Porridge Radio『Waterslide, Diving Board, Ladder To The Sky』飛び込み台でつかまえて
KKV Neighborhood #137 Disc Review - 2022.06.20
Porridge Radio『Waterslide, Diving Board, Ladder To The Sky』
review by 村田タケル
孤独。悲嘆。自己否定への衝動。アルコールでは溶かされないどん詰まりで救いようのない負の感情に陥っている時に、寄り添い、共に苦しみ、泣き叫ぶ。傷を舐め合う訳ではなく、剥き出しの生傷のままの姿で抱き締めてくれる音楽がある。精神的シェルター。窓を閉めて(SNSは開かない)、Porridge Radioの音楽を聴く。音に身を委ねていつも通りに明日を待つ。感情の出口は見つからなくても、容赦無くやって来る明日に開き直りの薬を与えてくれる。
Porridge RadioはUK/ブライトンを出身とする4人組。2020年にSecretly Canadianからリリースされた出世作『Every Bad』はRough Tradeの年間9位にランクインされるなど高い評価を受けたが、それに次ぐ今作となる『Waterslide, Diving Board, Ladder To The Sky』が2022年5月20日にリリースされた。
バンドの特筆すべきはフロントウーマンのDana Margolinの歌。叙情的な歌詞を呪文のように復唱したり、眼光の鋭さを保ちながらも狂気と正気を行き来したり…その繊細な危うさや魂を撼わす叫び、一点を見据えたブレないシルエットが研ぎ澄まされたナイフのように刺さり、温かい何かが染み渡る。荒んだ情景を愛に満ちたロマンスの位置で鳴らす稀有な天才。現在のUKやアイルランド周辺で再び盛り上がるインディー・ギターロックのシーンの中でも孤高の存在であり、真の美意識と信念を備えたカリスマとして唯一無二の輝きを放っている。そこがライブハウスであろうと、フェスティバルであろうと、収録用のスタジオであろうと、教会であろうと態度を変えることは無く、楽曲を通じてリスナーである私に1対1で対峙するように唄を絞り出す。
本作品の個人的なハイライトは4曲目の“Birthday Party”。ソングタイトルとは裏腹に、生の祝福ではなく、死への恐怖の告白から始まるこの楽曲は、サビ部分で〈I don't wanna be loved〉とダークな情念を何度も繰り返す。〈愛されたくない〉というその呪文は愛されたいという人類が持つ最もピュアな衝動を浮かび上がらせるが、その意図的で執拗な絶望感のあるチャントに包まれていくうちに、透き通った眩い光が差し込んでくる感覚を覚えていく。楽曲はDana Margolinのプライベートな心情の発露であり、彼女自身のセラピーでもあると思うが、それは聴いている私への唄として響いてくるのだ。
前作『Every Bad』のオープニングソング“Born Confused”では、〈Thank you for leaving me / Thank you for making me happy〉と繰り返し叫ぶ姿が印象的だった。今作のテーマには大きな変化は無いかもしれないし、(それが一部の人には作品のマイナスポイントになるかもしれないが、)私のイメージの中にあるPorridge Radioらしさの中で本作品にタッチできたことは個人的な視聴体験として正直に述べておこう。今作はむしろ前作の続編でもあり、Dana Margolinの意識に更に深くアクセスできる作品だったように思う。前作『Every Bad』の前半楽曲にあるような耳がバーストするような衝動的サウンドは今作では存在を潜めているが、その代わりに優しく奏でられるシンセサイザーとギター、祈りにも似たDana Margolinの唄が絡みつくような ディープで包容感のあるサウンドが印象的だ。それは、Dana Margolinの世界観を更に強調させる機能を果たしているように聴こえる。
最後に余談。本作品がリリースされる同タイミングにNetflixの人気テレビシリーズ「ストレンジャー・シングス」のシーズン4の前編が配信スタートしたが、私はエル(イレブン)の姿にPorridge Radioを投影させてしまう癖がある。強さと繊細さの間で、そのバランスが絶妙に均衡したり、崩したりしながらも彼女は真っ直ぐに全ての事象と向き合う姿が印象的で素敵だ。もしも、エルが闘いが終わったその世界で音楽を作るとしたら、Porridge Radioみたいな音楽を作るかもしれないとふと感じた。
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