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ある男の話1

 天気が悪い日は、胸の傷が痛む。特に、雨と晴れの間、いわゆる曇天と呼ばれるような天気の時には、ずきずきと体から音が響いてくるほどに傷が疼く。
 その痛みは、たぶん、僕にしかわからない。良くも悪くも、それが先天的なものではなく、後天的にできた、とても特別なものであるからだ。
 ふと、その傷口に手をやると、少し肉が削れて、物理的にその部分だけ凹んでいるのがわかる。そして、それが間違いなく、僕の体の一部であることも。

 ピンポン、と部屋のインターホンが鳴る。はぁい、と僕が返事をすると、ガチャリ、と鍵を開ける音が聞こえる。
 部屋に入ってきたのは、彼女の麗奈。「雨、降らなくてよかったぁ」と、仕事帰りにスーパーに立ち寄り、食材でパンパンになったエコバッグを、とん、と台所に置きながら言う。

「降水確率90%らしいよ。ラッキーガールだね」僕は言った。
「ほんとそうだよ。あ、ほら降ってきた」
 ふと、窓ガラスを見ると、横殴りの強い雨が降ってきたことが分かる。
 小さな雨の妖精たちが、雨のしずくをボールにして、うちのアパートの窓ガラスめがけて投げつけているみたいだった。

「夜ごはん、チャーハンでいい?」
「全然オッケー。ありがとう」僕はそう返事をしながら、麗奈が買ってきたキリンラガーの缶をプシュッと開けた。

 麗奈とは、大学三年の時に知り合い、かれこれ付き合って五年目になる。彼女は、とても気が利く。料理もできるし、掃除も(僕の部屋なのに)何も言わず、勝手にやってくれる。

「できたよー」大皿に乗せたレタスチャーハンと、重ねた小皿二つを、麗奈が台所からリビングのテーブルに載せる。
「うまそー。いただきまーす」
「いただきます」彼女がつられて言う。

 僕たちはその後、特に会話もなく、もくもくとレタスチャーハンを平らげた。
 その間、テレビでは突然の大雨についてニュースで中継をやっていた。オフィス街の交差点で、ずぶぬれになりながら待ちゆく人を映しだしていた。
 僕らは雨風のしのげる、涼しいアパートの一室で、少しだけ優越感に浸りながら夕食を終えた。

 麗奈とは、そろそろ結婚してもいいかな、とも思っている。でも、プロポーズすることでこの関係性が崩れることも怖くて、なかなか前に進むことができない。
 そして彼女の本心もまだわからないままだ。ただ、僕がプロポーズしたらきっと彼女はOKしてくれるだろう、とも思う。

 突然の強い雨は、そのあとも、一時間ほど降り続いた。




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