはりトリップホップを思わせるし、いかにもCrumbらしいギターのリード曲"BNR"であっても明らかにドラムの音はモダンになり深海を思わせるストレンジなサウンドスケープやアルバム全編に散りばめられたグリッチ―なノイズなどスタジオでの探求(コンドームをつけたマイクを水中に潜らせるなど色々な実験があったようだ……)を思わせる新しいサウンドを随所に感じることができる。

その変化はカラフルだった過去作から一変したアートワークにもよく表れている。暗闇に浮かぶ無機質な黒いオブジェ、目を凝らしても何なのか分からないその不穏さや不気味さはCrumbの音楽が常に内包しているイメージだ。不安定なピッチのシンセやギター、変調されたヴォーカルや不規則に挿入されるノイズ、主旋律に戻らないまま現れては消えるフレーズなど、それらはまるでふとした日常のなかに潜む違和感を察知したときの様な不思議なフィーリングをリスナーに誘発する。アルバム中最も穏やかなラスト・ソング“Ice Melt”で唐突に現れる間奏部のミステリアスなオルガンの旋律は間違いなく本作の何より美しい瞬間のひとつだろう。

無観客のだだっ広いホールで演奏する彼らの映像を見ていると少し前まであったはずの日常がなんだか大分遠くに感じられる。深夜の街を散歩しても店や人の気配はまだ遠く、暗闇の中、赤いライト(“BNR”)が無人の街で点滅している。『Ice Melt』を聴きながら見るその光景は確かにいつもと少し違って見えるようだ。ちなみにあの謎めいたアートワークは黒ぬりになった巨大な種なしイチゴらしい。



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