鬼頭莫宏『なるたる』感想メモ
※ネタバレ注意
・1-2巻
絵柄が独特。線が細く一定。(ペンの名前を知らない)
人物と背景がともにそうした細い線で描かれる。素人目ではデッサンがかなり上手い。
キャラクターはみな細身で投身がかなり高い。
コマ割り・構図も凝っていてセンスを感じる。
ストーリーテリングにおける余白・間の持たせ方が実にサブカルというか、アフタヌーンだな〜と思う。
思ったよりガチSFだった。ジュブナイルSF(スコシフシギ)かと思ってたが、軍とか組織とか戦闘機とか銃火器とかが出てくるし、アクションもがっつりやるし、人もバンバン死ぬし。……こうしたジャンル設定じたいはnot for me.
主人公が快活な小6の女の子。これも意外だった。
主要な味方の子供キャラが今のところ女子(と謎の生命体)ばかりで、ヘテロ感は薄い。
かといって、セクシュアル/フェティッシュな雰囲気が無いわけでもない。「自慰」「オナニー」などの単語がところどころで出てくる(主人公のシイナは理解していない)し、2巻のダガーを股の下に突き刺されるところなど、ヘキではないとは言えないだろう。
悪役?っぽいキャラが反生殖主義っぽい発言をしてテンション上がった。
と思ったら、主人公までリベラルっぽいことを言い出して驚いた(おそらく母親との確執が由来なのだろうけど)
母-娘の確執が物語の軸になっていくのだろうか。
今のところ、SF要素は正直ぜんぜん惹かれないし、アクション要素も、不穏?鬱?要素もまぁそんなに、という感じだが、上に挙げたようなリベラルっぽいところだけ楽しみ。(漫画表現はかなり優れており、さすが有名作、と思う)
そもそも今の所の悪役グループ(中学生3人組?)の目的が「徹底的な差別によって平等な社会を実現する」ことらしい。しかし、彼らの言う「賢者/愚者」の線引きが、いわゆる国粋主義に基づく優生思想のそれと一致するのかはまだわからない。その点でSFということで、よりスケールをデカくして(例えば人間と高次元生命体のあいだの種差別・優劣問題など)話を展開することは十分に考えられる。
そうした大きな話と、主人公の家族関係という小さな話をどう結びつけてドライブしていくかが見どころな気がする。
・3巻
子供も大人も登場人物・陣営が多くてもう把握しきれていない。
「ニンフォマニア」って……
・4-5巻
4巻は単行本1冊に3話しか入ってない。21話がめっちゃ長い。170ページ以上ある。これ連載時はどうなったんだ?
もろに「生殖」が1つの中心テーマっぽい。それを子供の群像劇でやる…… そういうSF。種の保存とかそっち系
高飛車お嬢様の小沢さんはやっぱりすぐにリョナ……というかボロボロに使い捨てられる要因になった。でもそこの2人が付き合ってたのね。推せる。大将の子は「性欲がない」らしい。
天使とリンクしていたのが彼だとは意外。好きなずらし。
全体的に「竜」のクリーチャー造形が好き。
5巻。なんだこれ。まだ子供の新キャラ・新陣営を増やすのかよと思ったら、いきなりサブ・エピソードみたいなのが始まって終わった。すげぇ傑作な気がする。三角関係……ではないのか?これ。正直よくわかってない。なんとなく『チェンソーマン』のレゼ編を思い出したり出さなかったり。
「好き」という恋愛感情が種の保存=生殖欲のもとで動員される。
あと子供の純粋かつラディカルな生命倫理観も何度も俎上に載せられている。
「黒の子供会」はけっきょく選民思想の反社会団体ってことでいいのか。それも「竜」に関係しているのか? 操られているとかではないよね。でも子供があそこまでの思想をどうやって持つんだろう
主人公シイナの明るさ・人懐っこさが清涼剤として欠かせないが、まぁおそらく彼女が笑っていられるのも時間の問題なのだろう。
子供キャラをどんどん登場させるわりにかき分けが微妙なので正直わかりにくい。巻頭の相関図はありがたいけど。
それ以外は文句なく、SFだけど現代モノだし、性がテーマの子供の群像劇だし、話も表現もクオリティが非常に高いと思う。
あと『ヨコハマ買い出し紀行』から引き続いて、東京湾を千葉まで飛んで渡るくだりがあった。アフタヌーンの必須科目?
・6巻
6巻は一気に『ザ・ワールド・イズ・マイン』みたいな感じになった。さっそくシイナさんの笑顔が……
過激ではあるけどありきたりでもある。鬼のデザインは格好いい。
1話で1巻という気合の入りよう。
・7-8巻
中学生編開始
いや〜おもしろいな〜〜 大筋のストーリーというより、もう少しミクロな部分での話の飛ばし方・視点の切り替え方がめっちゃ上手い。構成力
今のところ、『ザ・ワールド・イズ・マイン』と『寄生獣』と『ヨコハマ買い出し紀行』を混ぜて、児童向けアニメ……『エレメントハンター』とか『エウレカセブン』とか『ダンボール戦機』のような外面で覆ったかんじ。ただ少女が主人公なので女児アニメっぽさもある?
シイナってそういう意味。お母さん…… 親ガチャみたいなことも言ってる。
味方っぽい人と敵っぽい人がそれぞれ逆になる。
小沢さんの竜の子の人型フォルムのデザインめっちゃ良い
あとホシ丸もどんどん好きになっていく。
晶ちゃんは少年院?みたいなところにいるのか。
ただ、7巻も8巻も巻末の作者コメントが結構アレな感じ(「自動ドア要らないと思うんです。周りの人が助けてあげればいいから」とか「『差別用語』を禁止することに意味はあるのでしょうか。差別しているのは言葉じゃなくて人の意識では」)で、そこだけ雲行きが怪しくなってきた。
・9巻
そして宇宙へ──
・10巻
のり夫→鶴丸のいわゆる「巨大感情」が……哀しい…… 「生殖」をテーマにしているからこそこういう関係が映える。この関係めっちゃ二次創作で人気ありそう。
鶴丸はなんでシイナを特別視してるんだろう。竜の子関係だよな?
そして今まで明らかにされてこなかった鶴丸のリンク対象が遂に……! この展開もすごいなぁ
なんか晶ちゃんがラスボスになりそうな予感。しかしその前に主人公が…… 龍騎の最終話1つ前の展開?
約1巻ごとにかなり舞台も雰囲気も登場人物も多様なエピソードを切り替えて並べていく感じは、かなりチェンソーマンが影響を受けているように思う。なるたるのテンポをさらに加速させたような。
相変わらず竜のデザインが良い。男の子の憧れるハリボテの竜。
自分に竜の子がいたらどんな姿になるだろうとマイ斬魄刀みたいな妄想をしちゃう
・11巻
涅見子さんの竜の正体。まぁそんな気はしていた(後出し孔明)
スケールがでかくなるといくら人が死んでもヤバい状況・展開になってもどこか他人事な感じがする。だからあんまり鬱・胸糞だとは思えない。『おやすみプンプン』が凄いのは、あれだけ新興宗教とか神様とか主人公の姿とか奇天烈な要素があるように見えて、いちおうリアリズムの範疇から逸脱していないところだ。だから身に沁みてキツい。
小沢さんそういや最近出てこないけどどうなったのかと思ったが、まだ痴呆状態のまま保護されているのか。
涅さんとシイナがチャリ漕いでるシーン好き。そことか、鶴丸がめっちゃ都合良く優しい愛人の1人に慰められる回のような、静かで物語が大きく動かない私的な部分がすき。
・12巻
おわり!!!!!!!!!
まんま正式名称の「骸なる星 珠たる子」なお話だった。
とりあえず、出生主義というか、家族主義、命、生殖というもの自体のグロテスクさ、やり切れなさ、恐ろしい強靭さを表現した物語であると(雑に)理解した。
にしても、これって「鬱漫画」か? いちばんそれっぽいのは「鬼」編(6巻)くらいで、あとは最後まで読むと全然そういう作品じゃないと了解されるはずだと思うんだけど。『寄生獣』とか『ザ・ワールド・イズ・マイン』や『ファイアパンチ』を鬱漫画のくくりに入れてる人がそう言ってるんなら分かるけど。
最終的に(というか途中からも明らかに)「生命とは何か」「生殖とは」みたいな大文字の思弁的エスエフ的なものが軸であることは隠していないので、『おやすみプンプン』とも『ミスミソウ』とも『空が灰色だから』とも全然異なるジャンルだろう。
あと、鬱とか胸糞とか感じるまでもなく普通にストーリーがちゃんと面白いのもある。面白さが勝ってる。というか、面白さのために整合的に組み立てられているので、やはり理知的な えすえふ の趣が強い。
「シイナはいい名前。だって親が子をずっと自分のもとに置いていたいって願いが込められているから」(意訳)って残酷すぎる。なんか最終的に母親と娘の美しい親子愛……!みたいなところに行くし、父さんは典型的な特攻ヒロイズムを体現するし、「秕」だった少女は愛を知って鶴丸と励むし……で、あ〜あ〜と思っていたので、まっさらにしてくれたのは良かったが、2人とも孕んでるんだもんなぁ……イブとイブ。東山翔『implicity』エンド
とはいえ、胎児に害になる「タバコ」を吸っているのがいい。(しかし、そのタバコもあの母親の姿の再生産であるという袋小路よ!)
張本人の須藤さんが勝手にいい感じに満足して死ぬのは良かった。
鶴丸と須藤(自分)を混沌と虚無、創造と破壊なんて幼稚な二項対立で記号化し始めたのには苦笑いしたけど。(そして実際にその通りになるし)
はじめリベラルだったものが、保守思想、「命」の代替可能性、父権性の根源的な(形而上学的な次元での)しぶとさに敗北していく話。だとすれば、そういう思想性自体は結構好きというか納得はできるが、1つのフィクションとして心を揺さぶられるまではいかない。やりたいことはわかるし、それ自体には一定の共感を示すが、スケールがでかくなって、地球規模・宇宙規模のSFをやり始めた時点で自分の管轄から外れるような。(そう考えると、『ファイアパンチ』が刺さったのはかなり特殊パターンというか、作品の力が強すぎたんだなぁ)
リベラルが保守に「負ける」変遷は、そのままシイナ(たち)が子供から大人になっていく過程に対応する。そしてこれはシイナが自分の名前を受け入れるまでの/ための物語でもあるが、「名前」とはアイデンティティの根幹にあるものでありながら、自分では決められない、他人から強制的に与えられるものである。(命と同様に。)そんな自分の名前を受け入れる=社会的な関係のなかに身を投げ出すことを決意することでもある。(しかし、それを最終話でひっくり返している点が重要である)
あとは「実生」周りについても正直あんまり好みではない。「(物語開始時点ですでに)亡くなった姉」キャラが鍵になるのってピンドラとかゼツメツ少年とか、もううんざりするほど触れてきていて食傷気味。
とはいえ、総合的にはかなり面白かった。最後も別に破綻したとか失敗したとは思わないし。ただ「なるほどね。了解」となっただけで。
もっとも印象に残っている見開きは、やっぱり首を絞めるところだけど、ホシ丸の正体が判明した後であそこの画の意味合いがさらに変容するのも素晴らしいと思う。あとは、やっぱり千葉の田舎の学校の三角関係編(ホウキ少女編)がかなり良かった。
それと、6巻から7巻の切り替え、小学生編→中学生編の移行の雰囲気もすごく好き。
晶ちゃんは結局よくわからなかった。そもそもなぜ父親を殺したのかがいまいち分かってない。憎んでいたのか、それとも愛しすぎて母親に嫉妬していたのか。あと最後に病室から飛び降りてたし。
いちばん好きなキャラは小沢さん。幼馴染ヘテロカップルは最高だぜ! 男がかなり歪んでるけど。
でもやっぱり、シイナの主人公としての魅力、笑顔を失わない芯の強さ(があの芯の細い体躯によって表現されているという事実)、マウンテンバイクに跨って駆け回り、ホシ丸に乗って空をも駆けるシルエットの良さ。そうしたものが本作のいちばんの美点だと思う。その意味で、これはまぎれもなくよく出来た「漫画」だと思う。